中二病でもレースがしたい
日本GPでシャルロッタを復帰させる事がエレーナに伝えられたのは、日本に向かう直前だった。ジュリエッタ対策として、いささか時代遅れだった自国製のインジェクションから、外国製の最新のものに代えたマシンを携えて来るらしい。心配された愛華の処遇は、そのままアシストと起用し、チームは四人体制でタイトル奪取に挑む事になった。
シャルロッタの突破力は、エレーナやスターシアをも上回っており、チームにとってこれ以上ない戦力増強の筈なのだが、エレーナは頭を抱えた。
現在のストロベリーナイツは、自分とスターシア、それにアイカの三人で、それまで以上にバランスのとれた一体感のあるチームになっている。メカニックたちの士気も高い。シャルロッタが加われば、そのバランスが崩れ、チームとしての連帯を乱す畏れがある。
確かにシャルロッタは、一人のライダーとしては、間違いなくアイカより速い。しかし、何と言っても馬鹿だ。言う通りに走らない。別に逆らっている訳ではない。あれは自分とスターシアにだけは従順だ。しかし、挑発されれば我を忘れ、勝ちが見えれば先走る。要するに自分をコントロール出来ないアホだ。これまで何度作戦をぶち壊してくれたか。自分とスターシアのどちらかが、絶えず見張っていなければならない。エースとして中心に据えるならそれも可能だが、アシストとしての使い道が浮かばない。
その上、愛華を敵視しているとくれば、もう迷惑以外なにものでもない。
「アンタ、ちょっとあたしがいない間にもぐり込んで、ほんのちょっと活躍したからって、いい気にならないで頂戴よね!」
日本GPの行われるツインリンク茂木のパドックに、エレーナたちと入った愛華に、ゴシックロリータファッションに身を包んだシャルロッタが開口一番絡んできた。最近は、セクシーさを売り物にしたレースクィーンが自主規制の傾向にあり、マニアうけを狙うコスプレレースクィーンも珍しくないが、開幕前の慌ただしいパドックに似つかわしくない。
腰にまで届きそうなブルネットの髪をツインテールに束ね、仁王立ちで睨み付ける小柄な少女は、まるでアニメの世界から抜け出したような現実離れした可愛らしさがあった。
彼女の二次元的な雰囲気はそのゴスロリファッションだけの理由ではない。右の瞳は髪と同じ淡い茶褐色だが、左の瞳は濃い緑色だった。しかもそれはスターシアのように透き通るようなエメラルド色でなく、ばればれのカラーコンタクトである。
どうやらこのジャンルの最近のトレンドは金銀妖瞳らしい。緑色のカラーコンタクトを入れた左目には、異能の力が宿る設定だ、と思う、たぶん。
コスプレとしては高いレベルなのだが、当人は本気だ。いわゆる真性の中二病と言われる病である。
シャルロッタは、愛華に向けて人差し指を突きだし、
「アタシの半身を奪って勝手に乗り回し、いい気になってるんじゃないわよ」
と凄んだ。
「おまえが欠場したおかげで、どれだけチームに迷惑かけたと思っているんだ、アホ娘!少しは反省しろ」
間髪入れず、エレーナが彼女の頭をドついた。
「痛〜っ。痛いよ、エレーナ様。だって、そいつはあたしのバイク盗って、おねえさまたちをたぶらかしているんだよぉ。
だけど、あたしが戻ったからには、もう勝手な真似はさせないから!アンタなんか、あたしがいなくって寂しかったエレーナ様が、ちょっとつまみ食いしただけなんだからね、っ!痛いっ!痛いっ!……ちょっと本当に痛いって!グーで殴るのはやめてっ」
エレーナがグーパンチでタコ殴りにする。シャルロッタは両腕で頭を庇いながらうずくまった。エレーナは四つん這いになったシャルロッタに跨がり、バックマウントポジションを獲ると耳朶を引っ張って尋ねた。
「誰が寂しかったって?誰がつまみ食いしたって?それではディナーはおまえか?おまえの脳味噌、スープにして頂くとするか。だいたいアホな事して怪我するおまえが一番悪いんだろ?ちがうか?誰が悪い?」
「アゥーっ!耳がちぎれるぅ!ゴメンなさい!あたしが悪いです。あたしの脳味噌スープは美味しくないです、空っぽですから!ぎゃーっ、ギブっ、ギブです!」
シャルロッタが馬乗りになったエレーナの脚をタップして、ようやく解放された。緋と黒のボーダーの二ーハイソックスの膝が破れ、幾重ものフリフリの重なったスカートも汚れていた。それでも立ち上がると真っ赤になった耳で外れかかっていたピアスを直しながら、涙の浮かんだヘテロクロミア(偽物)で愛華を睨みつける。
「ふん、エレーナ様に免じて、今日のところは赦してやるわ」
