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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
280/398

最速の証明

 スターシアのパッシングは、レース中だと忘れてしまうほど、ファンタスティックなものだった。


 路面が下り坂に差し掛かるS字の一つめ、4コーナーで、すぅーとラニーニ、ナオミのインに入って行く。

 ぶつかるほど際どい進入では決してなかったが、二人は真横に並ばれるまでまったく気づいていなかったらしく、寝かし始めていたマシンを慌てて起こしてしまう。


 後ろから追随していた愛華には、そのとき、音のないモニターを見てるような、不思議な感覚をおぼえた。

 勿論、実際に音が消えたわけではない。スターシアのマシンを含め、何台ものマシンが吐き出す、数キロ先まで届くほどの凄まじい爆音の中心にいるのだが、流れるように自然で、あまりに優雅なスターシアのインへの進入は、まるでその空間の大気の振動まで、ゆったりとさせてしまったような錯覚を起こさせた。


 ラニーニとナオミも、スターシアの美しいライディングに見とれてしまったのか、単に驚いただけなのか、完全にインへ切れ込むタイミングを逃した。

 ガラ空きになったクリッピングポイントを、エレーナと愛華がかすめ行く。

 手前でインについたスターシアは、ターン後半でアウトに膨らむが、エレーナはそれを気にせず、次の右コーナーへと切り返して行く。愛華はエレーナのあとを追うことだけに集中する。



 下り区間に入ったらフレデリカの前に出ようと身構えていたアンジェラは、突然、自分とバレンティーナの間に割り込んできたエレーナに驚き、軽いパニックに陥った。

 レースはまだ折り返しにも来ていない。動きがあるのは、まだまだ先だと考えていた。その隙間を突かれて、愛華にまでパスされる。



 エレーナはそのまま、先頭のフレデリカに迫る。

 シャルロッタと並ぶ天才派、GPナンバーワンの変則的ライダーは、右から左へと大きくリアを振って、カウンターを当てながらS字2つめの右のコーナーに入ろうとしていた。

 独特の大きなドリフトアングルでマシンを曲げて行くフレデリカは、内側からエレーナが近づいて来てるのに気づいたが、動じる気配はない。


 肉弾戦は、ダートトラックで馴れている。アメリカでは、テクニックで敵わない奴らが、いつも体当たりをかましてきた。トラックでは退いたら負けだ。


 直線的に入ってきたエレーナがインにいるものの、そのままでは立ち上がれないだろう。前を少し空けてやれば、外側へと膨らんで行き、フレデリカはクロスラインで悠々と置き去りにできる。

 しかしフレデリカは、エレーナに並んだまま曲がり続ける。

 エレーナの後ろには、必ずスターシアか愛華がいるはずだと読んでいた。


 愛華は後ろから、エレーナがインを空けてくれる瞬間を待っていた。

 しかし、フレデリカに被せられ、エレーナはインにくぎ付けにされている。フレデリカもいずれは加速に入るため、インから離れるだろうが、そこから立ち上がりでLMSヤマダの前に出るのは至難だ。ここでフレデリカをとり溢すと、一気にトップに出るという作戦は台無しになる。

 バレンティーナとアンジェラはすぐに立て直すだろうし、ラニーニとナオミは、すでに動いているはずだ。落ち着いていたトップグループに混戦を早めただけの結果に終わる。

 そうなれば当然、エレーナに更なる負担を強いることとなる。


 ここで絶対決めるんだ!


 愛華は確信などなかったが、迷わず右手を捻った。

 

 

 

  

 談話室にある大型液晶テレビの真ん前を、バランスボールに跨がったシャルロッタが、画面に合わせて右に左に傾きながら占領していた。

 切り返しの場面では、腿で挟んだボールごとピョンと跳んで左から右に移動する。

 後ろで観ている他の人たちからすれば、さぞや邪魔だろうと思われるが、画面に合わせて器用に跳び跳ねるシャルロッタが面白いので、誰も文句は言わない。


「なにやってるのよ!そういう時は、内側の芝生から行くのよ!ゼブラの縁にタイヤを引っ掛けるようにすれば、すべんないから!」

 愛華に、そんなマンガの世界のようなテクニックが使えるはずがない。


 スターシアのラニーニとナオミのパッシングから、あっという間にトップのフレデリカに迫ったストロベリーナイツの連係に、自分がいないのが苛つく。


 シャルロッタならどうするか?


