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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
277/398

嵐の予感

 インディアナポリスGPを終えたグランプリ一行は、再び大西洋を渡り、東欧のチェコへと移動する。

 昨年もそうだったが、これだけの大移動をするのに、間隔が一週間というのは何とも慌ただしい。空港はマシンやパーツを満載したトレーラーで一杯になった。

 ワークスチームともなれば、文字どおり移動する工場(ワークス)のようなものである。プライベートチームでも、町の整備工場を遥かに超える物量を抱えている。

 すべてのクラスの全チームが一斉に動くのだから、半端ない貨物と人が海を渡らなければならない。それだけでも大変な事なのだが、どのチームも一刻も早く次のサーキットに入りたいと思っているので、シーズン後半のアジア・オセアニアラウンドとともに、移動グランプリなどと呼ばれるもう一つのレースが繰り広げられる。



 多少のトラブルはあったものの、木曜日にはどのチームも無事パドックに入り、メカニックたちは金曜からの公式フリー走行の準備に休む暇もない。

 ライダーにとっても、平坦なインディから高低差の大きなブルノサーキットへと移るのは、物理的にも精神的にもやさしいことではない。またランキング上位のライダーたちは、記者会見などにも出席しなければならない。

 

 Motoミニモでは、インディGPで今季初優勝を果たしたラニーニが、ついにシャルロッタを抜いてランキングトップに立った。ポイントでは頭一つ抜け出た感があるが、フレデリカ、バレンティーナも一勝ずつあげており、彼女たちの巻き返しも十分予想される。

 この時点では、「順番から言うと、次はアイカちゃんかな」などと冗談半分で口にする者もいたが、シャルロッタのいないストロベリーナイツは苦戦しているという見方が大勢だった。


 しかし、金曜のフリー走行が始まると、冗談半分でささやかれていた愛華の躍進が、真実味を帯びてきた。

 ストロベリーナイツは走行開始直後から三人揃ってコースに入り、鉄壁のチーム走行でラップタイム上位を独占してみせたのだ。

 他のチームは慌ただしい移動で、前戦からのマシン整備や調整に追われている状況だったこともあるが、同じ条件でありながらきっちり仕上げてきたストロベリーナイツのチーム力に、氷の女王(エレーナ)の存在感を見せつけられたといえる。


 


「うちは、もとからタイトル争いに加わるような体勢ではないから」

「そんなこと言いながら、今回もちゃっかり狙っているんでしょ?」


 ハンナはフリー走行のあと、お手洗いから戻る途中、ヤマダのケリーに呼び止められていた。二人はかつてエレーナのチームメイトとライバルという関係で、現在もそれぞれのチームで自ら走るディレクターとして対峙しているが、長くGPで戦ってきた仲間でもある。親友とまでいかないにしても、レース以外で敵対するような関係ではない。


 はじめは軽い世間話を交わしていたが、その内容が徐々に、このレースと今後の展開へと向かっているのは、ハンナも意識していた。最初からそのつもりだ。


「うちのバイクもフレデリカも、あんな調子よ。決まれば速いけど、なんと言っても安定性に欠けるわ。精々ワークスの人たちをかき回すのが、精一杯ね」

「それはヤマダも似たようなものよ。バレンティーナは電気式(エレクトロニクス)ブレーキが信用できないって、従来の油圧式に戻したわ」

「ブレーキの不安は、たとえ気分的なものでも思いきり走れないから、仕方ないでしょうね。ケリーさんはそのままなの?」

「今のところ、私には不安になるような症状が表れてないから」


 ハンナはなかなか本音を表さないケリーに、少し()れた。インディで同じグループを走っていたケリーにも、何度かブレーキングにタイムラグあったのは、ハンナは見抜いていた。おそらくあのグループを走っていた者なら皆気づいていただろう。

 開発に関わるライダーとして、それがどんな状況で起きるのか実戦でのデータを蓄積するのもケリーの仕事だということもわかっている。ただ、ケリーが話し掛けてきたのは、そんな事を告白するためではないだろう。


 本家ワークスとエンジン供給を受けるチームという関係が、かえって本音を言い出せなくしているのか。或いは、まだハンナに、本題を尋ねるべきか迷っているのかも知れない。


「こうも毎レース優勝者が代わる状況になると、ラニーニの安定性が光ってくるわね」

「そうね、去年の初めの段階では、ラニーニさんは安定はしてたけど特別速かったわけではありませんでした。エースとしての立場が、急に彼女を速くして行きましたからね。今後は一発の速さより、安定した速さが求められていくでしょう」

