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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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エレーナの復帰

 GPにデビューして以来、愛華はこれまで世界中のいろんなサーキットを走って、どれも忘れられないレースをして来たが、ドイツGPの行われるザクセンリンクは、特に思い出深いところである。

 二年前、愛華はここで、シャルロッタの代役としてデビューした。ここから愛華のGPが始まった。

 そして今回、エレーナがシャルロッタの代わりとして現役復帰する。


 思い出のコースで、再びエレーナさんと一緒にレースできるのはうれしい。されど、まだ万全でないエレーナさんの体も心配だ。

 テストコースのラップタイムでは、エレーナに負けることもある愛華が心配するのもおこがましいが、最近のMotoミニモは、これまで以上にハードになっている。ブランクがある上に、肩や脚の怪我が治りきっていない状態でレースに復帰して大丈夫なのだろうか。


 愛華やニコライの心配することは、長年第一線で走ってきたエレーナ自身が一番よくわかっていた。

 正直、今の状態では厳しい。

 予選のタイムアタックではそこそこのポジションは確保できるだろう。バトルになっても、まだまだ張り合える自信はある。

 だが、スタートからゴールまでをラストスパートのような勢いで走りきるレースになれば、体がもたないだろうと冷静に捉えていた。


 ハンナやケリーとの話でもよく話題になるが、今のMotoミニモはベテランに厳しくなった。

 テクニックは、それほど衰えるものではない。衰えるのは、そのテクニックを持続させる集中力と体力だ。

 体力の衰えた分、ベテランは経験で若い世代を翻弄する。

 しかし最近のように、最初から最後まで全力で走るようなレースになってしまっては、翻弄する暇もない。


 エレーナは、これまでも手術後のリハビリテーションは行っていたが、レースに復帰するには十分なトレーニングとは言えない。

 そのリハビリすら、シーズンが始まり、各地を転戦する忙しさの中でなおざりになりがちだった。


 チーム運営については、とりあえずニコライに任せ、エレーナはレース復帰に向けて本格的なトレーニングを始めた。

 基本的には手術は上手くいっており、鈍っていると言っても、平均的な女性より体力はずっと上回っている。ただ、リハビリを真面目に取り組まなかったこともあり、肩や膝と足首の関節がかなり硬くなっていた。それでもライディングに必要な可動域は確保できていたので、それほど問題ではない。


 問題は時間だ。オランダから次のドイツGPまで二週間のインターバルしかない。

 いくら元々エレーナの運動能力が高いと言っても、ハードなレースに耐えられるまで体力にはほど遠い。さらにテストコースでない、

 実戦でのレース感も取り戻さなくてはならない。


 それでもエレーナなら、また女王の復帰したストロベリーナイツなら、奇跡をみせてくれることを期待するファンも多い。

 そうなれば、シャルロッタの欠場を埋めて余りあるドラマチックな演出となるだろう。しかし、現実は決して甘くない。

 

 



 エレーナがシャルロッタの代役としてドイツGPに出場すると聞いたライバルチームは、当然GPの盛り上がりより自分たちが主導権を握ることを優先していた。


「私もエレーナさんに憧れてこの世界に入った一人として、エレーナさんの復帰にはワクワクするけど、引き立て役までするつもりはないよ」

 オランダで目立つ活躍のできなかったブルーストライプスのリンダは、今回鼻息も荒い。ザクセンリンクは、狭く曲がり込んだコーナーの続く、リンダ得意の押し合いへし合いのバトルが毎年展開されるコースだ。

「でも気をつけないと。エレーナさんの圧力はすごいから」

 リンダがエレーナを舐めていないのはわかっているラニーニだが、合理性を超えた脅威を感じていた。それがなんなのかは、ラニーニ自身よくわからない。

 その正体を、ナオミがぽつりと呟く。

「アイカにとってエレーナさんは、憧れ以上の存在。エレーナさんが一緒に走れるとなって、これまで以上に張り切っているはず。そういう時のあの子、信じられない力を発揮するから。憧れというより信仰の類い。油断は禁物」


 まさにそれである。おそらくそのままでもGPライダーの中で一番根性のある愛華だが、シャルロッタ風に言うならば、


 「エレーナ様の魔法の範囲内に入ると、愛華は無限の戦闘力を発揮する」


 そのことに思い当たって、ラニーニは気を引き締めると同時に、しめつけられるような苦しさを感じた。


(絶対にエレーナさんに負けたくない!)