強がって見せたが、典型的小物キャラのセリフだった。再びエレーナの眼がキッと睨みつけると、「ひっ」とたじろいでスターシアの後ろに隠れた。ゴシックロリータ調のドレスの胸の膨らみが、不自然に傾いでいた。パットごと誇張サイズのブラがずれているのに、本人以外は皆気づいていたが、敢えて見えないふりをしてあげた。せめてもの情けだ。
「アイカちゃんは、エレーナ女王が極東の地から召還した姫騎士なんですよ。この地で貴女の復活に立ち合うのも、千年前からの宿命です。氷の魔女に仕える者同士、力を合わせなくてはなりません」
スターシアが、悟すようにシャルロッタに語った。愛華には今ひとつ意味がわからない。何気に氷の魔女と言われたエレーナも一瞬眉をピクリとさせたが、言ってる意味がわからないらしい。
しかし、シャルロッタのツボには嵌まったようだ。
「……氷の魔女の眷属なら、仕方ないわね。でもいい?アンタは一番下っ派なんだからね!姫騎士なんて名乗るのは一万年早いわ。騎士見習いよ。いえ、それも生意気だわ。下僕、そうよ、奴隷よ。わっ!ゴメンなさい、エレーナ様。冗談ですって、だからグーはやめて」
エレーナが一歩前に踏み出したとたんに、頭を押さえて謝っていた。幼少の頃から天才と言われ、自己顕示欲の肥大しすぎたシャルロッタも、エレーナには絶対逆らえないらしい。
ようやく落ちついて、愛華が口を開いた。
「初めまして。あの……わたし、シャルロッタさんの事、すごく尊敬しているんです。身長とか、わたしとあまり変わらないし、シャルロッタさんのライディング参考にしようといつも研究してたんです。けど、やっぱりシャルロッタさんは天才なんだって……、わたしとは才能が全然違うんだって思い知りました。だから、シャルロッタさんの下で走れるのは、すごく光栄だと思ってます」
謙遜でなく、愛華の本音であった。あまりに純心な愛華に、逆にシャルロッタが戸惑ってしまう。
「なに?あたしにもゴマするつもり?あたしはたぶらかされたりしないからね。でもまあ、魔力は持って生まれたモノだから、どんなに努力しても敵わない事はわかってるみたいね。アンタの謙虚な姿勢は褒めてあげるわ。世の中、魔力の差も気づかない哀れな人間も多いから。
まずは明日のフリー走行で、選ばれし者の走りを魅せてあげるから、あたしについて来なさい」
どうやらシャルロッタ語では才能の事を魔力と訳すらしい。一応記憶の辞書にメモして、愛華は嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます!シャルロッタさんに教えてもらえるなんて、感激です!」
「べ、べつに教えるとかじゃないわよ。大抵の人間は、自分の無力さに打ちのめされるけど、アンタは最初からわかっているようだから、大丈夫そうね。精々頑張ってついて来なさい」
「だあっ!」
「だあ……?とにかく足手まといになるようだったら、エレーナ様がなんと言おうと追い出すからね」
なんだかんだと言いながらも、シャルロッタは満更でもなさそうだった。
「良いのですか?そんな事言って。アイカちゃんの潜在能力は未知数ですよ。女王すら把握出来ないほどの魔力を秘めています。魔力を覚醒させる事になるかも知れませんよ」
「アンタ、覚醒するの?一体何者?」
スターシアもシャルロッタ語が話せるようだ。愛華も薄々気づいていたが、スターシア語と同じ言語系と思われた。(正確には同じ美少女アニメオタクでも、ジャンルが異なるのでスターシアのシャルロッタ語は正確とは言えない)
「覚醒とか解りませんけど、少しでも近づけるように頑張ります」
この頃は、愛華もオタク会話を微妙にスルーしながらも話を合わせるスキルをスターシアとの会話から身につけていた。
「……まあ、いい心掛けだわ。覚醒するなら早いとこ覚醒して、あたしの足引っ張らないようにしてちょうだいね。あとアンタ、あたしと身長とか変わらないとか言ったけど、スタイルはまるで違うんだからね。アンタみたいな『つるぺた』と一緒にしないでちょうだい」
……、
「だあぁ……」
「何よ、その間?」
「いえ、別に……、」
「それからねぇ、○□☆●だから、○☆◎△……!」
「だあっ!」
「だからその『だあっ!』って何よ?」
「意外と相性良さそうですね、あの二人」
「アイカが素直だからな」
「素直ですね、アイカちゃん。エレーナさんなら大喧嘩です。一方的で喧嘩になりませんけど」
「アイカは大人だ」
「大人ですね。それに大物です」
「大物だ。二人とも胸は小物だが……、もしかすると、最強のチームになるかも知れない」
「わくわくしてきました」
「問題はまだ山ほどあるがな。だが楽しみだ」
四人体制にする上での一番の不安要素が薄らいだ事に、エレーナとスターシアは胸を撫で下ろしていた。
しかし、この出逢いが想わぬ展開になるとは、エレーナもスターシアも、当人たちすら気づいていなかった。




