魔王シャルロッタ
「すごい気迫!」
大きく曲がり込んだコーナーのインを開けないよう走っていた愛華だが、ゼブラに体をはみ出すようにして鼻をねじ込んできたリンダに気圧されそうになる。
これまでも何度もバトルして、圧力の強いライダーだから予想はしていた。しかし今日のリンダは、いつもに増して迫力がある。
愛華とて、気迫では負けないつもりだ。一旦前に出たリンダとクロスして、今度は愛華がインにマシンを突っ込む。
並んで立ち上がる二台。スロットルを開けながらアウトに膨らんでいく。
愛華が膨らむのを阻むように、リンダはアウトに立ち塞がる。
愛華は構わずスロットルを開けるが、リンダも譲らない。
肩と肩が押し合うように接触する。
愛華は気迫を込めて押しやろうとするが、体格差で上回るリンダは動じない。
タイヤ半分でも前に出れれば愛華の体格も武器となるのだが、リンダはそれを許さない。
内側のラインでは、これ以上アクセルを開けられなくなり、リンダの後塵を拝すしかない。
「リンダさんに入られました!」
愛華はシャルロッタとスターシアに大声で伝えた。
「リンダさんは私が当たります。アイカちゃんはラニーニさんとナオミさんをお願い」
愛華がリンダとやりあっている間にも、ラニーニとナオミがシャルロッタに近づこうとするのを、スターシアは上手く牽制してくれていた。
ラニーニとナオミの二人を抑えるのも大変だが、今日のリンダは、愛華では分が悪そうだ。どちらがレベルが高いというものではなく、相性が悪い。
愛華はそのまま、ラニーニとナオミの前に立ちはだかる。
リンダは愛華に構わず、スターシアに突進。愛華をパスした時と同じように、オーバースピード気味の進入でスターシアのインに入り込もうとする。
スターシアは無理に張り合おうとせず、あっさり後ろに下がると、リンダが膨らむタイミングに合わせて外側から奥のクリップポイントを狙って切れ込んだ。
きれいなクロスラインを描いて、再び前に出ている。見惚れてしまうような返しだ。
次のコーナーでも、リンダはブレーキングを遅らせインを奪い、立ち上がりでスターシアが抜き返すを繰り返した。
それでもリンダは、今度こそはと何度でも同じことを繰り返し続ける。
リンダは器用なライダーではない。進入でインに入るというアタックが、スターシアには通用しないのはわかったが、といって他にスターシアに通じる戦法など持ち合わせていない。自分の力では、スターシアに及ばないのは最初からわかっていた。だから、最も得意なやり方で、スターシアを少しでも苦しめられれば……、美しい顔がうんざりして呆れるまでやってやろうとしつこく繰り返した。
スペインの観客には、リンダの突進がまるで闘牛場の闘牛を思わせた。スターシアは突進してくる闘牛を華麗に捌く闘牛士。
スターシアがリンダをかわす度に、スタンドから『オレーッ!』と掛け声があがり始める。
観客は必ずしもスターシアを応援している者ばかりではない。闘牛場の主役は闘牛士だけではない。勇猛に突進する牛にも同じように声援を贈る。そして時には、鋭い角が闘牛士に突き刺さり、その体が血とともに舞い上がる光景を期待する残虐さも秘めている。
牛の立場からすれば最初から残虐なのだが、そういう文化なので論議は避けさせてほしい。
闘牛士であれ、牛であれ、勇敢な者には惜しみなく称えるスペインの人たちの気質は、スターシアに声援を送ると同時に、リンダも応援していた。
やがてリンダのしつこさに、さすがのスターシアも疲れが隠せなくなってくる。
(何度トライしても無駄なのに、いったい何処からその闘志が湧いてくるのですか?)
正直、ブルーストライプスの弱点と視ていたリンダを、見誤っていたのかも知れない。昨年までも、闘志だけは侮り難いものがあった。
(技術的に成長した?)
