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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
250/398

ケンタウロスのいないダッチTT チャンピオンチームの誇り

 琴音とフレデリカが、かなりのペースで集団を引っ張る展開。ポイントリーダーのシャルロッタ戦線離脱によって、先の見えなくなった今季のMotoミニモ。誰もがこのレースに勝って流れを自分のところに引き寄せたいと挑んだダッヂTT。誰にも可能性はあったが、フレデリカを琴音が引っ張る光景を想像した者はそう多くはない。

 二人の後ろにバレンティーナがへばりついて、ヤマダエンジンがトップ集団の先頭を陣取っている。レース中盤に入っても、ストロベリーナイツ、ブルーストライプス共に動きはない。


 

 ラニーニは、愛華とスターシアの様子を窺った。

 彼女たちにも、琴音の飛び出しは想定外だったようだ。エースのいないストロベリーナイツは、とりあえず様子を見るつもりだろうか。

 それに比べると、ラニーニたちは動きたくても動けない状況だった。


 バトルに強いリンダは、ハンナやほかのヤマダ勢に囲まれて、セカンドグループから抜け出せないでいる。たとえ抜け出せても、この速いペースでは彼女一人でトップグループに追いつくのは厳しいだろう。

 琴音が何を狙っるのかもわからない。


(このままフレデリカさんをゴール前まで引っ張るつもりなんだろうか?)


 チームとして動いているのか?

 ハンナさんの指示なのか?

 それさえ読めない上に、ナオミと二人だけで仕掛けるのは不安がある。


(考えてみれば、なぜコトネさんを想定外にしてたんだろ?)


 ラニーニの頭に、ふと単純な疑問が浮かんだ。

 彼女には十分な実力がある。昨シーズン後半にフレデリカの代役として僅か三レースしか出場していないくても、その技術は世界トップレベルである事が証明されている。ただ、コミニケーション能力に問題はある。


(お正月に、日本のテレビ番組収録で一緒になったときも、もっと仲良くしたかったけど言葉が通じなかった。同じ日本人のアイカちゃんでも、うまく伝わらないときがあるみたいだった)

 琴音に聴覚障害があるのは、ラニーニも知っている。彼女の努力と最新のデジタル機器によって、レース中でもコミニケーションは可能という。


(でも、レース中に即応できるかな?ましてフレデリカさんと……)


 ラニーニに障害者を差別するつもりはない。むしろ差別しないよう心がけてきた。それが逆に、琴音の潜在能力、フレデリカとの連係の可能性を、無意識のうちに目を背けさせてしまったのかも知れない。


(そう言えばハンナさんが言ってた。『コトネさんはバイクをよく知っている。もしかしてシャルロッタさんよりわかっているかも知れないわよ』って)


 ────


「例えば、足まわりのセッティングするにも、あなたたちは『固い気がする』とか『ふわふわする』なんて曖昧な表現でメカニックの人に伝えてたけど、コトネは、標準を0、最大まで硬めた位置を+10、最弱を-10として、『comp(圧側)-3、pull(伸び側)+4』って具合に、シンプルだけど的確に伝えるの。大抵は一回か二回の試走でベストなところにもってくるわ。シャルロッタさんが型に嵌まらない天才なら彼女は定規のように正確な秀才と言えるわね」


 お世話になったハンナさんも、今はもうライバルチームの人だからどこまで真実なのかわからないが、そんなことで嘘を言う人ではない。

 ハンナがそこまで言うのだから、ラニーニが思っている以上に優れたライダーにちがいない。そうだとしても、シャルロッタと同じように型破りなフレデリカとうまくいくのかという疑問が湧く。


(もしかしたら、そんな正反対の人だから、逆にコンビとして合うのかも知れない)


 現時点でそれを判断することはできなかった。しかし結論が出てからでは遅すぎる。


(もし、相性ぴったりのコンビだったら、この位置からじゃ逃げ切られる……)


 ラニーニは昨シーズン、到底敵わないと言われながらも耐えに耐え、しつこく粘ってシャルロッタから逆転タイトルをもぎ取った。

 今季ここまで、シャルロッタの連勝を許しながらも入賞ポイントを重ねてきた。開幕六連勝されて、さすがに今年は無理だろうと言われても、絶対諦めてない。

 簡単に去年と同じように行けるとは思ってないが、必ずどこかにチャンスがあると信じて……。


 怪我したシャルロッタさんには悪いけど、今やっとそのチャンスがまわって来た!


