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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
258/398

特別の証明

 バレンティーナは、ピットからのサインで、トップを行く三台が1秒近くペースアップしたことを知り、目標を変更した。

 愛華とラニーニたちがバトルを始めてくれれば、ペースが落ち、自分にもチャンスがまわって来ると思っていた。

 しかし、彼女たちは───おそらくラニーニとナオミがリードして、愛華を振り切ろうとしているのだろう───スピード勝負に出た。


(二人いるんだから、ブロックして封じ込めちゃえばいいのに。まあ、あいつららしいけど)


 バレンティーナは無駄なあがきはしない。

 もう追いつけないとなった以上、このグループのトップでチェッカーを受けることに専念する。それが出来得る最善の策だ。


「ペースを上げる必要ないから、先頭のボクを守ってくれ」

 バレンティーナは、集団のペースを上げようと試みていたアシストたちに呼び掛けた。

 もう無理にスターシアやエレーナ、リンダたちを振り切る意味はない。がっちり守りを堅めれば、数と性能で上回る自分たちを早々パスできるものではない。スターシアは厄介だが、エレーナには以前の切れ味がない。突進するしか脳のないリンダは言うに及ばず。

 なんとか逃げきれる。

 それより恐いのは、ゴール前の上り区間でフレデリカに持ってかれることだ。低速コーナーが連続する前半部では持て余している大パワーも、上りとストレートはめちゃ速い。


(そこはエレーナさま方にも手伝ってもらって、フレデリカを抑え込まないとね)


「最後まで諦めないで!三人を追い続けて」

 バレンティーナの目標変更に異を唱えたのは、オランダのレースのあと協力を受け入れたケリーだった。

「いやいや、今さら無理でしょ。それよりこのグループのトップを確実にする方が先決だって」

「彼女たちがゴールまであのペースで走りきれるはずないわ。必ずどこかで無理がくる」

「だから、その時のためにも、このグループのトップを確保しとかないと」

 トップの三人は、それまででもかなりのハイペースを維持していた。終盤になって、そこから更に1秒近くもペースを上げたのだから、誰かが脱落、或いは三人共リタイヤする可能性はある。そのためにも、確実にこの集団のトップを抑えておきたいのだ。


「私は、あの子たちを捉えるのを諦めるな!って言ってるの。まだ優勝のチャンスはあるわ」

 過去に対立はしていても、ケリーのバイク開発やレースへの理論的なアプローチには、一目おいていた。

 そのケリーがそんな非合理的なことを言うとは、彼女のことを買いかぶり過ぎてたらしい。ヤマダと長く関わっていたせいで、日本的な悪習までうつってしまったのかも知れない。

「可能性は認めるけど、現実をよく見てよ。そんな根性論振りかざすより、できることに集中すべきでしょ」

 バレンティーナは、やれやれと言うように、ヘルメットを横に振ってみせた。


「あなたがチャンピオンを狙うつもりがないのなら、それでもいいわ。でも覚えておきなさい。タイトルは転がり込んでなんて来ないってことを」

 それには少々ムッときた。偉そうに言われたくない。自分もチャンピオン経験者だ。

 尚もケリーはうっとうしい説教を続けてくる。

「計算するのも大事。でも、チャンスを見送ってしまう者に、レースの神様は決して微笑んだりしないから」

「勇猛と無謀の区別もつかない者にもね」

 バレンティーナとしては、たっぷりと皮肉を込めたつもりだ。確かに可能性はある。しかしそれは、バレンティーナが頑張ってどうこうできるものではない。冷静に考えて、今の状況ではこぼれ落ちてくるのを待つのがベストだ。


「エレーナさんを甘く見ない方がいいわ。守りに入ったら脚をすくわれるわよ」


 バレンティーナは振り返って、エレーナの様子をさぐった。

 アンジェラたちが守りに入ったため、集団は膠着状態になっている。そんな中でエレーナは、疲れ果てた様子でそこにいた。


 残り5周を切っているというのに、エレーナは膠着した集団の中で動けずにいる。かつての女王の面影はない。


(なにを言うかと思ったら、今度はエレーナ?残念だけど、彼女はもう終わってるから)


 バレンティーナは、ケリーの説得を無視した。

 しかしケリーには、そんなバレンティーナこそ、哀れな負け犬に思えた。負け犬に尽くすつもりはない。


「どうやらあなたは、シャルロッタさんどころか、アイカさんにも勝てないようね」

「ボクがアイカに勝てないって!?」

 無視しようと決めたのに、アイカの名前に思わず反応してしまう。

「冗談だよね。確かに相性は良くないけど、実力じゃ全然話にならないでしょ。ボクが調子わるい時に、たまたまあいつの調子がよかっただけって、目がついてたら誰でもわかるよね」


 自分でも驚くほど剥きになっている。これほど剥きになるのは、愛華を畏れていると認めているようなものだ。


 ……………


「わかったよ、認めるよ。アイカはいつの間にか脅威を感じさせるライダーになってる。でも、ボクが勝てないってのは認められない。ボクの方が絶対上だ」

「なら証明して見せて。アイカさんがあなたの立場なら、絶対に諦めない。そして本当にトップに追いついてみせるでしょうから」


 いったいケリーは、誰の味方なんだ……


 このまま走っても、今さらペースアップしても、見込める結果に大差ない。リスクを冒すだけマイナスだ。だけどアイカと比べられる事自体が癪だ。


「のせられた気がするけど、ボクの方が全然上だって証明してあげるよ。今日ここに観に来てる9万人の観客とテレビ観てるボクのファン、あとエレーナとアイカのファンにもね」


 絶対に知られたくないが、彼女が一番証明したいのは「自分自身に」だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一見、合理的な考えに見える都合の良い言い訳って奴ですね。
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