 なかなか本題に踏み込まないケリーに、ハンナはそれとなく振ってみた。

 ケリーの話しかけてきた本題は、おおよそわかっている。前回、自分たちを抜いていったチームの代役エースの進化が、本物かどうかだ。


「あれ?ハンナさんとケリーさんが二人で密談なんて、なんかめずらしい組み合わせですね」

 二人がようやく核心に触れようとしたところで、聞き慣れた陽気な声に、話を遮ぎられた。

 振り返ると、ちょうど話題に出たラニーニとナオミとリンダがいた。声を掛けたのはリンダだ。


「別に密談でもないし、めずらしくもないでしょう?LMSはヤマダの市販レーシングキットの開発で提携しているんだから。サーキットを貸し切ってのテストも、一緒にしてるのは知ってるでしょ」

 ハンナはとっさに言い淀んだが、リンダと同じアメリカ人のケリーは、平然と答えた。


「でもそれは、上同士の関係で、現場じゃどっちも避けてるって言うか、対向してるってイメージだったんですけどね」

「ちょっと、リンダさん……」

 デリケートな話題にずかずかと踏み込むリンダを、ラニーニが止めようとした。


 ケリーは気にしていないという素振りを見せて、リンダの言ったことを肯定する。

「そうね、ヤマダから来てる人たちは、意識してるみたいね。バレの態度も、皆さんからは対立してるように見えても仕方ないわね。でもヤマダの仕事の仕方も、バレの態度も、もともとそういうものだから、LMSに特別対向意識を持ってるわけじゃないわ」

「ケリーのところが特別と言うなら、エレーナさんのところも大概よ。どのチームのライダーでも、レースでは本気でぶつかり合う。でもそれ以外では、同じレースをしてる仲間だと思ってる。そうでしょ?」

 ハンナも、ケリーに話を合わせた。


「人間的に好き嫌いはあるけど、基本的には同じ目的をめざす者同士。信頼がなくては一緒に走れない」

 ハンナのフォローを、ナオミも無表情に同意した。この子は時々意味深いことを言う。感情が表に出てないだけに、人によって深く突き刺さったりする。


「シャルロッタを追い込む三チームが、ちょうど一勝ずつあげたところだから、今回はみんな気合い入ってるわね、って話してたところよ。もっとも、あなたたちには気合い入れてないレースなんて、一度もないでしょうけどね。ラニーニさん、あなたに連勝させるつもりはないから、覚悟しておいて」

 結局、ケリーは本題を持ち出すことのないまま、その場をあとにした。


 本当のところ、ケリーは何を話したかったのだろうかと、ハンナはふと考えた。

 おそらくストロベリーナイツのエースについてであることは間違いない。彼女も愛華がこれまで以上のレベルアップをしたのは感じたはずだ。

 だとしても、ハンナと相談したところでストロベリーナイツの驚異は変わらない。もしかしたら、レース中においてもチームValeとLMSの協力関係を持ち掛けようとしていたのかも知れない。しかし、LMSが、特にフレデリカがバレンティーナを勝たせる為の協力を受け入れることなどあり得ない。それはケリーもよくわかっているはずだ。


 ハンナにとって、バレンティーナとの協力よりもっと興味をそそられるのは、本当のエースが復帰したとき、ストロベリーナイツの中でどういう現象が起きるかだ。今の愛華は、シャルロッタが欠場する前の愛華ではない。


(彼女が意識しなくても、シャルロッタさんはおとなしくしていられないでしょうね)


 ハンナは一人ほくそ笑んだ。


(アイカさんも、これまで順調すぎるほど順調にトップレベルにまで上り詰めてきたけど、本当のトップライダーとして苦しむのは、これからでしょうね。あの子には、ライディング技術の習得以上に厳しい試練となるでしょうけど、それを越えなくては、永遠にエレーナさんに届かないわよ。もっとも、その壁のところまですら、簡単には辿り着かしてはもらえないでしょうけど。もちろん私も、おとなしくあなたの成長を見守るつもりはないわ)

 

 

 ラニーニたちは、ハンナの微笑む横顔に、これまでにない大きな嵐の到来を予感した。

 たとえどんな荒れ狂う嵐でも、最後まで生き残る自信はある。


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― 新着の感想 ―
[一言] 来るだろうねえ、でっかい嵐が。でもでっかい程対処法もあるんだけどね!
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