リンダ!リンダ!リンダ!
Motoミニモ第三戦スペインGPが、例年通りヘレスサーキットで開幕した。
全戦全勝を宣言したシャルロッタは、フリー走行から最速タイムをマークして好調さを見せつける。
ディフェンディングチャンピオンの面子にかけてもシャルロッタの連勝を止めたいブルーストライプスは、早くも全車に二機めのエンジンを投入してきた。ワークスチームのエンジン使用制限は七機までなので、二戦で一つ使い潰していくとあとが苦しくなるのは承知の上だ。今シーズンも全17戦ある。アレクセイ監督は、それでも一勝あげることを優先した。今年のシャルロッタは、待っていても勝てない。自滅を期待するにも、こちらから追い込めなくては話にならない。
アルゼンチンGPでフレデリカが二位に入り、初の表彰台を果たしたLMSも「速いが耐久性はない」という評価を覆し、プライベートながら優勝候補の一角に相応しい走りを見せている。
チームVALEも全員が相変わらず安定した走りを見せており、エースバレンティーナがトップシャルロッタからコンマ1秒遅れのまずまずのタイムを記録しているが、チームとしてどことなく精彩を欠いているような印象を受けるのは、最も高性能と言われるYC214を駆りながら未だ表彰台にすら上がれていないからだろうか。
予選でも、絶好調のシャルロッタが危うげなく12戦連続のポールポジションを獲得。地元のナオミが二番ポジション、三番手にラニーニと並んでブルーストライプスの意地を見せ、四番手のフレデリカまでがグリッド一列目。二列目はスターシア、バレンティーナ、アンジェラ、琴音。愛華は9番手タイムで三列目スタート、以下、ケリー、ハンナ、マリアローザ、四列目のリンダと続くが、ポールのシャルロッタから四強末尾のリンダまで0.8秒差と、走りに差はないと言えるほど僅差だ。それだけに、決勝でのスタートポジションの違いが大きく影響する可能性はあった。
決勝で飛び出したのは、ラニーニとナオミ。これには各チーム意表を突かれた。ほとんどが密集した集団での展開を予想していたからだ。あるとすればシャルロッタの単独での飛び出しだが、シャルロッタが単独で飛び出しても、愛華は三列目、スターシアはスタート関して身体的なハンデがあるので、それほど警戒するものでもないと判断していた。当然エレーナも、シャルロッタに単独での暴走はしないよう注意していた。
おそらくは早く体制を整えたチームが優位に運ぶ展開になるだろうと、ブルーストライプス以外は他のチームより早く体制を整えることに集中していた。
しかし、どのチームもラニーニとナオミの飛び出しを予想していなかったというだけで、慌てることなくチームを形成していく。むしろ、これによって展開が早まった。バレンティーナなどは歓迎すらしていた。
彼女も、ラニーニとナオミが自分のアシストだった頃とはくらべものにならないくらい進化していることは承知しているが、おかげで各チーム牽制し合っている暇はなくなった。余計な駆け引きはロクな結果をもたらさないと悟っている。
それはシャルロッタも同じだ。逃げるより追う方が断然、性に合っている。スタートでスターシアと合流した愛華たちが追いつくと、フレデリカやバレンティーナに目もくれず、逃げる獲物を追い始めた。
フレデリカはストロベリーナイツのスリップに入り込んで様子を伺う。おそらくハンナの指示だろう。ハンナと琴音は、バレンティーナ、アンジェラ、ケリーの後ろにつけて、ラニーニたちを捉えトップ争いになれば、いつでも加われる位置につけた。
予想以上に早い追撃体制の構築に、ラニーニとナオミはまだ十分な差を築けていない。
リンダは集団最後尾につけるが、ハイスピードな展開に、離れずついていくのが精一杯だ。
一周あたりのタイムでは僅差だが、周回を重ねるほど地力の差が表れてくる。チームの中での連係が信条のマリアローザやリンダといったライダーは、チームメイトから離れ、しかもこうしたハイペースは苦しい展開だ。特にリンダは、チームのピンチにも自分になすすべもないことが、精神的にも弱気にさせていた。
この時点で、ラニーニたちの逃げが前回同様失敗に終わったことは明らかとなっていた。前回よりも厳しい。おそらくレース中盤には、集団に捉えられるであろう。
予想はできたが、ブルーストライプスには最も優勝の可能性がある作戦だった。
スタートグリッド一列目に二人並べているのは自分たちだけ。シャルロッタはポールだが、スターシアは二列目、愛華は三列目だ。フレデリカは単独、バレンティーナもチームを整えるには時間が掛かると踏んだ。
他のチームが体制を整える前に差を拡げる。
名将アレクセイにしては楽観的すぎる作戦だが、優勝の可能性は逃げきりしか浮かばなかった。勿論、入賞ポイントを積み重ねるという選択肢も示したが、最終的にはライダーたちが決断した。
集団の一番後ろにいるリンダには、全体がすべて見えていた。
必死に逃げるラニーニとナオミを追って、ぐんぐんペースをあげていく各チームのあとを追いながら、悔しさで泣きたくなった。
私がもっと速ければ……
ラニーニもナオミも、シャルちゃんとアイカにだって負けないライダーだ。少なくても去年勝ってチャンピオンになってる。
なのに私は……、チャンピオンチームの司令塔なのに、なんにもできない……
私がもっと速く走れれば逃げきれるかも知れないのに!
