遥かなるストロベリーナイツ
「後ろがパニックになってるみたいです。この隙に引き離しましょう!」
混戦だったところへ、リンダたちの突入により混乱を極め、ストロベリーナイツへのアタックが手薄になっている今こそ、脱け出すチャンスだと感じた愛華はシャルロッタに呼びかけた。しかし……
「絶対女王であるあたしが、こんなやつらに背を向けて逃げたなんて思われたら末代までの恥よ。二度とあたしに挑もうとなんて気にならないほど、コテンパンに返り討ちにしてやるわ」
ダメだ。最近少しは利口になったかと思ってたけど、やっぱりこいつはバカだった。開幕からちょっと連勝したら早くも調子づいてしまってる。
「絶対女王」という言い回しは、当然エレーナを意識したものだろうが、エレーナなら無用な演出などしない。エレーナを超るという気持ちの表れでもあるのだが、その時点でエレーナの足許だろう。
「スターシアさん、なんか言ってやってください」
「アイカちゃんの言うこと聞かないシャルロッタさんが、私の言うことなんて聞くはずないでしょうね」
スターシアさんが責任逃れした!
というか、楽しんでますよね?絶対。
「もう!どうなっても知りませんから!」
愛華は、シャルロッタに流される形で受けて立つ覚悟を決めた。ただ、あまりに簡単に折れた感は否めない。その理由はスターシアにはわかっている。おそらくシャルロッタにもわかっていただろう。
(ラニーニちゃん、絶対諦めないで)
もちろん、馴れ合いなどでなく、好敵手として競争したいからだ。友だちだからペースを落として待つなんてこともない。組織的なアタックがない今だから、体力とマシンの温存に心がける。
ラニーニたちが追いつけたとしても、おそらく相当くたびれているであろうが、それは彼女たちの招いた結果だ。そこまで合わせてやる必要はないし、彼女たちも望んでいない。
それに、誰と勝負するにしても、余裕なんてない相手ばかりだ。
この時点で確かなのは、バレンティーナとフレデリカは、ストロベリーナイツがペースを上げなかったことを迷惑と感じ、ラニーニは感謝した。そしてその判断が誤ちであることを、自分が証明すると誓っていた。
「リンダの突進に、ケリーもハンナも手こずっているようだな」
ピットのモニターで、攻めるしかないエレーナは、リンダとますます勢いづいたラニーニとナオミの奮闘を見て、隣のニコライに呟いた。
「おかげでエースのバックアップどころじゃなくなってますから、うちとしてはラッキーです」
彼女たちがゴタゴタしている間は、ストロベリーナイツは無理しなくて済む。三台ともこのレースで載せているエンジンは、これで三レース目だ。エンジン仕様台数制限が今季から七機になり、計算上は一機あたり三レースなら十分おつりが来るが、余裕はあるに越したことはない。ワンレースで潰れることだってある。メカニックとしては、まず、このレースをフィニッシュまで走りきれることを願っていた。
「あの勢いで来られると、うちにとっても厄介だ」
エレーナはライダーの立場で見守っているようだ。
「でもシャルロッタなら大丈夫でしょう。スターシアさんとアイカちゃんもいますし」
「勢いにのってる相手をあまくみると、思わぬしっぺ返しをもらうことになる。これまで散々うちが証明してきた」
ニコライもそれはわかっている。だからこそ、スターシアも愛華も決して舐めてかからないはずだ。シャルロッタは……ちょっと心配だ。
「もちろん気をつけなくちゃなりませんが、それでもスターシアさんは、ああいった力任せのタイプをいなすのが得意ですから、その点は心配ないでしょう」
「ニコライ、おまえ何年レースを見てきてる?確かにリンダのアタックは力任せに突っ込んでいるだけだが、ハンナもケリーもそういったタイプの扱いは心得ている。彼女たちが苦戦しているのは、ラニーニとナオミが連動して仕掛けているからだ。受ける側としては、この上なくうっとうしい」
エレーナに技術屋一筋でやってきたニコライを見下すつもりはなかった。今年から特定の担当を外れ、チーム全体のメカニカルを任せる右腕に、ライダーの心理をいつもの口調で語ったに過ぎない。
ただ残念なのは、チームに、そして女王に尊敬以上の気持ちを抱く男の気持ちは、エレーナにもわかっていなかった。ニコライは少なからず傷ついた。
「ペースアップの指示を出しますか?」
それでもニコライは、少しでも有能さを示そうと先を読んだつもりだった。ブルーストライプスを侮るのは危険、今スパートすれば、一気に引き離せるチャンスだ。
しかし、彼の提案した正攻法は、またしても女王のお気に召すものではなかったらしい。
「スパートしてもバレンティーナとフレデリカは食い下がってくるだろう。リンダは大人しくなるだろうが、ケリーやハンナは走り易くなる。再び元気になったラニーニとナオミも離れないだろうから、早くにスパートを仕掛けても消耗するだけの可能性が高い。実際に走っているアイカの判断に任せよう」
シャルロッタの傲慢な気まぐれと知ったらどう態度が変化するのかちょっと気になるが、それは結果次第だろう。レースは結果がすべてだ。
またも否定されて落ち込むニコライを、エレーナも少し気を使ったのか励ますように続けた。
「シャルロッタは彼女たちを舐めてはいない。戦いたくてうずうずしている」
まさにそれが問題の根源の気がする。
「今回は、司令塔としてのアイカの真価が問われるだろうな」
ニコライも愛華のことは信頼しているが、ここまでの話から決して楽観できる展開とは言い難いようだ。そっとエレーナの横顔を覗くと、明らかに浮わついた表情が見えた。
(本当はエレーナさん、自分も走りたいんだ……)
フレデリカとバレンティーナは、かなり苛立っていた。
只でさえ守りに徹したスターシアと愛華を崩すのは容易でないのに、その僅かな隙を二人で奪い合い続けた上に、リンダたちまで割り込んできたのだ。
このまま続けても消耗を強いられるだけで、ストロベリーナイツの思う壺だと判断したバレンティーナは、ブルーストライプスに壁を壊す役を譲ることにした。彼女たちを前に行かせるとあとが苦しくなることも予想できたが、集団が動けばペースも速まるだろう。そうなればうっとしいリンダは脱落するはずだ。気をつけなくてはならないのは、集団が動いた時、遅れないことだ。
バレンティーナが引いたのと同じように、フレデリカもブルーストライプスと無用な張り合いを避けた。こちらはハンナからの指示に従ったものだ。ヤマダにいた頃はチームの指示などほとんど従わなかったフレデリカだが、LMSに移籍して唯一のエースになったことがよかったのか、それともハンナのリーダーシップが優れているのか、チームとしての戦い方を身につけつつあった。
バレンティーナとフレデリカが引き下がったことで、リンダの目の前に、ついに、スターシアと愛華が現れた。
(やっと追いついた……)
一度は諦めたこのレースに、もう一度優勝の届くところまでラニーニを連れて来られたことに、熱いものが込み上げてくる。
バレンティーナもフレデリカも、自分たちに突破口を開かせようと譲ってくれたのはわかっている。
ストロベリーナイツの壁が、どのチームより堅牢なのもわかっている。
最速のエースと完璧なチームワーク。ここからが本当に厳しい戦いだ。
レースは残り少ない。ここからは僅かなミスさえ許されない。一瞬で表彰台からふるい落とされる。
(余計なこと考えない!私は全力を尽くすだけ)
「ラニーニ、ナオミ、行くよ!」




