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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
237/398

ゼロからの再スタート

 シャルロッタの開幕二連勝で幕を開けたMotoミニモは、大西洋を渡ってヨーロッパに舞台を移した。

 南北米大陸での二戦は、今シーズンの各チームの戦力を測る意味では重要ではあるが、ファンの応援が熱気を帯びてくるのは、ヨーロッパラウンド開幕のスペインGPからだ。

 特にスペインでのMotoミニモ人気は凄まじく、愛華の活躍で急に注目を浴びた日本とは、質も歴史も異なる。


 ファンは皆、子どもの頃からレースを見て育ち、両親、そのまた父母の時代から、GPがやってくるのをお祭りのように待ちわびている。

 当然、レースを見るファンの眼も肥えており、街中の至る所で、素人とは思えない専門知識が飛び交う熱い口論が繰り広げられる。


 今回の(くち)バトルの中心は、やはりシャルロッタがこのまま連勝を続け、今年こそ圧倒的強さでタイトル奪取を果たすのか、それとも誰かがシャルロッタを止めるのか、であるのは言うまでもない。


 彼らの分析と監督ぶりは、贔屓のチームやライダーに肩入れ過ぎるきらいはあるものの、テレビ解説者や、時には本当のチーム監督よりも的確で、昨年の最終戦のバレンシアで急遽生中継の解説をする事になった日本の別クラスの元GPライダーは、ホテルのボーイから聞いた話をそのまましゃべっていた、という噂がネット上でまことしやかに拡まっているくらいだ。噂の真偽はどうあれ、それほどスペインの人たちにとってGPは身近で、レースをこよなく愛している。


 シャルロッタを応援する者、ライバルの奮闘を期待する者など様々だが、今季のシャルロッタは何かちがうというのが、概ね共通した分析のようだ。


 第一戦では、ポールポジションから飛び出し、愛華と二人で淡々と周回を重ね後続を大きく引き離して優勝した。これまでのシャルロッタなら、ライバルのいない独走では、必ずなにかやらかすはずだった。

 続く二戦目は、前戦とはうって変わって次々とトップの入れ替わるレース展開の中、一時10位まで順位を落とすものの、それに耐え、計算されたかのような追い上げで優勝をさらった。

 四チームのエースバトルを制したラストラップなどは、シャルロッタの本領発揮と言えるところだったが、途中集団後方まで下がりながらもタイミングを待った忍耐強さは、これも今までのシャルロッタでは考えられない。

 エレーナがしりぞいた事によってシャルロッタの中で変化が生まれた、と見る向きもあるが、愛華のリーダーシップを高く評価する意見も多い。


 どちらにせよ、ストロベリーナイツの盤石の強さに変わりなく、逆にバレンティーナはもう終わったとする声が高まっていた。

 もともとスペインとイタリアは、互いに対抗意識が強く、イタリア人のバレンティーナは、スペインでの人気はそれほど高くなかった。それをいうならシャルロッタもイタリア人なのだが、彼女が他の国と比べて特にスペインでの人気が低いという事はないので、バレンティーナが個人的に好かれていないのかも知れない。


 もう一人のイタリア人エース、ラニーニに至っては、むしろこの地で、最近急激に人気が高まってきている。

 アシストのナオミがスペイン出身というの事あるが、昨シーズン、コツコツと入賞を重ねてチャンピオンとなり、寡黙なイメージの強かったラニーニが、強豪を相手に、果敢に逃げを仕掛けた姿勢が、闘牛を好む国民性にマッチしたのだろう。敗れはしたものの「シャルロッタを止めるのは、ラニーニ&ナオミのコンビしかいない」という期待が、“ストップ ザ シャルロッタ”の最右翼へと推しあげた。


 ラニーニが最右翼ならば、もう一方の翼はフレデリカとなるが、こちらはまだスペインのファンも測りかねているようだ。

 才能でシャルロッタに対抗できる唯一の存在ではあるが、シャルロッタ以上の異端児で、ライディングもこれまでのロードレースの常識を覆すほどのインパクトを与えられた。才能は認めながらも未知のものに対する拒否反応というべきか、長年のGPファンだからこそのフィルターを通して見てしまうようだ。

 客観的に見ても、フレデリカ自身は完治したとしているが、右手に腱鞘炎という爆弾を抱えている。その上、彼女の乗るLMSは、「最もパワフルだが、最も苛酷なマシン」と言われる通り、ライダーに強いる負担は、ヤマダのワークスとは対極に進化したマシンだ。メカニカルのトラブルと同じくらい、フィジカル面での不安は大きい。

