暴かれた愛華の秘密
「へぇー、そんなことあったんだ」
「そうなの、もう気持ち悪いし頭痛いし、胃が裏返ったみたいに苦しくて、お水飲んでもすぐにまた吐いちゃうし、もうスターシアさんのせいでひどい目にあったんだから!」
アメリカズGPの翌々週、アルゼンチンに向かう旅客機の中で、愛華はラニーニに開幕戦の表彰式後の苺のスイーツを食べながらの祝勝会から翌日の二日酔いまでの顛末を話していた。
別に申し合わせて同じ便に搭乗した訳ではない。ストロベリーナイツもブルーストライプスもGPのスケジュールに沿って移動しているので、同じ便に乗り合わせることはよくある。両チームの他にも何チームか乗っており、ほとんどGP参加チームのチャーター機のようになっていた。
後ろの方は、ロシア語とイタリア語で歌合戦をやっているような騒がしさだ。歌声に混じってアルコールの匂いまで流れてきそうで、愛華に二日酔いの気持ち悪さを思い出させていた。
いったいあの人たちの体はどうなってるんだろ?彼らが酔っ払って大騒ぎしてるのはよく見かけるけど、翌朝にはなんでもない顔をしている。自分と同じ人間とは思えない。
(わたし、もう絶対お酒なんて飲まない!)
「アイカちゃんって、やっぱりすごいなぁ……」
「えっ、なにがすごいの?」
ラニーニのつぶやきに愛華は戸惑った。知らないうちにスターシアさんにテキーラ飲まされて、二日酔いの醜態さらしたなんて、愛華にとって黒歴史でしかない。あの時のことは、今でもシャルロッタさんにいじられる。
「だって、レースは独走で勝ったのに、自分で戒めたんでしょ?敵わないな、アイカちゃんには。正直に言うと次はわたしたちも、もしスタートグリッドが良かったら逃げ切り作戦しようと思ってたのに、そこまで読まれてるときびしいよ」
(あっ、そのことか)
やはりラニーニたちも、チャンスさえあればスタートダッシュ&逃げ切り作戦を実行しようとしていたらしい。以前からある基本的戦法だが、後方グループが牽制し合わないと逃げ切ることは難しく、近年の二強、三強時代において、最後まで逃げ切った例はあまりない。しかしシャルロッタと愛華が、条件さえ揃えば現在でもきわめて有効な戦法だと証明してみせたのだ。愛華の予想した通り、ラニーニたちも積極的に使おうとしていた。
「わたし、中学まで体操やってたでしょ。エレーナさんとはぜんぜんレベルちがうけど、地区の大会では何回か優勝してたの。おじいちゃんもおばあちゃんもいっぱい褒めてくれたけど、そのあとおじいちゃんはいつも『勝っても歓ぶだけじゃなく、しっかりふり返りなさい。上手くいかなかったときは誰でも反省する。更に上をめざすなら、上手くいったときこそ反省しなくちゃいけない』って言ってたの。だからわたしは、どうして上手くいったのか、どうしたらもっと上手くいくのか、って考えるが癖になっちゃったみたい。これはおじいちゃんのおかげかな」
愛華の祖父も実は、ヤマダの創業者『山田高一郎語録』からの受け売りだったのだが、当時の愛華は知る由もない。純粋に祖父の教えを守ってきた。今もそう信じている。出典がなんであろうとよい教訓にかわりない。
「そうなんだ。でもやっぱり、アイカちゃんはすごいよ。わかってても、わたしだったら浮かれちゃうもん」
「そんなことないよ。ラニーニちゃんだってチャンピオンになっても自惚れたりしないで、いつも努力してるじゃない」
「それはシャルロッタさんの方が速いってわかっているから」
ラニーニは切なくつぶやいた。しかしその目は諦めていない。
「シャルロッタさんも、もう少し努力してくれたらなぁ……」
愛華も切なくつぶやいた。その目は呆れていた。
「あの人は……なにもしなくても速いから。努力したら本当にわたしたち勝てなくなっちゃうよ」
「そんなことないよ。逆に努力しないとシャルロッタさんだって勝てなくなっちゃうのに、なかなか……(バコッ)あっ痛っ!」
「(バコッ)痛い!」
突然、二人の頭が後ろから叩かれた。
「あんたたち、なにこそこそ人の悪口言ってんのよ!」
いつの間にか後ろの席に移動してきたシャルロッタが、背もたれの上から顔を覗かせていた。
「べつに悪口なんて言ってません」
「言ってたでしょ!あたしなんかちょろいとかあたしに勝てるとか」
真面目に努力しないと勝てなくなると不満は溢したが、そこまで言ってない。ましてラニーニはシャルロッタの絶対的な速さを認めている。
「だいたいアイカ!あんた、あたしにつきっきりで鍛えるとか言っといて、ぜんぜんやってないじゃないの!そういうの『口先だけ』って言うのよ」
「いつも起こそうとしても、またわたしが吐くからヤダ、とか言って起きないじゃないですか」
「それでも起こすのがチームのリーダーでしょ!ようするにあんたにはリーダーとしての自覚が足りないのよ」
自分が怠けてるのを愛華に押しつけてくる。一番自覚が足りないのはシャルロッタだ。それでもシャルロッタなりにトレーニングが必要なのは理解しているらしい。
「わかりました。じゃあ明日からシャルロッタさんがどんなに嫌だって言っても叩き起こしますから」
愛華の容赦しない目を見て、シャルロッタは少し怯んだ。
「ま、まちなさいよ。ホントに体調わるい時だってあるんだから、一応あたしの意思を確かめてから……」
「そんなことしてたらぜったい起きないじゃないですか。首に縄つけてでも引っ張って行きます!」
「やっぱりアイカはドSだったんだ。スターシアお姉様!アイカが変な世界にいっちゃった!」
シャルロッタは通路を挟んだ隣の席で寝ているスターシアに助けを求めた。
「あらあら、そんなところまでエレーナさんの真似しなくても」
寝ていると思っていたスターシアも、ちゃっかり聞いていたらしい。
「そうだ、スターシアさんも明日から朝のトレーニング参加してもらいます!」
スターシアの横でエレーナが「誰がドSだ」と文句を口にする前に、愛華が先に言い放っていた。
「スターシアお姉様、もう一度アイカに毒入りカクテル飲ませましょう」
シャルロッタがこそこそとスターシアに耳打ちする。
「毒じゃなくてテキーラね。でもそうね、このままじゃ本当にエレーナさんになってしまいそうです」
シャルロッタとスターシアは、朝寝坊同盟を結んだようだ。しかし愛華には、エレーナに代わってチームを率いる責任がある。
「スターシアさんにも、これからは最後までアシストしてもらう必要があるんです。ダイエットには、食事制限よりもトレーニングの方が体力もついていいんです!」
「あのねアイカちゃん、人にはどうしてもできる人とできない人がいるの……シャルロッタさんはただの怠け者だけど、私は本当に朝低血圧で……」
「げっ!まさかの裏切り」
朝寝坊同盟はあっさり解体した。
「低血圧な人が朝いきなり激しい運動するのは危険だって、エレーナさんからも言ってください」
「あたしの龍虎真眼は朝日を浴びるとつぶれてしまうの!」
二人は狸寝入りをしているエレーナに訴えたが、満足そうな微笑みが浮かんだだけであった。
(やっぱり一番の強敵は、アイカちゃんのチームみたいだね。わたしたちも頑張らないと)
ラニーニは、ちょっとだけシャルロッタとスターシアを羨ましく思いながら、自分たちも負けないようナオミとリンダと一緒にもっといっぱいトレーニングをしようと決意した。




