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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
234/398

誰もが挑戦者

 ブルーストライプスの仕掛けに反応したのは、バレンティーナだけではない。彼女ほど素早い対応は出来なかったにしても、トップグループにいる連中なら誰でも、リンダが動いた時点で、ブルーストライプスが賭けにでたと理解した。


 その意味では本当に意表を突かれたのは先頭を走っていたフレデリカ、シャルロッタ、スターシアの三人だけだったかも知れない。


 ハンナとケリーに至っては、リンダが動きだす手前から何かの雰囲気を感じとっていた。

 感じていたからといって、はっきりとした確信がある訳でもなく、愛華を封じ込める仕事を放棄することが出来なかった。

 しかし、目の前で状況は急変した。この瞬間から対処すべき優先順位は、愛華よりラニーニが上となった。それも即対処しなければならない最優先事項だ。

 ハンナは琴音と共にフレデリカを、ケリーはマリアローザに協力してバレンティーナのバックアップへと、一瞬で走り方を変えた。

 彼女たちと比べると、愛華の反応は一呼吸遅れたと言わざるえない。これが経験の差というやつだ。


「なにボサッとしてんのよ!早く追うわよ!」

 気がつけば、リンダとフレデリカに挟まれる形で大きく失速してしまったシャルロッタが、ハンナたちにも抜かれ、愛華のすぐ前にいた。

「スターシアお姉様が一人でバレンティーナの後ろで頑張っているんだから、早くしなさいよ、まったく!」

 愛華も状況は把握している。


 リンダさんが粘っているけど、抜かれるのは時間の問題だ。でも、こうしているその瞬間にも、ラニーニちゃんたちは離れて行く。スターシアさんがマリアローザさんたちを抑えれば抑えるほど、それを助けることになる。


「スターシアさん!マリアローザさんたちを先に行かせて、わたしたちと合流してください!」

「ちょっとあんた!なに言ってんのよ。あたしの優勝を邪魔するつもり!?」

 シャルロッタがキレそうな勢いで愛華に詰め寄る。ちゃんと前を見て走ってほしい。

「その反対です。スターシアさんなら一人でも、たぶんケリーさんやハンナさんたちでも簡単にはパスさせないでしょう。でも一人は一人、いくら頑張っても時間稼ぎぐらいしかできません。その間にラニーニちゃんたちは、安全な距離まで逃げちゃいます」

 ここまではシャルロッタにも理解できるのか、なるほどと頷いてくれる。

「シャルロッタさんは前半フレデリカさんと遊び過ぎて、タイヤとかもだいぶ減ってるはずですよね。だからここは、あえてバレンティーナさんやハンナさんたちに引っ張ってもらって、追いついたら思いきり暴れさせてもらいます」


 …………


「あんた、すこしは使えるわね」

 シャルロッタはちょっと考えてから、きまりわるそうにつぶやいた。

「さすがアイカちゃんです。足を引っ張りあってたらラニーニさんの思う壺ですものね」

「うわっ、スターシアお姉様(はや)っ!」

 いつの間にかスターシアも目の前にいた。たぶん愛華がお願いするより前に、そのつもりだったのだろう。



 リンダは9コーナーを抜けるまで粘ったが、teamVALEとLMSの2チームに襲いかかられては為す術もない。そのあと愛華たちの背後に入りついてきたのは、まだ最後にもう一度出番がある思っているからだろうか。


 teamVALEとLMSとて、無条件に協力し合える関係ではない。理屈ではスリップストリームは台数が多いほど効果的だが、無限に効率がよくなる訳ではない。ある程度を超えてしまうと効果はあまり変わらなくなる。そればかりか、走りのリズムが合わない者が増えれば、各々の長所を潰してしまうマイナス面が目立ってくる。

 共にヤマダ製エンジンを積み、テストも同じところで(おこな)ってきた、云わば姉妹と言えるバイクではあるが、性格はまるで違う。

 従順でライダーの雑な操作すら許容するワークスマシンと、神経質で乗り手に挑んでくるようなLMSチューン。

 成績優秀で誰からも慕われる優等生と、頭はいいが大人に媚びることを拒否する反抗的生徒。或いは正統なる御令嬢と妾の娘と揶揄されるように、エースライダーの性格もチームの体制もまるで違い、交わろとしない二つのチーム。血が繋がっているからこそ、嫌悪感も強くなるのかもしれない。


 前戦アメリカで、シャルロッタと愛華の独走を許した経緯から、ケリーもハンナも必要以上に張り合わないよう注意しなければならなかった。


 


