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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
266/398

もう一つの誓い

 土曜に行われた予選の結果は、前評判通りヤマダのポテンシャルを遺憾なく発揮したバレンティーナがポールポジションを獲得。同じくヤマダワークスのアンジェラがその横に並び、ベテランのケリーも四番手タイムで久々にフロントローに並んだ。

 絶好調のヤマダワークスの間に割り込み、三番タイムを記録したのは、同じヤマダエンジンでワークスのYC214とは異母姉妹であるLMS H-03を駆るフレデリカ。これによって、インディアナGP決勝スターティンググリット一列目を、ヤマダのエンジンが独占する事になった。


 二列目にようやくジュリエッタのラニーニとナオミが並び、その隣にスミホーイのスターシア。そしてまたワークスヤマダのマリアローザがつけた。


 三列目にはリンダ、LMSのハンナ、琴音ときて代役出走二戦目となるエレーナ。


 タイムアタックでミスをしてしまった愛華は、タイトルを争う3ワークス+1プライベートチームの中では最後尾の四列目スタートとなった。


 後ろからスタートすることも珍しくない愛華だが、今回の予選結果はかなり痛い。


「後方から追い上げる方が、アイカちゃんらしいレース展開になって面白いじゃない」

 スターシアは慰めてくれたが、ヤマダの好調さを考えるとスタートからぴったりついていかないと勝負は難しいだろうとは、愛華にも十分わかっていた。



 四輪のインディ500マイルレースで有名なオーバルトラックの内側(インフィールド)に造られたロードコースは、平坦で見通しがよく、スミホーイのツェツィーリアテストコースに感じが似ている。

 本来なら、ストロベリーナイツが得意とするサーキットのはずだった。実際、愛華は金曜までじっくりと走り込み、土曜午前のフリー走行で初めてフルアタックを試し、いきなりスターシアを上回るタイムを出した。

 全体でもバレンティーナに次ぐ二位のラップタイムだった。


 それで欲が出てしまった。予選本番に挑んだ愛華は、ポールポジションを獲得することしか頭になくなっていた。



 *****


 ストレートのスピードを、出来る限り維持したまま1コーナーに入っていった。深くマシンを寝かせ、パーシャルスロットル(加速も減速もしないスロットル開度)で曲がり込んだコーナーリングGに耐える。

 クリップポイントを掠め、マシンを起こしながらスロットルを開けて行く。


 もっと!もっと!


 シャルロッタのアクセルワークをイメージして、2コーナーへの切り返しギリギリまで加速しようとした。

 フリー走行の時より、ちょっとだけマシンが走っているのに気づいたのは、切り返しの直前だった。

 スピードが速くなれば、タイミングも早くしなければならない。しかしもう、切り返し位置にまで来てしまっている。

 愛華はいつも以上に素早く切り返そうとした。といっても、いつもの切り返しは、愛華のベストだ。急にそれ以上素早くしようとしても、動きが悪くなるのは自明の理だった。


 愛華は2コーナーへの進入ラインを大きく外れ、アウトへ膨らんで行った。

 幸い広いコース幅のおかげでコースアウトには至らなかったが、痛いタイムロス。それ以上に痛いのは、ポールポジション獲得をめざして気合い入りまくりだった愛華は、頭が真っ白になるほど焦ってしまっていた。

 以前にもあった愛華の悪い癖だ。焦るほど力んでしまって、ライディングが雑になる。

 バックストレートでようやく冷静さを取り戻し、後半はなんとか自分の走りができたが、タイムは最悪だった。

 

 


「済んでしまったことを嘆いても仕方ない。できることは、現状で最善を尽くすことだけだ」

 エレーナの言う通りだ。だが最善を尽くしたとしても、この状況で期待できる結果は明るいものではない。


 アップダウンはないが様々なコーナーが組み合わされたロードコースに合わせて、ばっちりマシンを仕上げてきたワークスヤマダは、最初から思いきり飛ばして行くだろう。

 今回はアシストも、バレンティーナに近いグリッドで堅めている。

 邪魔する者のいない先頭を、マシン性能の上回るチームに揃って走られたら、後方から自力で追い上げるのは、現実的には無理と言うほかない。


 空には雲一つなく、予報は明日も晴れ。天候による波乱は起きそうにない。


 フロントローに割り込んでいるフレデリカが掻き回してくれることも予想できるが、ワークスとのチーム力の差をどこまで覆せるか。

 それに乗じてラニーニたちブルーストライプスが前に出てくれば面白くなるのだが、当然バレンティーナたちもそれを警戒しているだろう。

 最悪バレンティーナとアンジェラの二人で逃げきることも予想される。


 現実的に可能な最善の策としては、スターシアがラニーニの前でゴールして、事実上ランキングトップにいるラニーニの獲得ポイントを少しでも抑えることぐらいだった。

 勿論、アクシデントなどによってトップグループに波乱が生じる可能性はあり、愛華たちも最後まで諦めることはないが、バレンティーナへのプレッシャーすら届かないスターティンググリッドだ。他力に頼らざるを得ない状況は、なんとももどかしい。