確かにテクニックは向上している。しかし、ラニーニやナオミと比べたら、やはりブルーストライプスの穴であるのは変わりない。
愛華のように真正面から受けてしまう相手には通じても、少しタイミングを外せばどうということもない。彼女にもそれは十分わかったはず。ではなぜ、残り少ないというのにいつまでも同じことを繰り返すの?前戦ではシャルロッタさんとフレデリカさんを慌てさせたにしても、あれは予想してなかっただけで……っ!
そこである可能性が浮かんだ。すぐに愛華に教えなくては。
「アイカちゃん!」
スターシアが完璧にリンダを抑えてくれてるおかげで、愛華はラニーニとナオミに集中できた。この二人がリンダと合流すると仕掛けるバリエーションは格段に増える。いくらスターシアさんでも防ぎきれない。当然愛華がいても防ぎきれるものでもなくなる。
なんとしてもラニーニとナオミを前に行かせてはならないと必死で塞いでいた。
先ほどまではアウトとインに別れて仕掛けてきていたラニーニとナオミが、今度は揃って外側から被せてきた。愛華は焦らずインをキープする。
次のコーナーはすぐに切り返して左コーナーなので、外れたラインからのパスは愛華を弾き飛ばさない限り不可能だ。ラニーニたちがそこまですることはない。
愛華は目を瞑っても走れるほど頭に入っているコーナーを、外から被せようとするラニーニを横目で見ながらインベタで抜けたようとしたその時、スターシアが自分の名を叫ぶ声を聞いた。
視線を前方に戻すと……!リンダのテールが目の前に迫っていた。
愛華は慌ててアクセルを戻す。
横にいたラニーニとナオミが前に流れていく。
二人は、そのままリンダの前、スターシアの真後ろに入った。
愛華はすぐにアクセルを開けるが、リンダが邪魔で追いかけられない。
やられた!敵ながらみごとなチームワークだ。
感心していられない。三人が揃ったブルーストライプスは、すぐ様スターシアに襲い掛かる。
レースは残り三周をきっている。フレデリカやバレンティーナたちも、一斉に後ろから仕掛けてきた。
「シャルロッタさん!ラニーニちゃんたちに抜かれました。スターシアさんも長くはもちこたえられません。今すぐスパートしてください!」
後ろからスターシアの援護しつつフレデリカとバレンティーナをブロックするという大変な状況に、シャルロッタに呼び掛けるのが精一杯だった。
これまで以上のスタンドの熱狂ぶりに、愛華が呼び掛ける前になにか起きたことを感じたシャルロッタは、悠々と後ろを振り返り、勇者がやって来るのを待ちわびていた魔王のようなセリフで返した。
「クッ、クッ、クッ、ようやくそこまで来たわね。人間にしてはよくがんばったと褒めてあげるわ。でも早くしなさい。ゴールまであと少ししかないわよ。希望が絶望に変わる瞬間を味合わせてあげるから」
まったくスパートする気がないようなことを、魔王気取りでのんきにほざいている。そういうセリフを言うやつは、大抵倒されると知っている?
愛華が後ろから懸命に邪魔しようとしても、ラニーニたちは構わずスターシアにアタックを仕掛けていく。
リンダは相変わらず進入でインに割り込んで来るが、スターシアはこれまでのようにかわすことがない。リンダの後ろにぴったりとラニーニとナオミが張り付いているからだ。
スターシアはコーナー四つまでなんとかしのいだが、五つめのコーナーでついに堪えきれなくなった。
ラニーニたちの前にいるのは、あとシャルロッタだけだ。
「クッ、クッ、クッ、やっと辿り着いたようね。スターシアお姉様まで倒すとは、少し見直したわ。特別に最高の絶望を与えてあげる」
だから、そのセリフは負けフラグだから。
今日はシャルロッタにしてはずいぶんおとなしいと思ってたら、完全に中二病を再発していた。




