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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
275/398

紗季と美穂のGP分析

 ラニーニとナオミの逃げを、フレデリカはパスされた直後の乱れを立て直してすぐに追ったが、それまで無理をしたマシンとタイヤでは、二人の連係したスパートについて行くのがやっとだった。

 それでもゴール手前の最終コーナーで仕掛け、二人に並びかけるが、ストレートに入ってナオミのスリップから飛び出したラニーニが僅かに先に、歴史ある煉瓦敷きのフィニッシュラインを越えた。

 バレンティーナは少し遅れてゴールする。


 インディアナポリス全体が、ディフェンディングチャンピオン、ラニーニの今季初優勝と、二位に終わったもののレースをハイペースで引っ張り、最後に見せ場を作ってくれたアメリカン、フレデリカの活躍に熱狂する中、ストロベリーナイツは、愛華、スターシア、エレーナの順でチェッカーを受けた。

 

 

 

『ハードなレースを制したのは、伏兵ラニーニでした。上野さんはレース前、優勝候補の一人としてラニーニの名もあげていましたが、本当にきましたね』

『いや~、見事なスパートでしたね。正直、ここまで見事に逃げ切るとは、私も驚きです。でも考えてみれば、ラニーニは昨年度のチャンピオンですし、これでシャルロッタを抜き、断トツのランキングトップに躍り出たわけですから、最初から大本命だったんですよね』

 実況のアナウンサーは、興奮した口調で上野の予想が遠からず当たっていたことを称えたが、上野はそこまでラニーニが完璧なレース展開で優勝するとは思ってなかったと素直に認めている。


「この上野って人、いい人そう」

 紗季とテレビ応援をしていた美穂が、ぽつりとつぶやいた。

 愛華が表彰台をも逃した結果に、少しがっかりしたのか押し黙っていた紗季は、はっとして顔を上げた。

「そうね、レースはなにが起こるかわからないから、完璧に予想するなんて無理に決まってるけど、正直に意外だったって認めるのは、きっとこの人の人柄だと思うわ」

 テレビでは、アナウンサーがゲストの範子にも感想を求め、彼女はバレンティーナのマシンにトラブルがあったみたいなことを、したり顔で話している。


『でも、こういうレースを確実に獲るのが、ブルーストライプスの強さであり、ラニーニのチャンピオンたる証しなんですよ』

 本当はバレンティーナが優勝するはずだったと、しつこく説く範子を、上野は一言で黙らせてしまった。


「ラニーニさん、すごいね」

 ラニーニもお正月に愛華の家に来ていて、二人にとっては友だちだ。紗季を元気づけようと、美穂はラニーニの話題に切り替えた。

「うん、なんたって世界チャンピオンだから。でも愛華だってスタートで遅れなかったら……」

「あれ?レースには『たら』『れば』はないんじゃなかった?」

 美穂は、よく紗季が得意気に口にするレーサーの心得でつっ込んだ。

「あっ……」

 しまった、という顔で、数秒間茫然としたが、やっといつもの穏やかな笑顔を取り戻す。

「そうね。今日はラニーニさんの優勝を祝いましょ。ほら、愛華もラニーニさんに握手してるわ」

 ちょうどタイミングよく、ウイニングランで愛華がラニーニに近づき、握手を交わすところが映し出されていた。

「ラニーニさん、おめでとう!」

「愛華もよくがんばったぞー!」

「次は愛華が優勝だぁ!」

「おー!」

 二人でテレビに向かって何度も声をかけ、愛華たちと同じようにハイタッチで締めた。


「でも、今日の愛華、いつもより楽しそうだった」

「えっ?」

 テレビ画面が最後のゴールシーンやその瞬間のピットで歓喜するクルーの様子のリプレイに切り替わると、美穂は意外なことを言い出した。

「どういうこと?」

「う~ん、わたしは紗季みたいにいつもレース観てないし、今日もずっと愛華が映ってたわけじゃないから、よくわからないんだけど……」

 紗季にはいつもとの違いがわからなかった。エレーナ、スターシアの三人揃って走るのは久し振りだから、おそらくいつもより気持ちが入って走っているんだろうな、とは思うけど、外から観てわかるものなんだろうか?

 美穂は四月から東京の音楽大学で、寮生活をしている。なので、いつもはGPの衛星中継を観られないはずだ。インターネットで配信されるダイジェストは観ていると言っていたけど、なにしろ音楽大学は課題が多くて、なかなかじっくり観られないとぼやいていたはずなのに……。


「やっぱりなんでもない。たぶん気のせい。ごめんね、素人なのに生意気言って」

 紗季の怪訝な表情に気づいて、美穂は言いかけた言葉を引っ込めた。

「わたしだって素人よ。なんでも気づいたこと教えて。すごく気になるわ」

 素人ほど、新しいことを発見したがるものである。ほとんどは、知ってる者からすれば当たり前の事なのだが、紗季も素人特有の興味から、純粋に美穂の気づいた違いを知りたがった。


「う~ん、レースのことはよくわからないから上手く言えないんだけど、音楽で例えると、いつもの愛華は一所懸命楽譜を追いながら演奏してるみたいだったの。音楽でも楽譜を正確にたどることは大切で、それがきちんとできるだけでもすごいことなんだけど、もっと高いレベルの演奏者になると、自分の気持ちを表現するのね。今日の愛華は、なんか気持ちが表れてた、って言うか、楽譜はちゃんと追ってるんだけど、もっと自由に走ってるみたいな……。やっぱり気のせいだよね。わたしにオートバイの乗り方なんてわかるわけないもんね」


「でも、それはあるかも知れない!愛華ってどんどん成長してるから、久し振りにエレーナさんと一緒に走って、同じレベルになってたから同調して、楽しくて仕方なかった、ってのは、きっとある、ううん、絶対ある!美穂のピアニストとしての感性が、普通じゃ気づかない違いがわかるんだよ」

 紗季は美穂の言ったことを、さすがにそれはないと内心微笑ましく思ったが、解説者も気づかない大発見をしたように手を握り合って歓んだ。


 素人分析の面白いところは、専門家では思いもしない発想で見ているところだ。その点では、毎回欠かさずレース中継を解説者の言葉をメモするほど熱心に観ている紗季には、背景を知っているからそう見えるだけでしかないと冷静に分析していた。この時、実はテレビ中継を観ていて同じように感じた者が、遠くヨーロッパにもう一人いるとは、思いもしていなかった。




 ───────────


第9戦終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント


1 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 164p


2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 150p


3 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 130p


4 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 117p


5 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 100p


6 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 98p


7 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 93p


8 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 69p


9 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 66p


10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 60p


11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 56p


12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 51p


13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 41p


14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 19p


15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 16p


16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 10p


17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 10p


18 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 4p


19 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 3p


20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 3p

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― 新着の感想 ―
[一言] 実力に差が無くなるほど、難しくなっていく人間関係。 何処の世界も一緒です。
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