 わたしだけじゃない。フレデリカさんだってバレンティーナさんだって、このチャンスをものにしようと狙ってる。


 シャルロッタさんが戻ったら、また暴れまわるに決まってる。アイカちゃんたちだって、それまでわたしたちを抑えようと必死のはず。


 待ってたら置いてかれる。

 わたしがチャンピオンなんて思ってたらダメ。いつだってわたしは挑戦者。


 わたしには特別な武器なんてないんだから、数少ないチャンスを絶対逃がしちゃいけないんだ!

 

 

 

「ナオミさん、最終シケインでフレデリカさんとバレンティーナさんの間に割り込めますか?」

「簡単」

 ナオミはなんでもないかの如く答えた。その口振りには、バレンティーナに対する思いが窺える。


 ナオミは12歳でGPアカデミーへの入学を認められ、弱冠15歳でブルーストライプス入りを果たしている。スターシアやバレンティーナ、シャルロッタたちと同じ、現在のMotoミニモに於ける年令制限の下限で強豪チームから華々しくGPデビューしたナオミであったが、そこからが雌伏の期間となる。

 当時のブルーストライプスは、バレンティーナを絶対エースとした、バレンティーナを輝かせるためのチーム。

 しかし日本マニアの父親の影響で、自身も欧米人の描く「サムライ」や「武士道」のイメージに強く染まっていたナオミには、バレンティーナの派手で陽気な表の顔と裏側の狡猾さに馴染めなかった。目標としてきただけに、その落差に戸惑った。

 バレンティーナからも、ノリが悪く命令通り動けないナオミを「暗くて使えないやつ」と、次第に疎まれるようになっていく。

 

 その頃のチームの雰囲気に閉塞感を感じていたのはナオミだけでなく、ラニーニやリンダも、バレンティーナが成績不振な時のギスギスしたチーム内の空気に息苦しさを感じていた。


 バレンティーナのヤマダへの移籍とハンナの加入によって、チームは一変した。

 アカデミーでの恩師でもあるハンナは、個々の特徴を活かしたチームづくりをめざし、ついにラニーニをチャンピオンにまで押し上げた。ナオミも力を存分に発揮し、昨年度のランキングはラニーニ、シャルロッタ、愛華に次ぐ四位。ヤマダのエース、バレンティーナより上だ。


 アシストであるナオミにとってランキングなどどうでもいい。彼女の目標は一つだけ。


 今年もラニーニをチャンピオンにする!

 

 


 シケインの入り口で、ナオミはバレンティーナのインをさした。バレンティーナは意外なほどあっさりラインを譲った。ラニーニもそれに続く。

 単独であるバレンティーナは、ここでラニーニたちと張り合うつもりはないようだ。彼女たちを琴音とフレデリカにぶつけ、対応を見極める方が得策と考えたのだろう。如何にもバレンティーナらしい。


 呆気なくバレンティーナをパスしたラニーニとナオミは、フレデリカの背後でシケインを抜け、メインストレートへの立ち上がりでラニーニが前に出て、LMSの二台に並ぶ。

 しかしヤマダワークスをも上回るパワーは、長身のフレデリカをぐんぐんと押し進め、ラニーニたちを後ろに追いやる。


 ラニーニとナオミは、素直にフレデリカのスリップに入った。


 もう少し粘ることはできたが、このコース唯一の真っ直ぐな区間ともいえるメインストレートで、LMSをパスできないことは最初からわかっていた。ただ、もし勝負が最後までもつれ込んだ場合、最終のシケインからストレートのコントロールラインまでが勝負の分かれ目となる可能性は大きい。どれくらい差があるか試しておきたかった。


(ナオミさんと上手くスピードを繋げれれば、コントロールラインまでなら逃げ切れるかも知れない。だけど向こうもまだフルパワーを発揮していないかも)


 ラニーニは迷わず、ストレートエンドでの勝負を決断した。勝つためには、一瞬の躊躇もできない。一刻も早く前に出て、少しでも引き離しておきたい。


 1コーナーが迫ると、ブレーキングポイントを覗くように、僅かに頭を傾けた。それだけで何をするかナオミにも伝わる。


(フレデリカさんにブレーキング勝負仕掛けるなんて、自分でも正気の沙汰じゃないと思うけど、どのみちストレートでもコーナーでも、まともに挑んでも勝てない。向こうが「まさかここで?」って驚いてくれたら)


 意表をついたからといって簡単にパスできる相手ではないのも承知してるが、琴音とフレデリカの対応が見られれば価値はある。


 ブレーキングポイント手前でラインをインによせ、先行する二台より僅かに奥でブレーキレバーを握った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 背中がヒリヒリする緊張感。
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