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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
272/398

信じる心で、ストロベリー☆プリキュラ

「もっと愛華とエレーナさんの姿映してよ!」

 自宅のリビングで、紗季はお嬢様らしからぬ興奮した声でテレビに向かって叫んだ。


 テレビカメラは、バレンティーナ・アンジェラとフレデリカの加速するバトルを中心に追っている。

 この三台が、毎周のようにラップレコードを更新するので、当然と言えば当然だが、更新されたばかりのレコードを、直後に愛華とエレーナが塗り替えたりもしている。その時ばかりは後続の二台を映すが、まだまだトップグループから遠いチームメイト同士の走りより、熾烈なトップ争いへとすぐに切り替わるのは仕方ないだろう。


「愛華たちだって負けてないタイムで走っているのに」

「でも、同じぐらいのタイムで走ってたんじゃ、やっぱり追いつけないんじゃない?」

 悔しそうにつぶやく紗季に、美穂が本質的な質問をする。彼女としても愛華とエレーナを応援してるが、純粋にレースの展開が気になった。

「う~ん、それはそうなんだけど……、でもフレデリカさんたちは激しく競争してるから消耗も大きいはずだけど、愛華とエレーナさんはお互いに引っ張り合っているから負担は少ないのよ。だから後半になれば、きっと追いついて来るわ」

 自信なんてないが、紗季は最近得た知識を総動員して、素人の友人に解説した。


 紗季の予想は、基本的には間違っていない。問題はその差がいつ?どれくらい?表れるかだ。


 ハイテク制御されたヤマダのワークスマシンは、ライダーにもタイヤにも負担が少ない。

 フレデリカのライディングは、タイヤが減ってからもペースが落ちにくいと言われている。

 それらを考慮すると、レース中に愛華たちがトップに追いつけると判断するのは、楽観的と言わざる得ない。

 頼みはトップスリーの後ろにいるラニーニやスターシアたちが先頭争いに絡んでペースが落ちることぐらいだが、彼女たちにとっても付いて行くだけで精一杯の様子だ。


 更に、レースを実況するアナウンサーは、紗季の希望を打ちのめす事を伝えてきた。

『おや?四位争いをしていたアナスタシア・オゴロワ選手が遅れてるようです。どうしたんでしょうか?』

 カメラはラニーニとナオミから離され、後続のケリーにも抜かれるスターシアの姿を映した。

『ストロベリーナイツは、シャルロッタの欠場以来、チーム内がどこか噛み合っていないようでしたから。やはり経験の浅い愛華では、チームを引っ張るのは難しいのかも知れませんね。そういう雰囲気はチーム全体にも伝わり、メカニカルの問題まで発生させることもありますからね』

 ゲスト解説の片部範子がわかっているように答えた。


「ちがうわよ!スターシアさんはきっと、愛華とエレーナさんを助けに行ったのよ。この人、全然わかってないわ!」

 思わず紗季が声を荒げた。

「なんだかこの女の人、感じわるいね」

 レースのわからない美穂も、範子が愛華に、というか現役ライダー全般に好意的でないと感じた。


『その可能性もなくはありませんが、スターシアさんはトップ三台のペースを落とすのが難しいと判断して、チームメイトのアシストに回ったかも知れませんよ』

 Motoミニモクラスではないが、かつて世界GPで活躍した経験を持ち、ライダー側の心理を理解していると視聴者からの評価も高い上野は、紗季と同じ見解を述べた。


「ほら見なさい!上野さんはちゃんとわかってるわ」

 上野については、愛華もライダーの気持ちをわかってくれてる人だと話していた。クラスが違っても世界のトップレベルだった人が自分と同じ推察してるのが、ちょっと誇らしい紗季だった。


 レギュラー解説者とゲスト解説者の見解がこうも違うと、アナウンサーとしてはさぞやりにくいだろう。

『ストロベリーナイツとしては、もしバレンティーナ選手に届かなくても、なんとしてもラニーニ選手は抑えたいところでしょうが、スターシア選手が意図して下がったとしたら、大きな賭けに出た事になります』

 日本の視聴者の多くは、ヤマダの強さと愛華の追い上げを期待しているであろうから、慎重に言葉を選ばなくてはならない。 

『もう少し待てば、はっきりしますよ』

『もしスターシアがヘルプに行ったとしても、あの位置からもう一度追い上げるのは難しいと思いますけどね』

 上野は熱くさせてくれる追い上げを期待してるようだが、範子はそれに水を差すように言い捨てた。上野自身、おそらく本音では、状況から見て範子の言い分は正しいように思っているのだろう。黙って展開を見守った。

 

 

_______


 実力的には、並みいるエースライダーに引けをとらないスターシアであったが、さすがに一人でトップを行く三人の前に出るのは難しいと判断した。

 せめてマシンの性能が同等なら、彼女たちのペースを乱すぐらいは絡めたかも知れないが、それで一番利を得るのはラニーニだろう。

 爆発的なスピードでは一歩及ばない印象のラニーニだが、気がついたら首位にいたというのが彼女の警戒すべきところだ。そしてラニーニとナオミのペアは、今やスターシアが一人で抑えきれるレベルにない。


 ある意味、範子の言ったメカニカル的な理由で後ろに下がったというのもまったくの外れではないが、それはシャルロッタの欠場とは関係ない。メカニカル面で劣勢を強いられているのは、シーズンの初めからだ。

 

 