 また、チーム総指揮をとるハンナは、幾度もエレーナのタイトルに貢献し、昨年ブルーストライプスにタイトルをもたらした立役者として、チャンピオンメーカーと呼ばれていたが、GPアカデミーで指導していたことからもわかる通り、典型的なオーソドックススタイルのライディングをする。テストライダーをしていた琴音も同じだ。

 ここまでは、チーム内でトラブルがある様子は見られないが、ハンナらしい感嘆するようなチームワークも見られていない。

 シャルロッタに勝つには、愛華とスターシアのような息の合った支援なしでは難しいだろう、というのが大方の見方となっていた。

 

 

 街のファンの分析は、多くの部分で各チームの監督やライダーの見解とも一致していた。異なるところは、自分たちのチームに関しては、街の声とは些か違う認識でいることだろう。

 外から見た目と内側にいる者の違いを、客観的に見られていないと捉えるか、内情を知るからこそ正確な分析が出来ていると捉えるかは、チームによって異なる。


 意外にも、正確に現状を把握していると言える一人が、バレンティーナであった。

 彼女はアルゼンチンでのレース後、ケリーに対し、これまでの勝手な振る舞いを詫びた。


 今の自分では、シャルロッタはおろか、ラニーニにも勝てないことを認め、ケリーが開発に心血を注いだマシンYC214の優秀さを称えた。それをもってしても結果を残せない自分の不甲斐なさを素直に認め、その上で、力を貸して欲しいと頼んだ。


「シャルロッタは、本当に化け物だ。今、実力であいつに勝てる可能性があるのはフレデリカぐらいしかいないと思う。だけどシャルロッタには、スターシアとアイカがいる。フレデリカじゃストロベリーナイツに勝てない。でも、YC214(こいつ)なら、ストロベリーナイツに勝てるはずなんだ。マリアローザとアンジェラがバックアップしてくれて、こいつを作ったケリーが指揮してくれたら」

 ヤマダの関係者はバレンティーナが人に頭を下げて頼み事をするのを、おそらく初めて目にしたであろう。そこにはいつも楽しむことが人生の目的とする、陽気なスターライダーの面影気はなかった。


 しかし、ケリーの反応は冷やかなものだった。

「そのフレデリカを追い出した貴女が言う?」

 ケリーにとって、バレンティーナは自分の契約するチームメンバーの一人でしかなくなっていた。当初は、バレンティーナの協力があれば、近い将来には打倒エレーナの悲願が、フレデリカによって果たされるであろうと考えていた時期もあった。

 だが結果は散々だった。フレデリカは追い出され、優秀な開発ライダーである琴音も手放さねばならなくなった。上の思いつきに振り回された自分の目論見の甘さもあるが、今、頭を下げているバレンティーナが壊したものは小さくない。


「ボクが愚かだった。でも、今は本気で勝ちたいんだ。YC214でシャルロッタに、ストロベリーナイツに勝ちたい、それだけなんだ。ケリーがチームを指揮してくれれば、絶対に勝てる!」

「私が今さら、貴女のそんな言葉を信用すると思う?これまで散々わがまましておいて、勝てなくなったら手のひら返して媚びてくる人間を、どうやって信用しろと?シャルロッタの方が、余程信用できるわ」

 バレンティーナは、自分のしてきた過ちの大きさを改めて思い知った。シャルロッタと比べても信頼に足りないとまでされる侮辱。そこまで言わせるほどにしたのは、他ならぬ自分自身だ。


 全盛期のエレーナと渡り合い、三年連続チャンピオンという偉業は、現役で並ぶ者はいない。

 バレンティーナもジュニアの頃、エレーナとケリーのバトルに胸踊らせた。

 だからこそ、今のバレンティーナにはケリーの力を必要としていた。


「心配しないで。ヤマダとの契約だから、これまで通り貴女の支援はするつもりよ」

 バレンティーナが欲しているのは、そんな形式的な支援ではない。


 エレーナと死闘を演じた経験と、Motoミニモのレースを知り尽くし、ここまで素晴らしいバイクを作り上げた知識のすべてで、チームを支えて欲しい。

 だがバレンティーナには、それ以上食い下がることはできなかった。いくら美辞麗句を並べても、今の自分ではケリーの心を動かすことはできないと悟らされた。

 レースを走ったこともないスポンサーなら、少し甘い匂いを嗅がせれば打算とどす黒い欲望で言いなりにできても、ケリーを本気にさせるには実績を積み重ねるしかない。


 ライダーとは、そういうものだった。


 シーズンタイトルを狙うには、一刻も早く追いつかなくてはならないのはわかっている。だけど今できることは、ゼロからやり直すことだけだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゼロじゃ無いよ、マイナスからだよ。
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