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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
271/398

夢のペア実現

 愛華は、いつも以上にスタートに賭けていた。


 もともとスタートは得意だ。だからこそ、予選での失敗を少しでもスタートで取り戻したかった。

 スタートと同時に三列目の人たちに割って入り、エレーナさんと合流したら早い段階でラニーニちゃんたちに追いつきたい。そこから先はどうなるかわからないが、とにかくスタートを決めなくては話にならない。

 しかし歯車が噛み合っていない時に賭けをしても、往々にして悪い方に転がるものだ。愛華はスタートに集中するというより、焦っていた。

 

 

 グリッドでクラッチとブレーキのレバーを握りしめ、シグナルタワーを見つめる。

 五つの赤いランプが、一つずつ順に消えていく。アクセルグリップを煽り回転数をあげる。

 灯っているランプはあと一つだけ。それが消えた瞬間、両手のレバーを解放して飛び出すだけだ。

 その時、愛華の斜め前のライダーが動いた。つられてレバーを緩めそうになるが、まだ赤いランプは点灯している。


 フライング!?


 愛華は辛うじてタイヤが動く前にブレーキレバーを握り直した。


 大丈夫、バイクは1ミリも動いてない!


 だが次の瞬間、一斉に動き出した車群の中で、一人だけ取り残されてしまった。

 あっという間にトップクラスから引き離され、後続の中に呑み込まれる。

 慌ててブレーキを放し、クラッチを繋ぐ。


 もうっ、なにやってるの、わたしのばか!


 失敗を巻き返そうとして更なるミス。投げ出したくなる状況の中、愛華は自分を責めた。


 ラニーニちゃんたちに追いつくどころか、エレーナさんと合流することもできない。スターシアさんはわたしを信じてくれたのに、信頼を裏切ってしまった。

 きっとシャルロッタさんも、テレビの前で怒ってるに違いない。


 そして、遠くから応援に駆けつけてくれた友だちに、みっともない姿を晒したのが情けなかった。



 これまでも、ほとんど最後尾からトップグループまで追いついたことはある。初優勝した時も後ろから追い上げた。しかし、奇跡は何度も起きるものではない。それにあの時とは状況がまるで違う。

 エースのシャルロッタは欠場中で、エレーナもベストとはほど遠いコンディション。対してバレンティーナは最高のマシンを手に入れ、サポートも万全だ。ラニーニとナオミもあの頃より全然速くなっている。

 スタートポジションが良かったとしても、彼女たちに勝てると言い切れる自信はなかった。


 とにかく、ここから早く脱け出して、エレーナさんだけにでも追いつかないと。

 せめてもの意地を見せたい……。


 泣きたくなるほど情けない気持ちを抑えて、走りに集中しようとする。


 ツェツィーリアでトレーニングしている頃から調子は良かった。

 特別なテクニックを会得した訳ではなかったが、いつもハンス先生からのアドバイスを噛みしめ、じっくりと自分の走りを見直してきた。

 インディに入ってからも、自分で乗れているのを感じた。それで欲が出たのかも知れない。勝てると思った。


 レースとは、そんなものだ。

 調子いい時ほど、ミスを犯す。

 追いつめられて、そこから驚くべき潜在能力を発揮できるのも愛華の凄いところだ。

 だが裏を返せば、追いつめられなくては真の実力を発揮できないところが、愛華の弱いところであり、シャルロッタを笑えない残念なところだ。

 「そこをなんとかしなきゃ」とわかってはいるけど、また自ら苦しい状況に填まってしまった。


 今は反省してる暇はない。一流のライダーとしては駄目な性格だろうとなんだろと、今はそれで上がるしかない。愛華は前を行くプライベーターを、一台ずつ確実にパスして行く。

 しかしトップグループは、なかなか見えて来ない。今回ヤマダの持ち込んだワークスマシンはレース本番でも完璧といえるほど熟成されており、それを駆るバレンティーナとアンジェラ、彼女たちに張り合っているフレデリカのペースは序盤から恐ろしく速い。それを追うラニーニとナオミ、他のアシストたちも引っ張られるようにハイペースで、トップグループとそれ以下の集団との差を、早くも拡げ始めている。いくら開き直っても、単独で追いつくのは困難に思えた。


 三周目のホームストレートを通過した時、愛華の隣でスタート前に動いたライダーのゼッケンが表示されていた。ジャンプスタートでピットロードを通過するペナルティが出された。

 自分も動いたとされてないか不安だったが、愛華のゼッケンはない。ひとまずほっとするが、安心するにはほど遠い。まだまだ困難は山ほどある。


 そんな中、愛華はトップグループから溢れた一人のライダーを捉えた。


「エレーナさん?!」

 愛華のイメージでは、エレーナが集団から脱落するなんて想像出来なかった。余程体調が悪いのかもしれない。

「大丈夫ですか?どこか痛むのですか?」

「大丈夫だ、心配ない。ただレースから離れていたせいで随分勘が鈍っていたようだな。いきなりのハイペース展開に出遅れてしまった」

 自嘲気味に答えるエレーナに、愛華はどこか違和感を感じた。

「ここからはわたしが頑張りますから、あまり無理しないでください」

「余計な気づかいは必要ない。ようやくウォームアップが済んだところだ。これから私も追い上げさせてもらうぞ」

 決して強がりでなく、エレーナらしい自信に満ちた口調。

 もしかしたら、エレーナさんは自分を待っててくれてたのかも知れないと思った。

 たぶん待っててくれたにちがいない。だったら成長した自分を見せなくちゃいけない。


「だあっ!ガンガン行きますから、遅れないでついて来てください!」

「言うようになったな。口先だけでないことを、見せてもらうか」

 よくスターシアさんと交わしているような、知らない人が聞いたら不仲かと思うようなやり取り。それが愛華には心地良かった。

 エレーナと一緒に走るのは久し振りだ。ペアとして組むのは……愛華が一人前になってからは初めてだったかも知れない。少なくともこんなふうに歯に衣着せぬ言葉を掛け合ったことはなく、それこそがスターシアと同列のパートナーと認められたようで嬉しかった。

 抱えていたモヤモヤした気持ちも忘れて、エレーナと走れることに夢中になった。


「エレーナさん、速すぎたら言ってください!」

(すごい!ブランクあったなんて信じられない。今でもシャルロッタさんに負けないキレっキレの走りだ)


「私の心配してる余裕あるなら、もっと攻めろ。アイカの実力はそんな程度か?」

(驚いたな。速くなったのはわかっていたが、ここまで自由に乗りこなしてるとは)


 久し振りに一緒に走る師弟は、互いのレベルの高さに驚きながら、前に出れば見せつけように限界までコーナーを攻め、それを後ろから追い越すを繰り返し、トップにも負けないハイペースで前を行く集団を追った。


 観客たちは、もう見られないと思っていた夢のペアの出現に、もしかしたらと期待を膨らました。

 

 

 先頭では、狂暴なLMSを駆るフレデリカを振り切ろうと、バレンティーナとアンジェラのペアが、こちらもハイペースで飛ばしている。

 その三人になんとか食い込みたいラニーニとナオミ、そしてスターシアだが、あまりの速いペースに、つけ込む余裕がない。

 さらに後ろには、ケリー、琴音、マリアローザ、リンダ、ハンナが団子になっているが、周を重ねる毎に縦に延びていっている。とは言っても、トップクラスのマシンとライダーたちだ。追いついたとしても、ここを抜けるだけでも大変なことだ。


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[一言] タイヤもつの?
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