 トップグループの最後尾を追いかけていた愛華は、集団から遅れたバイクを捉えた。

 が、それは自分と同じカラーリングのマシンとつなぎだ。エレーナは自分と一緒に走っているから、スターシアしかいない。

 掲示ではバレンティーナたちのすぐ後ろにいたはずのなに、なにかのトラブル?と思ったのは無理もない。


「どうしたんですか!?」

「ええ、ちょっと、ハードブレーキングからコーナーに入る時、フロントの振れ(チャター)がひどいので、ペースが上げられなくなったのです」

 スターシアは、愛華の問いかけに対し、深刻なトラブル発生を伝えた。どことなく愉しそうな声をしてるが、愛華は気づかない。

「危なそうだったら、無理しないで降りてください。ここでスターシアさんまで怪我したら大変です。まだまだシーズンは長いのですから」

「大丈夫!まだなんとか走れますよ」

 声にちょっと慌てた様子が感じられたが、愛華はスターシアの責任感だと思った。

 その会話とライディングをうかがっていたエレーナは、すでに問題の原因を突き止めていた。

「いや、無理に走り続けても、このレースの流れを変えることはできん。すぐにピットに入れ」

「大丈夫です!これくらいでリタイヤしていては、支えてくれてるチームの人たちや応援してくださるファンやスポンサーの方々に申し訳ありませんから」

「否、転倒される方が迷惑だ。それにアイカの言うように、スターシアにまで怪我されては、うちのチームは終わりだからな」

 エレーナはそう言ってスターシアを追い抜き、これまでと同じように愛華を引っ張り始めた。

 しかし、スターシアもそれについて来る。

「スターシアさん、本当に無理はやめてください」

 愛華が心配そうに声を掛ける。

「そうだ。トラブルを抱えたマシンで無理をするな。おとなしくピットへ戻れ」

 エレーナも冷たく突き放そうとする。


 レース中、多少のトラブルがあったとしても、誤魔化して走るのがGPライダーだ。しかし、ブレーキやフロントまわりのトラブルは、大変危険な事態を招くおそれがある。

 まだレースの残り周回数はかなり残されている。シーズンは折り返したところだ。ここでスターシアに、もしものことがあれば本当にストロベリーナイツの今季は終わる。が……


「まあ!なんと言うことでしょう。奇跡が起きましたわ。急にフロントのチャタリングが、嘘みたいに修まりました。さあアイカちゃん、三人で追い上げますよ」

 突然、スターシアが大きな声で言い出した。ちょうどホームストレートに入ったところだ。

 愛華はようやく理解した。コースの後半からホームストレートに戻るまでの区間に、Motoミニモのマシンでハードブレーキを必要とするコーナーなんてない。エレーナをうかがうと、初めからわかっていたようだ。


「くだらん芝居をしてた分、しっかりと取り戻してもらうぞ。さっさと前に出ろ」

「任せてください。その前にアイカちゃん、プリキュラに変身です!」

「いいから早く行ってください!」

 愛華も突っ込む気にもなれず、スターシアのお尻を叩いてスリップに入った。


 このふざけているようで、それでも1000分の1秒を削る集中力を切らさず、信頼しあえるチームワークの中にいることが、愛華には最高に気持ちよかった。

 それは愛華だけではない。エレーナもスターシアも、同じように昂っていた。

 

  

______


『スターシアの加わったストロベリーナイツが、またラップタイムレコードを更新したようです。ここに来てペースを上げるとは、凄い事ですね』

『これが苺騎士団の脅威です。でも、バレンティーナたちのペースも落ちてませんから、残り7周でトップに追いつくには……ちょっときびしいですかね』

 上野は愛華たちに期待しながらも、客観的見解を述べた。


 日本で中継を観ている紗季と美穂は手をぎゅっと握り締め合って、画面を見つめている。


『トップは相変わらず、ヤマダワークスの二台と異母姉妹のLMSが激しく争っています。こちらもバトルをしながらこのタイムですから、ものすごいハイレベルなレースになってきましたね』

『その後ろにぴったりとつけてるラニーニとナオミのペアも要注意ですよ。彼女たちの信条はねばり強さですから、ねばってねばってシャルロッタからタイトルをもぎ取った強さが発揮されると、ちょっとワクワクしますね』

『チェッカーが振り下ろされる瞬間まで目が離せない状況になってきました。片部さん、難しいレース展開になってきましたが、どう予想されますか?』

 アナウンサーは、一応ゲストの範子にも振った。

『順当にバレでしょう。フレデリカもよくがんばりましたけど、そろそろ限界じゃないですか。ラニーニは』

『おっっと!ここで、先頭で引っ張っていたアンジェラが大きくラインを外れた~っ!』

 範子がまだ話していたが、画面では1コーナーを大きく曲がるアンジェラを映していた。その内側をバレンティーナ、フレデリカ、ラニーニとナオミが走り抜けて行く。

『おそらくブレーキングのタイミングが遅れたのでしょう。これでバレンティーナとフレデリカの一騎打ちですよ』

『後ろのラニーニにとってもチャンスではないでしょうか。さらにストロベリーナイツにとっても、可能性が繋がりましたね?』

『う~ん、どうでしょうか?まったく予想がつきません』


 紗季は、上野に「そうだ、ストロベリーナイツ逆転の可能性が大きくなった」と言って欲しかったが、言葉を濁された。実際、アンジェラがいなくなったことでフレデリカは走りやすくなり、ペースが早まる可能性もある。最近つめ込んだ知識でもそれくらいはわかる。「きっと大丈夫だよね?」と尋ねる美穂にも、「信じて応援しましょ」としか言えなかった。


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[一言] 最終局面の最初の一手が動き出した⁈
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