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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
261/398

表彰台で

 先に三位の台に上がっていた愛華に、二位でコールされたラニーニが握手を求めた。愛華も笑顔でそれに応える。

「わたしの負けだね」

「今日はちょっとだけわたしに運があっただけだよ」

「次は負けないから」

「次は実力で勝つから」

 互いに相手の実力を認めているからこそ、勝って傲ることも負けて卑屈になることもない。

 実際、愛華とラニーニの二位争いの決着は、たまたまフィニッシュラインに差し掛かった時に、ラニーニがほんの僅か前にいただけと言っていい結末だった。


 最終ラップ、二人ともほとんどまともに走ることもできないタイヤで、テール トゥ ノーズとサイド バイ サイドのデッドヒートを演じた。

 圧倒的なアドバンテージで追い上げてきたバレンティーナも、思わずパスするのを躊躇してしまうほど熱くメチャクチャなバトル。高度なレーシングテクニックも駆け引きもなく、ただ先にゴールへとたどり着くことだけに夢中になっていた。

 勝ったラニーニも、それが実力の差だとは思っていない。

 しかし愛華にとっては、どんな経緯であろうと負けは負けだ。正直に言えば、負けたのは運がなかったからという悔しい気持ちがないわけではないが、それを自分から言ってしまっては競技者としておしまいだ。他人がどう評価しようと、リザルトはラニーニが上だと自分に言い聞かせていた。

 それでもラニーニからそう言ってくれたのは、ちょっとうれしかった。


 二人はしっかりと握手を交わし、ラニーニは二位の表彰台に立った。

 一番高い台を挟んで立ってみれば、二人にとって二位と三位の違いにそれほどの意味のないことに気づいた。

 シリーズポイントを争う上では、この差が明暗を分けることになるかも知れないのは承知しているが、二人がめざす表彰台の位置はそこじゃない。

 レース中は二人だけの勝負に熱くなってしまい、レースそのものを忘れていたが、表彰台に上がって改めて、レースの世界で昔から語られるもう一つの真実を思い出した。


 『一位以外、敗者と認める者のみ、明日の勝者への可能性を持つ』

 

 この時、愛華の顔は、紛れもないエースの顔をしていた。


 

 愛華とラニーニを称える歓声も冷めやらぬ中、今日のレースの正真正銘の勝者、バレンティーナの名前がコールされると、一際大きな歓声と拍手がわき起こった。

 満面の笑みで表彰台ステージの端から現れたバレンティーナは、手に持っていたヘルメットを高々と挙げて、歓声に応える。

 表彰式でバレンティーナの名が最後に呼ばれるのは、昨年のイタリアGP以来、つまり一年と一ヶ月ぶりの優勝である。


 あの時は、シャルロッタと愛華が失格となり、バレンティーナには注意だけという疑念の残る優勝だった。

 地元イタリアにもかかわらず、表彰台に上がったバレンティーナへの歓声は、ブーイングにかき消され、それ以来、彼女のイメージは陽気なイタリアンヒロインから、狡猾で勝つためには手段を選ばないヒールへと堕ちた。


 それだけに、今回の文句のつけようのない逆転優勝は、バレンティーナ本人だけでなく、ヤマダの関係者や批判に耐え忍んできたコアなバレンティーナファンにとって待ち望んだ瞬間だ。


 バレンティーナは先ず、三位の愛華に握手する。

「すごい気迫だったね。途中、本気で諦めかけたぐらいだ」

 それは事実だ。しかし愛華は、バレンティーナが社交辞令で言ってくれてると解釈した。

「あの、もっと早く抜けたはずなのに……、ありがとうございました」

 バレンティーナの本心をどう解釈するにせよ、最終ラップの気づかいに愛華は礼を言った。パルクフェルメ(三位まで入賞したマシンとライダーが導かれるエリア。原則、車検が済むまでマシンには検査員以外触れられない)に入った愛華とラニーニのタイヤは、スチールのワイヤが見えてる状態だった。愛華もそれを見てゾッとした。あれ以上無理をしていたら、たぶんゴールできなかっただろう。

「いやいや、危なっかしくて近づけなかっただけだよ。あの状態でよくゴールまでたどり着いたね。一応邪魔はしなかったつもりだけど」

 バレンティーナはいつもの調子で軽く返したが、どこか照れてるようにも感じられた。


 バレンティーナは握手していた手を放すと、愛華の背中に腕をまわし、顔を近づけてきた。親愛の表現として頬に口づけするのは、欧米では普通だ。

 しかし愛華は、バレンティーナの唇が頬に触れる直前、とっさに顔の位置をずらして、バレンティーナの頬に自分の頬を合わせてしまった。

 やはりたとえ頬であっても、キスというものに特別な意味を意識してしまう初心な愛華には、この習慣になかなか慣れることができない。


 去年初優勝した時、ミーシャくんからキスされた時は、優勝の歓びでそれどころじゃなかったけど、そのあとスターシアさんがやたらキスしようと迫ってくるようになった。スターシアさんにキスされるのは危険だ。顔が近づいただけで心臓がドキドキしてしまう。


 愛華が挨拶のキスという習慣に慣れないのは、スターシアさんのせいとも言える。

 その後のスターシアさんのミーシャくんに対する態度を考えると、バレンティーナさんへの敵対心がこれまで以上に燃え上がりそうで怖い。今日はバレンティーナさんには感謝しているのだから。


 バレンティーナは、少し残念そうな顔をしたが、気を悪くした様子もなく、ラニーニにも握手を求めに行った。


 愛華が目で追うと、二人は一言二言、言葉を交わし、愛華の時と同じように顔を近づける。

 ラニーニが慣れた感じで頬を向けると、今度はバレンティーナが顔の軌道を変えて、二つの唇が合わさった。


 えぇぇーっ!!!

 ちょっと、今、唇と唇がくっついたんじゃない!?


 愛華は衝撃で、顔をまっ赤にして固まってしまった。

 バレンティーナがチラリと愛華の様子を窺い、ニヤリとした気がする。

 ラニーニは何事もなかったような顔をしているが、愛華と目を合わせようとしない。


 感謝は取り消し!やっぱりバレンティーナさんなんて、大嫌い!


 その後のシャンパンファイトで、愛華はバレンティーナに炭酸水を思い切り浴びせかけたが、本物のシャンパンを浴びせ返されヘロヘロに酔っぱらい、やっぱり表彰台は一番高いところに立たないとダメだと実感した……。

 

 



 ───────────


 

第8戦終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント


1シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 150p


2 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 139p


3 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 117p


4 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 106p


5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 88p


6 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 80p


7 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 77p


8 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 63p


9 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 58p


10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 53p


11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 52p


12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 48p


13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 36p


14 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 16p


15 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 10p


16 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 10p


17 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 8p


18 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 4p


19 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 3p


20 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 2p

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[一言] ヤマダワークスがようやく台頭してきた。
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