「たとえ誰が来たって、絶対に勝ちましょう」

「今度は私もやるからね!」

「とうぜん」

 三人は一つになって、今季初優勝を誓った。



 バレンティーナも、今度こそ表彰台の頂点めざして、万端の体制を整えていた。

 前回、ケリーたちの手こずったスロットルの中間開度(パーシャル)域での敏感すぎるレスポンスは、ここでも苦戦を強いられると予想されたが、ヤマダの技術者たちは驚くべき敏速さで改善してきた。


 まったくヤマダの技術者こそ機械(マシン)のようだ。チームVALEのメカニックがついていけなくて問題が生じるほどである。

 ケリーも本気でバレンティーナの支援を決めたらしい。フリー走行初日からチームの指揮をして、バレンティーナにも指示している。

 その指示に、バレンティーナが大人しく従っていることが、彼女たちが目標を一つにしていることを物語っている。

 

 

  

 誰が勝つのかまったく予想できず、誰にでもチャンスがあるなか開幕したドイツGPは、互いに闘志と牽制をぶつけながら土曜日の予選を迎えた。


 今季リザルトのないエレーナは、一番最初に登場する。いつもなら観客たちもまだあまり真剣に観ていない時間だが、今日は今や遅しと予選タイムアタックの始まりを待ち受けていた。


 すべての視線が注がれる中、エレーナがコースに出る。筋肉が少し落ちたという話だが、つなぎの上からではほとんどわからない。昨シーズンと変わらない鋭い走りで待ち構えるカメラマンと観客に魅了する。

 ブランクを感じさせない走りは、昨年の愛華のポールポジションタイムを上回るラップタイムを記録した。マシンとタイヤが進化してるとは言え、体重差が大きく影響するこのコースでそのタイムは、彼女の走りが衰えていないことを示すには十分だ。

 レースファンは女王の復活に大いに盛り上がった。


 エレーナのタイムは、チームVALEのアンジェラが0.03秒上回るまで一番上に位置していた。

 その後ランキング上位者がアタックして行くに従い、エレーナのスタート位置は徐々に下がって行ったが、最終的には二列目7番グリッドを確保した。


 ポールポジションを獲得したのは、デビュー以来このコース三年連続の予選トップ、ザクセンリンクとの相性がいい愛華だった。

 愛華自身は特に此処のコースレイアウトが得意というわけではないが、特別な何かがあるような気がしてきてしまう。得意なコースとは意外とそんなものだったりする。


 二番手は、姿なき首位を追う昨年度チャンピオンのラニーニ。

 三番手に、これも今季初優勝を狙うバレンティーナ。

 四番手、ラニーニのチームメイト、ナオミまでが一列目。

 二列目には、五番手のスターシア、六番手アンジェラ、そしてエレーナにリンダ。

 その後ろにフレデリカ、マリアローザ、ケリー、ハンナ、琴音と続く。

 前戦、フレデリカが初優勝を果たしたLMSは、前半の下りのひたすら曲がり込むコーナーが続く区間でタイムが稼げず、ワークス勢に水をあけられる結果となった。ただ決勝では、ハンナの作戦指揮と後半の上り区間で爆発的パワーを発揮すれば、ここでも台風の目となる可能性はある。


 ファンにとっては、いやが上にも決勝への期待が膨らむ。二年前とはそれぞれ立場も違うし、新たな顔も加わっているが、愛華のデビューレースを思い出させるスタートグリッドだ。復活したエレーナとポールを獲得した愛華が、またなにか熱いドラマをみせてくれる予感に溢れている。

 しかし、同じ顔ぶれだったとしても、二年前とはその中身が全然ちがうことを、彼女たち自身が一番よく知っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 8耐がスプリント化していった頃を思い出しました。
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