 おそらく本当にマンガのようなテクニックで前に出るだろう。そのあとをチームメイトが続けるかは疑問だが……。


 しかし次の瞬間、画面に映ったのは、愛華がクリップ手前から加速して、アウトに膨らむ姿だった。

「バカ!早すぎるわよ!出口できつくなるでしょ!」

 シャルロッタの声など届くはずなく、愛華はフレデリカの外側に並んで行く。フレデリカとエレーナも加速に入る。

 先に加速し始めた愛華の方がやや前に出るが、まだ曲がりきれていない。

 愛華を斜め前に捉えたフレデリカは、暴れるタイヤを抑えつけ、LMSチューンのヤマダエンジンに悦びの悲鳴をあげさせる。

 外側から、愛華、フレデリカ、エレーナの順で、コーナー出口に向かう。

 フレデリカのマシンが、快楽に身をよじるようにうねりながら、愛華の方へと寄って行く。


 どう見ても、愛華が不利に思えた。加速勝負では、明らかにLMSが上だ。

 愛華は下り坂と軽い体重のおかげで、ぎりぎりまで粘っているが、まだ曲がりきれていない上、ラインが合わされば、体格差で弾かれるのは愛華の方だ。


「もうっ!一旦下がりなさい!もう一度組み立て直すしかないわよ!」

 ここまで追い込まれたら、シャルロッタでも打つ手がない。コース外側は砂地だ。サンドトラップに捕まると、タイムロスでは済まない。完全にレースから脱落する。


 だが、愛華は下がらなかった。リヤタイヤをズルズル滑らせ迫るフレデリカに、肘が触れるほど近寄られても、右手を戻すことはなかった。


 外側の愛華が邪魔で、それ以上身をよじれなくなったフレデリカの加速が鈍る。それとは逆に、内側のエレーナが前に出る。あっという間にスターシアも続いて前に、そして愛華も、フレデリカより先にコーナーを抜け出た。



 最初にパスされたラニーニとナオミは、さすが昨年のチャンピオンチームだけあって、すぐに立て直してストロベリーナイツを追っていた。

 ポテンシャルでは上回るものの連係に欠けるバレンティーナとアンジェラを、スターシアに続いてパスしたが、フレデリカに阻まれ、愛華たちとの差が開く。

 なんとか追いすがろうと試みるが、ストロベリーナイツを追いたいのはフレデリカもバレンティーナも同じだ。三人揃ったストロベリーナイツのスパートにへばり付こうと、我先にと争うことで、ますますストロベリーナイツを逃す結果となってしまった。

 その間にストロベリーナイツはリードを拡げ、独走状態を築いた。

 

 

 

  

 画面では、先ほどのパッシングシーンを、スターシアのオンボードカメラからの映像で、再生されていた。


 S字を抜け出る場面では、フレデリカのマシンが大きく揺れて、彼女の足が愛華の肘に当たっているところがはっきりと映っていた。


 シャルロッタは、茫然と画面を眺めながらつぶやいた。


「なんなの?あんた。頭壊れてるの?こいつがハイサイドでもしたら、あんたまでサヨナラでしょ。絶対、イカれてるわ!」

 頭の壊れたやつに、壊れてると言われてるとは、愛華が知ったらさぞショックだろう。シャルロッタから同類認定されてしまったのだ。

 

 

 ………そういえば、アイカは最初から、ふわふわのくせに根性だけは一人前で、あたしがビビらせようとしても、しっぽ振ってついてきたわね……。


 シャルロッタは二年前の日本GPで、初めて愛華と対面した時のことを思い出した。


 いい子ぶって、エレーナ様に気に入られてたけど、とても速そうには見えなかった。脅せば、泣いていなくなると思った。なのにアイカは、怖いもの知らずなのか抜けているのか、うれしそうに目を輝かせ、つきまとってきた。どんなにつき離そうとしても、いつもぴったり後ろにいた。


 いつしかシャルロッタにも、エレーナが愛華に目をかける理由がわかってきた。


 アイカは、エレーナ様の築いたライディングスタイルを、魂まで含め、すべてを受け継ぐに相応しい資質を持っている。


 それについては、シャルロッタが嫉妬したことなどないと断言できる。

 シャルロッタとエレーナのライディングスタイルは、全く違うものだ。

 エレーナの真似をしろと言われても、絶対できない。


 初めてエレーナと走った時の衝撃は、今も鮮明に憶えている。

 当時、シャルロッタはイタリア各地で行われていた国内レースを、一人だけのチームで荒らしまわっていた。

 世界GPに参戦経験のあるチームも、敵じゃなかった。


 噂を訊いたエレーナとスターシアが訪ねて来た時、ふてぶてしい態度でケンカを売った。

 そして圧倒された。


 特別な技など使いもせず、あたり前のように捩じ伏せられた。


 自分こそ、バイクの分身、人間の能力を超えた存在だと思っていたシャルロッタにとって、エレーナは神、いや魔王だった。

 エレーナが崇拝の対象となった瞬間だった。


 崇拝すると同時に、越えなくてはならない目標でもあった。自分が最速になるためには、どうしてもエレーナを超えなくてはならない。それは、チャンピオンになるとかの問題ではない。シャルロッタ自身のための、最速の証明だった。


 しかし、決着をつけられないままエレーナは引退。今、再び復帰しているが、あくまで欠場中のシャルロッタの代役としてだ。すでに全盛期は過ぎてしまっている。

 勿論、今でも魔王であることに変わりないが、目標としてきた存在ではなくなった……。

 シャルロッタにも、それはどうしようもないことだとわかっている。現実には、本物の魔王など存在せず、エレーナも生身の人間だ。いまだに第一線で活躍できる実力を有してるだけでも、崇拝する気持ちが揺らぐことはない。

 ただ、最速を証明する機会は永遠に失われたと思っていた。


 それなのに……

 

 アイカが昇ってきてくれた。


 エレーナ様から魔力を与えられて、スターシアお姉様からも吸収して、どんどん速くなってる。


 バレンティーナもフレデリカもラニーニも喰い尽くして、もっともっと強くなるのよ!


 そして、あたしの最速を証明するに相応しい相手に、なってちょうだい!

 

 

 今シーズン初の、そしてキャリア二回目のトップでチェッカーを受ける愛華の姿に、叶うことなく消えた夢が再び見られる予感を、シャルロッタは、はっきりと感じた。


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[一言] チーム内バトルは信頼関係次第。 楽しくなりそう!
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