敗北を味わう
「あたしだけアシストいたんじゃ不公平ね。アイカ、あんたはスターシアお姉様と後ろの連中が邪魔しないように見張ってて」
成長したようでも、シャルロッタはやっぱりシャルロッタだった。
せっかくの有利な態勢を自ら放棄して、対等な条件で捩じ伏せようとするのは、愛華のよく知ってるシャルロッタのままだ。
シャルロッタらしいその姿勢は愛華も嫌いじゃないが、チームリーダーとしての立場では容認できない。愛華が責任を背負えるならともかく、それで負けたら、おそらくエレーナが責任を負うことになる。エレーナもそういう気質はあるにはあるが、愛華が勝手に負わせるわけにはいかない。
「三人なら後続が追いつく前に、トップに出られます」
「あんた、あたしがこんなやつらに負けるとでも思ってるの?」
シャルロッタなら三人が相手だろうと負けるはずないと信じてはいるが、レースは残り一周をきっている。フレデリカはまだまだ元気そうだし、バレンティーナは勝つためなら、どんな手を使うかわからない。
「せめてわたしに、バレンティーナさんのマークをさせてください!」
「アイカちゃん、レース中に報復を考えてるなら、よくないわ」
スターシアの言葉に、どきりとした。別に報復とまで考えてなかったが、感情の影響を受けていないとは言いきれない。しかし、シャルロッタの次の言葉は、愛華の気持ちをさらにどきりとさせた。
「もう時間ないし、面倒だからあんたの好きにすれば。あんたもあたしに挑みたいなら、挑んできてもいいわよ」
シャルロッタは愛華が反論する前に、バレンティーナとフレデリカの隙間にとび込んでいた。
「わたしは、シャルロッタさんのバックアップするだけです!」
そう叫んで、愛華もあとに続く。
愛華に嘘はない。するべき仕事は、シャルロッタを勝たせること、それ以外にない。
しかし、シャルロッタの言った「あたしに挑みたいなら、挑んでもいいわよ」という言葉が、妙に心に引っかかっていた。
かつて、シャルロッタはエレーナに挑んだ。エレーナもそれを受けて立った。愛華は止めようとしたが、できなかった。
どうして同じチームなのに争わなくちゃならないのか、愛華にはわからなかった。
(シャルロッタさんは、あの時のエレーナさんと同じ気持ちなんだろうか……)
愛華には、シャルロッタが自分との競争を望んでいるようにも感じた。
(そんなことあり得ない。エレーナさんに挑んだシャルロッタさんとわたしじゃ、レベルがちがいすぎる。第一、わたしには、シャルロッタさんと競いたい気持ちなんてない、はず………)
契約更新の時、将来の夢はエレーナを越えることだと言いきったのを思い出す。そのためには、シャルロッタに勝たなくてはならないのは、当たり前のことだ。
(あれは勢いで言っちゃただけで、シャルロッタさんもたぶん本気じゃ)
「ちょっと!ぼさーってしてるんだったら邪魔だから、下がってなさいよ!」
フレデリカにラインを塞がれアウトに逃れたシャルロッタが、愛華に接触しそうになっていた。
(一番大事なところなのに、なに考えてるの、わたし!レースに集中)
さすがのシャルロッタも、フレデリカには手こずっているらしい。
愛華は次のコーナーで、フレデリカのインに頭を突っ込んだ。
フレデリカは愛華に構わず、ギリギリ目の前を掠めてインに切れ込む。やっぱり愛華が簡単に崩せる相手じゃない。それでも、フレデリカが愛華に気を取られていた隙に、シャルロッタは更に内側に入り込んでいて、ちょうどシャルロッタと愛華に挟まれる形に持ち込んだ。後ろからはスターシアも迫るが、フレデリカは囲まれてしまっても尚、シャルロッタを狙ってアタックを仕掛けてくる。凄まじい闘志とテクニックだ。
フレデリカが暴れてくれてるおかげで、ラニーニとバレンティーナに少し余裕ができた。と言っても、ラニーニは相変わらずトップを死守しようとしぶとく粘り、バレンティーナが前に出ても、しつこく食い下がり、何度も前後を入れ替えていた。
レースは、もう残り半周を切った。やはりフレデリカ一人では劣勢で、シャルロッタと愛華が、ラニーニに手こずらされているバレンティーナに迫ろうとしていた。
「ボクを先にいかせろって!ついて来るなら、最後に勝負してやるから!」
バレンティーナは、ブルーストライプス時代のハンドサインを使って、ラニーニに取引を持ちかけた。
ゴール手前の区間では、一対一なら絶対負けないのは承知の上だ。それでもラニーニは二位を確保できるわけだから、悪い条件じゃないはずだ。このままだと、シャルロッタと愛華だけじゃなく、フレデリカとスターシアまで交えたゴール前の大バトルをしなくちゃならなくなる。そうなったらラニーニだって、表彰台に上がれる可能性すらかなり低くなる。
しかし、ラニーニは退かず、バレンティーナが先に行こうとするのを邪魔し続けた。
「ナオミのこと、怒ってるの?あれは彼女が勝手に脱落しただけだよ」
ハンドサインで呼びかけるが、またもラニーニに無視された。
(こいつ、シャルロッタたちとつるんでるのか?)
