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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
253/398

シケイン

 前半の低速セクションを抜け、高速区間に入る。高速と言っても、真っ直ぐなストレートは短く、バイクを傾けている時間が長い。

 Maxパワーに勝るLMSも、加減速の少ない区間では意外に優位性は小さい。むしろピーキーなエンジン特性は、他のバイクよりシフトチェンジを頻繁に行わなければならず、デメリットも小さくない。

 中盤から続くデッドヒートを繰り返しながら、決着の時が近づいていく。


 シケイン手前の17コーナーで、フレデリカと琴音を、苺と青縞がかわした。


 狙い通りの展開にバレンティーナは、フレデリカと琴音の同調の隙間に割り込んだ。

 愛華とラニーニは、そのままシケインへの進入ラインの奪い合っている。

 スターシアとナオミは、互いにアシストの動きを封じる牽制とフレデリカの反撃に備える。


 愛華がイン、ラニーニがアウトに並んでシケインに入った。

 内側の最短距離で曲がる愛華に、ラニーニも外側で粘る。切り返せばインとアウトが逆転する。

 愛華はその前にラニーニより先に、ラニーニはそれまで並んで、一歩も譲ろうとせず、タイヤ限界まで攻める。


 スターシアは、愛華の後ろでインを塞いでいたつもりだった。

 さすがのスターシアも、その内側からフレデリカが来たのには驚かされた。フレデリカはブレーキング状態のままゼブラの上をフロントタイヤ一本で掠め、スターシアをインから抜くという荒業で前に出た。

 シケインでフレデリカのような型破りの突っ込みを防ぎ切れないのは予想していたが、シャルロッタ顔負けのトリッキーさでナオミをもかわし、直線的に愛華とラニーニに向かって行く姿に、愛華の健闘を祈るしかなかった。あとは愛華とラニーニとフレデリカの勝負、そこにスターシアのできることはない。スターシアにはそれとは別に、まだやらなくてはならないことがある。フレデリカに気をとられていた一瞬の間に、外側からバレンティーナが並んでいるのに対処しなくてはならなかった。


(やっぱりシケインに賭けていましたね)


 はじめからスターシアが絞っていたのは、バレンティーナだ。しかも予想通りアウトから。


「フレデリカは通しても、ボクは通さないって?もしかしてボクに惚れてる?」

 バレンティーナも、スターシアが待ち構えていたことに気づいて悪態をついた。それでも、どうしても前に行かなくてはならない。

 前の三人のバトルがもつれてスピードをロスしたとしても、切り返しまで抑えられればバレンティーナは追いつけない。


 スターシアはインベタを死守してバレンティーナを大回りさせる。

 バレンティーナもなかなか粘る。外側のラインからヤマダのスロットルコントロール特性を活かして加速させる。スターシアはインベタで開けられない。

 バレンティーナが少し前へ。ヤマダの性能だけではない。バレンティーナのテクニックがそれを可能としている。

 スターシアの前にはナオミがいる。バレンティーナはスターシアより半車身前に出たところで、バイクを起こそうとした。

 同じタイミングでナオミもバイクを起こした。

 バレンティーナのフロントタイヤが軽くナオミのリアタイヤに接触する。

 バレンティーナは咄嗟にバイクを起こし、それ以上の接触を避けようとしたが、まだコースは右へターンしている。切り返しには早すぎる。

 バレンティーナは、ナオミとスターシアに弾かれるような形で、コースサイドに飛びだしてしまった。

 

 

 

 愛華とラニーニは、並んで切り返し、インとアウトを逆になった位置関係で左ターンに入った。そこへフレデリカが、ラニーニの更に内側に直線的に入り込んで来た。

 インからフレデリカ、ラニーニ、愛華が並んで左ターンを曲がる。直線的なラインのフレデリカのスピードがやや速いが、旋回半径が小さい分、きつくなっている。

 もう一度右に切り返せばすぐにゴールだ。愛華は最後のターンをインで、つまり距離的にはゴールに一番近いところから入れる。

 愛華が最後の右ターンにバイクを向けようとした時、信じられない光景を目にした。


 なんと!バレンティーナがエスケープゾーンを突っ切り、シケインをショートカットして愛華たちの前でコースに復帰して来たのだ。


 一瞬、愛華は唖然として、内側の安全帯上まではみ出してしまう。

 フレデリカとラニーニも一瞬驚いたようだったが、そのまま走り続ける。愛華も慌てて追うが、加速のタイミングが遅れてしまった。

 

 

 シケイン右ターンでコースアウトしたバレンティーナは、そのまま左ターンをショートカットしてトップでコースに戻ってしまった。

 そのままメインストリートに向かったが、ゴール直前で後ろを振り返り、アクセルを緩めた。

 状況がわからないままフレデリカ、ラニーニの順でチェッカーを受けるが、愛華が追い越した時は、バレンティーナのマシンは既にフィニッシュラインを越えてしまっていた。


 フレデリカの優勝、ラニーニの二位は間違いないが、バレンティーナの三位に抗議の声があがる。競技審議員が集まり、バレンティーナのショートカットのペナルティをどうするか話し合われた。