「すべてのレースで満足のいく結果を得られる訳ではない。ただ闇雲に頑張ればいいというものでもない。それはわかっているな?」

 エレーナは、落ち込んでいる愛華に語り掛けた。慰めではない。長いシーズンを戦う上で、重要な事だ。

 それは愛華もわかっているが、エース欠場という非常事態の今、シャルロッタのタイトルを脅かすラニーニとバレンティーナのポイントを少しでも抑えるという目標が、まったく果たせていない。


 もちろん、理想はストロベリーナイツの表彰台独占だけど、そんなに甘くないのはわかっている。エレーナさんも本調子じゃない。だからこそ、自分はせめてラニーニちゃんかバレンティーナさんのどちらかより先にゴールしなくちゃいけないのに、前の二戦はそれも叶わず、今回も私がチームの足を引っ張っている……。


「責任感が強いのはいいことだが、もっとチームメイトを信用しろ。スターシアはおまえより経験豊富だし、ああ見えてもレース運びは意外としたたかだぞ」

「そんなこと、ありますけどね」

 エレーナの励ましに、スターシアはニコニコ微笑んで答えた。二人とも、愛華を元気づけようとしてくれているのが沁みる。


 愛華は、自分がいつの間にか随分思い上がっていた気がした。

 スターシアさんが自分より経験もテクニックもレースコントロールも、遥かに上だってことは、今さら思い出さなくてもわかっている。だけど普段の緩い言動と司令塔という役割を任された重圧で、つい「自分が」って気持ちが先に出てしまっていたのかもしれない。


 きっとスターシアさんは、わざと緩いふりをして、わたしの緊張も弛めてくれてたんだ。


「スターシアさん……わたし」

「先頭グループは私に任せて、アイカちゃんは面倒でしょうけどエレーナさんと早く追い上げて来てください。きっとチャンスはあります」

「だあっ!」

 愛華は初めてチームに来た時と同じように、精一杯の元気を振り絞って答えた。

「ちょっと待て。スターシアの言い方では、まるで私がお荷物のようではないか?」

「あら、そう聞こえました?(実際、お荷物なんですけど)」

「調子はよくなってきている。まだまだ若いやつらに遅れはとらんぞ」

「まあっぁ!頼もしいですね。アイカちゃん、エレーナさんに遅れないように、しっかりとついて行かないとね」

「わたし、スタートは得意ですから大丈夫だと思います」

「おまえら、私を馬鹿にしてるだろ?」

「とんでもないですっ!わたし、エレーナさんをずっと尊敬してましたし、目標でした」

「でした?」

「だからっ!えっと今のは言い間違いで、今でも一番の憧れですから!」

 思わず口走ってしまった文法上の間違えを、必死に弁解する愛華を見てスターシアがくすりと笑った。

 エレーナも可笑しくなって笑いだした。


「もうっ!わたしのこと、わかってていじめないでください!」

 愛華は赤くなった頬を膨らませ、ぷいっと拗ねた。

「すまん、すまん。だがアイカの言う通り、私は過去の人間だ」

「そんな……まだまだ全然走れるじゃないですか!?」

「いや、マシンが進歩するように、ライディングも進化していく。だが私はもうこれ以上進化できないと感じたよ。これからはアイカたちの時代だ。失敗を恐れず思いきり行け。そして経験を積め。おまえの尻を拭うだけの力は、わたしにもまだある」

 花も恥らう乙女に対して「尻を拭う」という表現を使うのはどうかと思ったが、これでもソフトに訳したつもりだ。それでも愛華は、エレーナの思いをずっしりと受けとめた。


「ありがとうございます!わたし、精一杯走ります!」

 

 

 どのチームも勝ちたいと願ってレースに挑む。しかし勝者は一人だけ。確率的には敗ける可能性の方が高い。「納得のいく負け」というのは確かにある。だがGPに於けるそれは、劇画やドラマによくある「精一杯やったのだから負けたけど満足」という生易しいものではない。


 ワークスマシンには、とんでもない費用が掛かっている。開発から参戦まで沢山の人も関わっている。

 ライダーは最終的な結果を出さなくてはならない。責任は重大だ。個人の満足など、なんの足しにもならない。

 その責任がわかっているからこそ、愛華はいつもプレッシャーに押し潰されないよう気張ってきた。


 エレーナの言ってくれた「尻を拭う」という言葉が、どれほど愛華を勇気づけたか。


 シャルロッタさんの分まで、って頑張っていたけど、わたしが一人で背負ってるんじゃない。考えてみれば、わたしなんかで背負いきれるものじゃないよね。わたしを信じて、エレーナさんとスターシアが一緒に背負ってくれてる。もっと言えば、ミーシャくんもニコライさんも、セルゲイおじさんもイリーナさんも、チームの人みんなで背負ってくれている。


 明日の決勝に勝つのは、正直言って難しい。でも何らかの結果を残さなくちゃいけない。最後まで諦めず、最終的な結果に繋げるんだ。


 愛華はシャルロッタのタイトル獲得ともう一つの誓いを立てた。


 もう一度、エレーナさんを表彰台(ポディウム)にあげる!


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― 新着の感想 ―
[一言] やはりポディウムは偉大だ。
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