私にハンナさんやスターシアさんみたいな力があれば、こんなギャンブルみたいな作戦に頼らなくても、もっと確実な勝ち方させてあげられるのに!
もし、力を与えてくれるなら、私はどんな代償だって支払うから……
リンダは、本気で自分の命を差し出してでもラニーニを勝たせたいと思った。ラニーニを勝たせられないのなら、自分の存在する意味すらない。
しかし、どんなに強く願っても、誰も力を与えてくれないし奇跡などおきない。それを望んでも、なにも変わらない。
ここは、とことん理不尽なところだ。
多くの支払いを求めるくせに、支払ったからっといって見返りは保証されない。むしろ反故にされることの方が圧倒的に多い。
シャルロッタやフレデリカのように、奇跡のような才能を持って生まれた者もいれば、アイカのように15歳で初めてバイクに乗って僅か二年目でエレーナにみそめられたシンデレラもいる。自分のように才能もなく、大して裕福でもない家に生まれた娘が、いくら努力しても超えられない壁がある……。
情けなさと悔しさに霞んだ目に、集団がだんだん離れていくのが映る。
───本当にそうなの?
───なら、どうしてここにいるの?
突如、ヘルメットのスピーカーから女の声が聞こえてきた。
───ラニーニもナオミも、それほど変わらない境遇だったんじゃない?
ラニーニともナオミの声ともちがう。
───アイカが誰よりも努力しているのは、知っているはずでしょ?
───あなたはアイカより努力した?
(混線してるの?)
無線はデジタルなので混線はないはずだ。
───バレンティーナなんて、泥まみれになっても勝とうとしてきたのを、あなたも見てきたでしょ?
(いったい誰なの?)
───どんなに苦しくても、アイカなら絶対諦めないでしょうね
───でもあなたには無理でしょう。才能ないんだから
(そんなこと言われなくても……)
───もうやめちゃえば?楽になるよ
(私の声?)
───無理しないで、愉しくやっていこうよ
「ふざけるな、ラニーニとナオミは、今必死で頑張っているんだ!たとえ敵わなくても、私は最後まで見届ける!」
リンダは弱気になっていた気持ちを涙とともに吹き飛ばし、遅れ始めたマリアローザをかわして、ハンナと琴音の後ろにつけた。
フレデリカ仕様と言われるじゃじゃ馬LMSに苦労するハンナと琴音に較べても決してきれいとは言い難い、バタ臭いライディングで懸命に追いすがる。
「死んだってついていってやる!」
死に物狂いでやっとついて行く昨年のチャンピオンチームのリーダーの走りに、哀れみすら感じていた観客たちも、次第に励ましの声を送り始めた。
やがてラニーニとナオミが集団に吸収されようとするレース半ばには、熱い声援となってリンダを後押ししていた。
ラニーニとナオミも懸命に粘る。しかし、ラスト数周で追いつかれた前回と違い、残りはまだたっぷりとある。
ストロベリーナイツがすぐに抜かなかったのは、それがフレデリカたちやバレンティーナたちとのバトルの始まりの合図となるからだ。
スターシアは二周ほどラニーニたちを先行させてから、すーっと近づいて二人を抜いた。シャルロッタと愛華もそれに続く。フレデリカ、そしてバレンティーナたちも一斉に襲いかかり、あっという間にのみ込まれてしまう。
逃げの失敗はダメージが大きい。残り僅かであれば気力をふり絞って耐えることもできるが、半分近くを残して追いつかれると、そこから立て直すのは容易ではない。
昨年チャンピオンに導いてくれたハンナにも抜かれ、あとはこのポジションをキープして、前を行く集団から脱落する者を捉えて1ポイントでも多く稼ぐしかないと思われた時、二人の耳にリンダの声が響いた。
「前の連中、バトル始めたよ!まだやる気残ってる?どさくさ紛れに暴れてやるから、やる気あるならついて来て!」
ストロベリーナイツ、チームVALE、LMSの三チームが混戦状態になってペースが落ちたのをいいことに、リンダは渦中に飛び込むつもりだ。
ハンナと琴音のコンビネーションは流石であったが、フレデリカが特異過ぎて、上手くアシストできていない。
今回はスピードのあるアンジェラを従えているバレンティーナも、連係が上手くいってない。アンジェラは元々アタッカーなので、エースを守る役割は得意でない。ケリーが的確な指示を出せば怖い存在になりうるかも知れないが、こちらとも何故か連係がとれていないようだ。
それでもストロベリーナイツの足を鈍らせる役割は十分果たしてくれている。彼女たちのチームワークに穴があるなら、リンダには好都合だ。
「私らのチームワーク見せつけて、ハンナさんに恩返しするよ」
やたらと元気なリンダに、ラニーニもナオミも再び奮い起つ。観客の声援も、まるで自分たちを応援してくれているみたいだ。
とっくにフェードアウトしたと思っていたブルーストライプスに突然割り込まれた集団は、これまで以上に混乱した。
琴音はなにが起きたかもわからない間に、突如インを刺されてぴったりと接近して走っていたハンナと接触しそうになる。
こういった混戦状態を気迫で押しきるのは、リンダの最も得意とするところだ。カミソリの刃を渡るような極限のハイスピードペースにはついていけなくても、圧力勝負ならエレーナにだって負けない気がしてきた。
「ラニーニ、私が絶対勝たせるからな!待ってろよシャルちゃん!」
リンダの眼には、先頭を行くシャルロッタの姿がはっきりと映っていた。




