魔王、疲れる
残り二周、シャルロッタはブルーストライプスを待つように引き付けつけておいて、一気にスパートした。
リンダ、ラニーニ、ナオミも遅れまいと追う。マシンを起こして加速する区間では、スリップストリームが使える彼女たちもすぐに追いつくが、シャルロッタと同じスピードでコーナーに入っていったリンダは、そこで初めてオーバースピードであることに気づかされた。
ステップが擦れるほどマシンを寝かせて曲げようとしても、マシンはラインを外れ、クリップポイントはどんどん遠ざかって行く。なのにシャルロッタは、体を路面と平行になるほど内側に入れ、クリップポイントを掠めて行く。
ラニーニとナオミはなんとかライン上に留まっているが、シャルロッタとの差は一瞬で開いてしまっていた。
(まだ大丈夫、スリップを使えば追いつける差)
「ラニーニ!ナオミ!コーナーは無理しないで、必ずチャンスはあるから」
(シャルちゃんは一人だけだから、ラニーニとナオミがスリップを使い合えば、直進区間で取り戻せるはず)
完全にラインから外れたリンダは、自ら二人から離れる意思を示した。
(今の私にはこの辺が限界かな。これ以上いても、二人の足手まといになるだけだから、あとは頼んだよ)
リンダに悔しさはなかった。GP史上最速の変人のところまで、エースを届けるという仕事をやり遂げた満足感で充たされている。
(おっと、まだ大事な仕事残っていた。あいつらのレースは、他のやつらに邪魔させない)
中二病が再び発症したエースに続いてスパートしようとしたスターシアと愛華だったが、バレンティーナやフレデリカに煩わされてタイミングを逃した。
スターシアと愛華が力を合わせて追えば追いつけたかも知れないが、敢えてしなかった。
一度は脱落したラニーニたちが、再び追い上げてきたのは驚いた。やっぱりブルーストライプスは、苺騎士団最大の好敵手だ。でも、
(シャルロッタさんは変人だけど、絶対に勝ちます)
愛華たちがスパートすれば、バレンティーナたちも必ずついて来る。
今日、表彰台に上がるのは、あの三人以外許されない気がした。
ラニーニの腕は、疲労ですでにパンパンに張っていた。ブレーキレバーを握るにも強い意思が必要なほどだ。
シャルロッタは予選のスーパーラップのようなペースでコーナーを攻めて行く。
ベストなコンディションであっても、正直一周ついて行くのがやっとのペースだ。レースはあと二周近く残っている。どう頑張っても抜くなんて無理に思える。
ラニーニの加速が鈍ったところへ、ナオミが前に出た。
受けていた風圧が遮断され、急に体が軽くなった。
「ナオミさん……」
自分が弱気になってたことが恥ずかしい。
スタートから逃げが失敗したら終わりの覚悟で、全力でスパートした。
追い上げられても、力の限り走った。
ずっとナオミさんと一緒だった。
集団に吸収されて、ほとんど力が残ってなかったわたしたちを、ここまでつれて来てくれたリンダさんも。
二人とも、エースのわたしを守るために、ずっとたくさんの負担を背負ってくれてきた。そして今だって……。
現実的には、ラニーニがシャルロッタを抜くのは限りなく困難だろう。今日のシャルロッタの調子から、転倒やコースアウトする可能性も小さい。それでも、あれほど極限のライディングをしているのだから、小さなミスぐらいする可能性はある。
(そのチャンスを掴むために、離されないでついていかなきゃいけないんだ)
やって来る保証のないチャンスのために、最後の力を振り絞ってスロットルを捻った。
「はぁ、はぁ、はぁ、ず、ずいぶんがんばるじゃないの?人間のくせに、はぁ、はぁ・・・」
スパートして一周、軽く引き離せると思っていたラニーニとナオミに粘られて、シャルロッタは早くも息があがっていた。ここまで楽なレースをしてきたつもりだったが、31周を走ってきている。そしてシャルロッタは、体力がない。
(まったく、アイカのせいよ。あいつ、あたしのトレーニングプランとか偉そうに言ってたくせに、ぜんぜん効果なんてないじゃないの!)
基礎トレーニングとは、そんなにすぐ効果が表れるものではない。というか、愛華のトレーニングからいつも逃げ、サボっているシャルロッタに全責任がある。
まあこれでも、シャルロッタなりに反省しているところもあるようなので、愛華ファンは怒らず見守ってあげてほしい。
とにかく、ここで敗けでもしたら、とんでもない笑い者だ。それよりエレーナ様に殺される。
魔王のようなエレーナにどつかれる自分を想像して、ゾッとする。
(なにがなんでも、あと一周走りきるのよ!)
中二病どころじゃない。リアル魔王から逃げてるかのように、必死にスロットルを捻った。
ドラマというのは、立ち位置によって感じ方がちがう。
勝者と敗者。歓びと悔しさ。
レースというドラマの結末は、大抵はベストを尽くして戦った者たちを残酷に分けてしまう。
栄光をめざした三人は、チェッカーフラッグを受けた瞬間、奇しくも同じ言葉をつぶやいた。
「「「おわった~っ」」」
結果は勝者と敗者に分けたが、歓び悔しさより、走りきった安堵が思わず漏れた。
結局シャルロッタは、スーパーライディングで最後まで走り抜き、ラニーニにチャンスは訪れなかった。
優勝したシャルロッタも、届かなかったラニーニとナオミも、観客の声援に応える気力も残っていないほど、今度こそ本当に最後の一滴まで使い果たした。
時間が経てば、勝利の歓びと敗北の悔しさがわき起こるかも知れないが、
今はただ、休みたい……
それが偽ざる本音だった。
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第3戦スペインGPMotoミニモ決勝リザルト
出走36台完走20台
優勝シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ
2 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ
3 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ
4 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ
5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ
6 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ
7 フレデリカ・スペンスキー(USA) リヒターレーシング LMSヤマダ
8 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ
9 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ
10 アンジェラ・ニエト(ESP)team VALE ヤマダ
11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ
12 ケリー・ロバート (USA)team VALE ヤマダ
13 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ
14 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ
15 ソフィア・マルチネス(ESP) アフロデーテ ジュリエッタ
16 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ
17 カルロサ・ラバード (VEN) アフロデーテ ジュリエッタ
18 ドミニカ・サロン(FRA) プリンセスキャット ジュリエッタ
19 クリスチーヌ・サロン(FRA) プリンセスキャット ジュリエッタ
20 オリビア・ジャック(FRA) プリンセスキャット ジュリエッタ