愛華とは、大の仲良しみたいだから、ひょっとしたら提携結んでるのかも知れない。
(それならそれで、ボクも遠慮なく裏ワザ使わせてもらうよ。卑怯なのはキミたちなんだから)
バレンティーナはワザとインを空けて、ラニーニを誘った。
気配が近づいてくる。バレンティーナはインに切れ込めるように構えた。
あれ?なにかちがう……っ!
一台じゃない!
ラニーニと重なるほど接近したシャルロッタが、バレンティーナのイン側肘ギリギリを掠めていく。
「っ!」
肩にシャルロッタのマフラーが擦った。
一瞬よろけて慌ててクリップに寄せようとするが、続けて愛華とフレデリカにも内側を通り抜けられた。
「いい、アイカ。ここからはあたしとラニーニとフレデリカのタイマン勝負よ。あんたはホントに手出ししないでちょうだい」
再びシャルロッタは、手出し無用宣言をした。三つ巴をタイマン勝負と言うのかは置いといて、愛華には手を出したくても出せない状況だった。バレンティーナを抜いた直後、スターシアのマークをも振り切ったフレデリカにパスされ、シャルロッタのアシストをしようにも届かないのだ。
(やっぱりまだまだシャルロッタさんに挑むなんて、おこがましくて恥ずかしい)
愛華は自分のレベルを思い知りながらも、そこにいるラニーニが羨ましくもあり、自分もいつか、との想いを胸に秘めた。
コーナーはあと三つ。緩い右コーナーからヘヤピンへと深くなる12、13コーナーと浅いがRの小さな左の最終コーナーだけだ。
ラニーニがきっちりインを抑えてヘヤピンに入る。シャルロッタが外側から並び、さらにその外からフレデリカが被せる。三台が横一線に並んでヘヤピンの頂点を通過する。
立ち上がりでシャルロッタが膨らみ、フレデリカはコースいっぱいまで追いやられる。
そして最終コーナー、逆にインになったフレデリカは、リアを流して強引に向きを変える。
シャルロッタもきついラインだが、スロットルを閉じず、そのまま最終コーナーを抜ける。
ラニーニは一番スムーズなラインを通っていたが、エンジンがもう限界なのか、加速が伸びない。
フレデリカは、ワークスをも上回るパワーを発揮させようとするが、ドリフトアングルが大きすぎる。
シャルロッタが、先頭でメインストレートに現れた。ラニーニは懸命に体を小さくして追うが、差はますます開いて行く。それをドリフトを収束させたフレデリカが迫る。フレデリカはラニーニを抜き、シャルロッタに近づく……
チェッカーが振り下ろされた。
一位シャルロッタ、二位フレデリカ、三位ラニーニ。
愛華の後ろでゴールしたバレンティーナは、自分の敗北を悟った。悟らずとも負けは明らかだが、ライダーとして彼女たちに負けていたことに、ようやく気づいた。
レーシングライダーにとって、レースに勝つ事が最大の目標だ。
マシン、アシスト、スタッフ、チーム体制。
作戦、駆け引き、戦略……。
どれもレースに勝つために必要な条件であることに、間違いはない。
いつからだろう……そればかり求めるようになったのは。
以前はもっと、純粋に速く走ろうとしていた。
誰よりも速く走ることを夢みてたはずなのに、いつの間にか走ることより、勝てる条件を作るのに必死になっていた。
ゴールしたシャルロッタとラニーニとフレデリカが、握手をしたり、肩やヘルメットを小突きあったりしている。愛華もそれに加わる。
バレンティーナは、彼女たちに「おめでとう」「いいレースだった」と声をかけ、一人先に行った。
あいつら、馬鹿みたいにまっすぐ走っていやがった。それも、思いきり楽しそうに……。
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第2戦終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント
1シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 50p
2 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 33p
3 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 32p
4 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 24p
5 フレデリカ・スペンスキー(USA) リヒターレーシング LMSヤマダ 20p
6 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 19p
7 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 19p
8 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 15p
9 ケリー・ロバート (USA)team VALE ヤマダ 14p
10 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 14p
11 アンジェラ・ニエト(ESP)team VALE ヤマダ 9p
12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 9p
13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 9p
14 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 6p
15 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 4p
16 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 2p




