神様は気まぐれ
イタリアGPの二週間後、舞台は再びスペインに戻り、カタルーニャGPへと入った。
ここでも、予選、決勝とも、前戦イタリアと同じような展開となった。四チームが激しくぶつかり、ストロベリーナイツの牙城に迫るも、シャルロッタの強さを盛り上げただけの結果に終わった。
ただ、前回と少し違うのは、ラストラップ、一時的とはいえ、フレデリカがシャルロッタの前を走ったことだろう。数コーナー先で再び抜き返されるが、ラストスパートを仕掛けたシャルロッタが差された瞬間は、サーキット中が歓声に包まれた。
強すぎる戦士は、時に観戦する人々にとって悪役となる。今季、無敵の強さを誇るシャルロッタとスミホーイのパッケージングに、ヤマダワークスから追い出されたフレデリカとプライベートチームのLMSが、一瞬とはいえ競り勝ったのだ。
再びシャルロッタにトップの座を奪われたフレデリカは、その直後エンジンが力尽き、ゴール目前にしてレースを降りた。やはりLMSには、まだ多くの課題があるようだ。
一時の夢だったとしても、その一瞬でフレデリカとLMSは、多くのファンの心を掴んだ。
フレデリカの脱落によってラニーニが二位、バレンティーナは今季初の表彰台に上がった。
バレンティーナとヤマダのファンは、この表彰台が反撃へのきっかけになることを願ったが、如何せん遅すぎた感は拭えない。
ウィニングランの途中、テレビカメラは、バレンティーナがバイクを降りて、自分のヤマダYC214のカウルを抱きしめる様子を映し出したが、すぐにリタイヤしたフレデリカがシャルロッタを称えている画面に切り替わってしまっていた。バレンティーナがシャルロッタの対抗馬として上がって来ることは、もはや期待されていない。
昨シーズンの「奇跡の番狂わせ」と言われたラニーニの逆転劇も、彼女がほぼ全てのレースで表彰台に上がっていたから起こり得た奇跡であり、この時点からバレンティーナが如何に奮闘しようとも、タイトル争いに絡めるとはヤマダのスタッフすら思っていない。
ここから逆転するには、表彰台ゲットで歓喜していては話にならない。残りのレースを、すべて勝つぐらいの勢いが必要だ。
今季のシャルロッタは、これまでとは別人のように死角がない。
ラニーニはチャンピオンになったことで、その安定度に貫禄すら感じる。
フレデリカは、今になってヤマダが手放したことを後悔するほど、LMSで暴れてくれてる。
こんなハイレベルな今季のMotoミニモにおいて、勝ち続けて逆転など、不可能としか思えなかった。
「確かに厳しいけど、不可能ってことはないんじゃない?シャルだって六連勝したんだから、ボクにだってできるはずだよ。ボクには頼れるチームメイトと最速のバイク、それに優秀なメカニックがついているんだから」
入賞者のインタビューに答えたバレンティーナに、記者たちはシャルロッタの反論を期待した。
しかし、シャルロッタの反応は意外にも冷静で、愛華がデビューしたての頃のような優等生的なものだった。
「今は次のレースに勝つことしか考えてない」
次のレース、オランダ、ダッチTTは、GPでは唯一、土曜日に決勝が開催される。そのため、水曜から公式のフリー走行が行われる。
シャルロッタは、初日のタイムはフレデリカとバレンティーナに及ばなかったものの、ここでも調子は良さそうだ。
エンジンはここから三基目のニューエンジン。高低差のないアッセンのコースは、滑走路に造られたツェツィーリアのフラットなテストコースと似ており、ストロベリーナイツには、ポテンシャルをフルに発揮できる絶好の舞台だ。
それに加え、シャルロッタは現在絶好調。天才的なライディングはそのままに、生まれ変わったように勝つための戦略と冷静さを身につけ、チャンピオン街道を独走している。
愛華はそれに違和感を感じる事なく、イタリアGP決勝前夜に抱いた不安などすっかり忘れていた。エレーナも今季、シャルロッタをドつく機会がめっきり減り、バレンティーナの挑発とも取れる発言をシャルロッタがスルーした記者会見以来、彼女の変化が本物であると感じ始めていた。
公式練習二日目、愛華、シャルロッタ、スターシアは三人で連なって走っていた。決勝を見据えた集団走行をシュミレーションだ。
愛華がコーナー立ち上がりから思いきり引っ張り、吹けきったところでシャルロッタが前に出る。
愛華はスターシアの後ろに入り、シャルロッタを先頭にしたトレインで次のコーナーへと入って行く。フルスロットル区間が長ければ、何回も先頭交代を繰り返す。
緩やかなコーナーが連続するこのコースは、大パワーのMotoGPクラスなどでは低速サーキットとされるが、Motoミニモでは、スリップストリームを使うか使わないかで大きな差が出る高速サーキットに近いチームワークが要求される。
高速コーナーのターン17をスターシアが先頭で通過し、最終のシケインまでの区間で愛華が前に出た。
レースでは、このシケインが最後の勝負所となることが予想される。
(この周回は三人のタイミング揃っていたから、いいタイムが出そう)
そう思った矢先、シケインにスローペースで入って行くプライベーターの集団が目に入った。
おそらく遅いペースのマシンに、後続がたまたまシケイン手前で追いついてしまって詰まったのだろう。七台ほどのマシンが一列に並んでシケインに入って行く。
無理すればまとめて抜き去れるとは思ったが、練習でリスクを冒す必要もない。真面目に走っているプライベーターたちに対して、ワークスだからといって大きな顔をするような真似もしたくなかった。
愛華はスロットルを緩めた。
しかし、すぐ背後で愛華のテールを追っていたシャルロッタは、愛華がラインを譲ったと勘違いした。シャルロッタはすぐに前が詰まっていることに気づいたが、そのまま抜いてしまっても問題ないと判断した。
真後ろにはスターシアがいる。スターシアがカマ掘ることはないだろうが、レースをシュミレーションするなら、シケインでのパスも試しておいた方がいい。要するに、チマチマ気を使うことが苦手なシャルロッタ本来の素が顔を出したのだ。
シャルロッタが横をすり抜けた時、愛華は一瞬驚いたが、それほど慌てることはなかった。
(もう、仕方ないなぁ、なんだかんだ言っても、やっぱりシャルロッタさんですね)