 フレデリカの初優勝、ワークス以外の10年ぶりの優勝にも拘らず、歓喜の声は薄れ、サーキットは騒然とした雰囲気に包まれた時間が流れた。



「エレーナさん、バレンティーナさんのペナルティ、あるんですよね」

 愛華はとりあえずパルクフェルメ(上位入賞者車検のための車輛保管エリア)に誘導されたが、表彰台に上がれるか上がれないかはっきりしないうやむやな状態に置かれていた。

「競技員たちがどう判断するか、はっきり言って私にはわからん」

「そんな……」

 愛華は表彰台だけに拘っているのではない。フレデリカとラニーニに負けた以上、三位でも四位でもあまり変わらない。ただ、ショートカットというズルしたライダーがペナルティなしなのは納得いかない。


「いいか、アイカ。客観的に見て、今回バレンティーナのとった行動に、彼女の非はない。コースアウトしたのは、ナオミとの接触を避けるためであり、あのままコースに留まろうとすれば、ナオミとの接触転倒は避けられず、スターシアも巻き込まれていただろう。そしてコースサイドの芝の上では急な停止も方向転換もかなわず、まっすぐ進んだらコースに戻っていたというのは筋が通る」

「でも、それならコース上ですぐに停まるべきじゃ」

「コース上で停まるのは危険だ。そこからUターンしてコースアウトした地点に戻るのか?どう考えても現実的じゃない。アクシデントを避けるためにやむをえずコースアウトしたのに失格というのも理不尽だ」

 確かにバレンティーナがズルしようとしてショートカットしたのではないと思われた。でも、ショートカットして、愛華より先にゴールしたのは事実だ。なんらかのペナルティがあるべきだ。

「それを言うならアイカも最後のターンをコースより内側で通過している。厳密な適用を要求するなら、アイカもペナルティを受けなくてはならない」

 愛華は最終コーナーで大きく内側にはみ出したことを思い出した。

 だけどあれで遅れたのであって、なにも得などしていない。

「そこら辺は競技委員の裁量に委ねられるのが慣習だ。その意味では、バレンティーナはゴール直前にアクセルを緩め、優勝を譲っている。あのまま優勝してしまったらさすがに批判はまぬがれられないが、それでペナルティは果たしたと考える者もいるだろうな。アイカの前でゴールしてしまったのはおそらく意図したものではなかったろう。フェアプレーを印象づけて、少ないペナルティで済まされるなら失格になるより得だという奴らしい計算の上だろうが、奴もある意味被害者だ」


 実際のところ、バレンティーナがどこまで計算してのことだか知るすべもないが、もし本当にフェアーならゴール直前でなく、コースに復帰する時点で、戻るポジションを考えることもできたはずだ。

(今日のエレーナさんは、なんだかバレンティーナさんの肩を持ってる気がする)


 ただ、エレーナさんの言うこともわからなくもない。その点を抗議したところで、アクシデントの危機を乗りきった直後で、そんなことを考える余裕などなかったと言われればそれまでだ。愛華自身その立場になってしまったら、動転してそのままトップでゴールしてしまうかも知れない。ましてバレンティーナはヤマダのエースだ。レース中は勝つ以外許されない立場にある。


 

「ごめんなさい。アイカちゃんを勝たせると約束したのに、こんなことになって……」

 愛華のバレンティーナに対する怒りが少し落ち着いたところで、スターシアが頭を下げてくるので、今度は恐縮してしまった。

「いえ、スターシアさんはぜんぜんわるくないです!わたしの力が足りなかったんです。わたしのほうこそごめんなさい」

 自分のわがままに全力でつきあってくれたスターシアさんに申し訳ない気持ちが溢れてくる。

「それにまだ、正式な結果も出てませんし……シャルロッタさんとのポイント差、ラニーニちゃんに詰められちゃったんで、三位でも四位でもあまり意味ないんですけど」

 もし、あそこでバレンティーナがショートカットして来なければ、というやりきれない思いはまだくすぶっていた。


 なければ勝てたとかじゃない。ラニーニちゃんとフレデリカさんと、最後まで競いたかった。


 愛華の浮かない顔を察したのか、エレーナがもう一度言葉をかけた。

「今回は誰が悪いということではない。どういう裁定がなされても気にするな。早く頭を切り換えろ。次は私も走る」


「えっ?エレーナさん今なんて……?」

 愛華が問い返したが、エレーナはニコライに呼ばれて背を向けていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヤバい、一番ヤバい展開‼︎‼︎ 魔王が帰って来る。
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