 レースは残り6ラップ。残りの周回数とトップとの差が、各チームのピットから示される。

 全力で逃げるラニーニとナオミ。それを追う三つのチームは、足の引っ張り合いこそしていないものの、協力してペースを上げようともしていない。バレンティーナとフレデリカは、互いに自分の方が速い区間でも相手が譲らないことに苛つき、ストロベリーナイツは一歩ひいている。


 それでもラニーニとの差は徐々に埋まっていっており、計算では最終ラップまでには追いつくはずだ。


 この差は、リンダにとっては残酷な結果だった。

 苦労して形を作った逃げ切りが失敗終わろうとしているだけでなく、今、全力で走っているラニーニとナオミは、おそらく最終ラップにはこの三チーム相手にバトルロイヤルする力は残っていないだろう。勿論、バレンティーナ一人相手でさえ僅かばかりの時間稼ぎが精一杯だったリンダにも、その力はない。

 ラニーニたちが逃げれば、シャルロッタ、バレンティーナ、フレデリカが先を争って三つ巴のバトルを展開してくれることを期待していたが、狙いがはずれた。


(そんなに甘くないよな)


 しかし、まだ可能性が消えた訳じゃない。今は堪えていても、ゴールが近づけば当然三チームも争いを始めるはず。

 優勝できるのは、一番最初にフィニッシュラインを越える、たった一人だけなのだから。

 

 

 


「ねぇアイカ、そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」

 かなりのペースで走っていても、シャルロッタにとっては集団の後ろで、何もしないでついて行くのは退屈極まるのだろう。

「もしかしたらラニーニたち、まだ秘密兵器隠してて最後に超絶スパートするかも知れないし」

 その可能性はかなり低いと思われる。

 だが、シャルロッタの言うことにも一利ある。このままのペースでも最終ラップまでにはラニーニとナオミに追いつくだろうが、そこからが大変だ。


 今回はスターシアさんもいるから、絶対に勝てると信じてるけど……

 秘密兵器はないにしても、ラニーニちゃんとナオミさんだって簡単にはトップを明け渡さない。

 バイクの総合的な性能ではヤマダワークスのバレンティーナさんに分がある。

 フレデリカさんはシャルロッタさんに劣らないスピードを持ってるし、最高速ではワークスのヤマダをも上回りそうだ。それにハンナさんと琴音さんがいるから一筋縄ではいかない。



 愛華はそこまで考えて、自分と同じことを考えている人が、他にもいるんじゃないかとふと浮かんだ。


 そうだよね、きっと間違いなくみんな考えている。特にバレンティーナさんは、ゴール前の混戦を嫌っている。なによりシャルロッタさんもフレデリカさんも、バレンティーナさんの天敵だ!


 実は、愛華も「疫病神」と一番忌み嫌われているのだが、そんなことは愛華の知ったことではない。

 バレンティーナがどんな作戦にでるかはわからないが、必ず最終ラップを待たず動く気がした。


 その時、このポジションだと出遅れる!


 スターシアのいる心強さもシャルロッタの超人的ライディングも、タイミングを逃せば取り戻せないほど、各チームの実力は紙一重だ。


「スターシアさん、ここで動くのは無謀ですか?」

 愛華は一応スターシアに意見を求めた。おそらくそれくらいのことはスターシアも考えているだろうから、確認したと言うべきか。

「……そうね、もう少しフレデリカさんとバレさんが激しくやり合ってくれると期待してたけど、ハンナさんとケリーさんが上手く制御してるみたいね。このままでも勝算がない訳じゃないけど、有利とは言えないでしょう。シャルロッタさんのがまんも限界みたいだし、アイカちゃんがそう思うなら、私はたとえ地獄でも、ついて行きますよ」

 地獄へは行く気ありませんから!


「シャルロッタさん!一気に突破して、ラニーニちゃんを捉えます!」

「クッ、クッ、クッ、その言葉を待ってたわ。遂にあたしの魔力を解き放つ時がきたのね。虫けらどもに地獄を見せてやるわ!」

 だから地獄はいいから!


 シャルロッタは、バレンティーナとフレデリカ、そして昨年チャンピオンを奪われたラニーニという獲物を求めて、猛然と集団に襲い掛かった。

 自分で解き放っておいてなんだが、愛華とスターシアは、解き放たれた凶獣を必死で追いかけなければならなかった。


 

 

 シャルロッタが集団後方に割り込んだ同じタイミングに、先頭でバレンティーナも動いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 真剣勝負は一瞬の間合いで決するのかな⁈
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