シャルロッタなら難なく抜き去れると思われた。それに前を走ってる人たちも、シケインはやり過ごそうと一列になっているので、変な動きはしないだろう。
シャルロッタは右、左とシケインを切り返す間に、四台をパスした。そして最後の右を抜けようとしたところで、前から三番目のライダーが突然、前の二台より早くストレートに出ようとラインを変え、シャルロッタの真横にとび出てきた。
「ちょっと!なにすんの、バカ!」
加速態勢に入ろうとしていたところへ突然インから寄せられ、シャルロッタは慌ててマシンを起こそうとする。シャルロッタにまったく気づいてなかった相手は、もっと慌ててバイクを起こしてしまった。
彼女の肘が、シャルロッタのブレーキレバーに当たる。
その瞬間、シャルロッタのバイクはつんのめるように逆立ちし、シャルロッタは前方に投げ出された。
愛華は後ろからその光景を見ていた。
どこか別のところで起きたアクシデントを、モニター越しに見ているような気がした。
自分と同じカラーリングのバイクが跳ね上がり、ライダーが転がっていく。接触したライダーも転倒し、跳ね回るバイクを避けようとした後続のライダーも何人か転倒する。
転倒したライダーとバイクとその破片が、コース上に散乱する。
散らばるバイクの残骸を避けて止まった愛華は、コース上にぐったりと倒れているシャルロッタを見つけた時、ようやく現実を理解した。
「シャルロッタさん!!」
愛華はコースサイドにバイクを寄せ、コース係員にマシンを預けるとシャルロッタのもとに駆け寄る。
「シャルロッタさん!大丈夫ですか!?」
シャルロッタの傍で、なにもしないでいるコース係員を押し退けるようにして動かないシャルロッタの体に触れようとした時、その係員に腕を掴まれ引き離された。
「放してください!」
「落ち着いてください!脊髄を痛めている可能性があるので、無闇に動かさないで!」
強い口調で言われて、愛華は固まる。スターシアもやって来て、愛華の手を握った。
「大丈夫、呼吸はしています。医療スタッフが来るまで、動かさないように話し掛けていてください」
係員から言われて、膝をついて顔を覗き込んだ。
「シャルロッタさん、がんばってください。すぐにお医者さん来ますから」
愛華はシールドのなくなったヘルメットから覗くシャルロッタの閉じた瞳に向かって、必死で話しかけた。
しかし、シャルロッタに反応はない。愛華に最悪の場合が浮かぶ。
「シャルロッタさん!ふざけないでください!起きないとエレーナさんに叱られますよ!」
涙が溢れてくるのを堪えて、懸命に話し掛け続ける。
「サキやトモカとの約束はどうするんですか!目を開けてください!」
シャルロッタの瞼が、ピクリと動いた。
「シャルロッタさん!」
「うっ……う、うるさいわね……」
うめき声のあと、いつもの口調が聞こえた。
「よかった……」
堪えていた愛華の涙腺は、容赦なく決壊した。
「よくないわよ!あのバカはどこ!なんでぶつかってくるのよ!危ないじゃない!っ痛」
シャルロッタは頭を動かそうとして顔を歪める。
「動かないでください!」
「ていうか、なんであたし寝てんのよ?」
どうやら自分が転倒したことを認識していないようだ。
救護チームが到着し、シャルロッタの首や背中を固定して担架に載せる。
愛華はとりあえずほっとするが、スターシアは深刻な表情でその様子を見ていた。
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第6戦終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント
1シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 150p
2 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 99p
3 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 77p
4 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 76p
5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 67p
6 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 66p
7 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 49p
8 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 49p
9 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 43p
10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 39p
11 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 37p
12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 34p
13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 23p
14 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 14p
15 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 6p
16 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 4p
17 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 3p
18 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 2p
19 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 2p




