蛇足
「シャルロッタさん、起きてください」
愛華はベッドで熟睡していたシャルロッタの肩を揺すって起こそうとした。
「うるさいわね~ぇ、もう朝なの~ぉ?」
シャルロッタは眠そうに薄目を開けるが、窓の外がまだ薄暗いのに気づいて再びシーツに潜り込んだ。
「まだ暗いじゃないの。なんでこんな時間に起こすのよ」
「トレーニングですよ!一緒にランニングしましょう」
「はあ?昨日レース終わったばかりで、今日は休みのはずでしょ?それもこんな時間に、いったいなに考えてるの?」
「シャルロッタさんに足りないものは、集中力と体力です。体力がないから集中力も保てないんです。だからまず体力づくりです」
「トレーニングならエレーナ様のメニューをちゃんとやってるわ」
「いつも誤魔化してるじゃないですか!今日からは、わたしがつきっきりで鍛えます!」
「だったらあとでお願いするわ。もう少し寝かせて」
「朝日を浴びながら体動かすの、とっても気持ちいいですよ。早く起きてください」
「あたしはここで寝てるほうが気持ちいいから」
「もう、いいから起きなさい!」
愛華はシャルロッタの頭からかぶったシーツを無理矢理剥がした。
エレーナはシャワーを浴びると、まだ強張っている右足と肩の筋肉を揉んだり伸ばしたりしてほぐした。
夕べというか朝方まで愛華につきあい、ほとんど眠っていなかったがスタッフたちに移動の指示をしなくてはならない。
次のGP開催地は15年ぶりの南米アルゼンチンだ。税関で足止めされないように、山ほどのパーツと書類をチェックもしておかねばならないので、のんびりとは寝ていられない。
歩くのにも苦痛を伴っていた右膝がなんとか90度ぐらいまで曲がるようにほぐれたところで、眠そうな顔のスターシアが入り口に立っていることに気づいた。トイレを使いたいようだ。
半分寝ているのか下着が透けそうなランジェリー姿であることも気にせず、エレーナの目の前を横切ってトイレに腰掛ける。旧知の仲とは言え、目のやり場に困る。エレーナはバスローブを羽織って外に出た。
スターシアもレースを走って疲れていたであろうに、愛華に朝までつきあってくれた。今日はゆっくり寝かせてやろう。
そんなことを考えていると、カウンターに置かれたバーボンとテキーラの瓶に目がとまる。
「……?」
バーボンはエレーナが飲んでいたものだ。スターシアがテキーラを飲んだのだろうか?妙に気になった。
「スターシアがテキーラを飲むとは、めずらしいな」
出てきたスターシアに問いかけてみる。
「それはたぶん……カクテルを作ったものだと思います」
「カクテル……?まさかアイカに飲ませたものには入れてないだろうな?」
スターシアの表情が少し強張る。
「……そうですね?でもまあ……、アイカちゃんも大人の味がわかるお年頃ですから」
眠気のせいか、いつものようなスマートな受け答えができないらしい。
スターシアの顔に冷や汗が浮かぶ。完璧にクロだ。
「なにを考えている?表彰台でシャンパンをかけられただけで酔っぱらうアイカに、テキーラを飲ませたのか?」
「少しずつなら慣れるかな……て、ほんのちょっとだけ垂らしただけです。ほら、シャンパンファイトで酔っぱらうようじゃ、ちょっとかっこつかないでしょ?アイカちゃんだって美味しそうに飲んでたじゃないですか」
確かに以前のようにぐだくだに酔っぱらっているようには見えなかった。夜が更けるほどハイテンションになっていたような気はするが……。
因みにロシアでは愛華の年齢で酒を飲んでも違法ではないが、アメリカでは……あくまでジュースということにしておこう。
スターシアの言う通り、いつまでも炭酸水でシャンパンファイトでは様にならないだろうと黙認しようとした……が、
「エレーナ様!!たいへんです!開けてください!」
突然ドアをドンドンと叩く音と共に、シャルロッタの騒がしい声が聞こえてきた。
「朝からどうした?騒がしいぞ」
「アイカが朝っぱらから連れ出されて!じゃなくて連れ出されたのはあたしで、『朝日を浴びながら体動かすのって気持ちいいでしょ?』とか言いながら走らされたり体を引っ張られたり潰されたりして」
ドアを開けたエレーナにとびつくなり、早口でまくし立ててくる。
「落ちつけ!それでアイカはどうしたんだ?」
大変なのは愛華らしいのは、どうにかわかった。
「あたしは気持ちいいどころか吐きそうだったんだけど、本当です!あいつがあんなドSだったなんて知らなかったわ。それでようやく部屋に戻ったら、今度はアイカが急に気持ちわるいとか言い出して、○○吐くわ、顔真っ青にしてぐったりしてるわで、とにかく来てください!」
エレーナはスターシアの顔を睨みつけた。アルコールにほとんど耐性のない愛華が、テキーラ入りのカクテルを朝まで飲んでいきなり運動したらどうなるか、良い子は絶対真似してはならない。
「あらまあ、テキーラサンライズだけに。てへぺろ」
うまいこと言って誤魔化そうとするスターシア。舌をぺろりと出して可愛さアピールまでしている。
「てへぺろじゃないわ!すぐに行って介抱してやれっ!!!」
「エレーナさんったら、いつもアイカちゃんにばっかりやさしいんだからぁ」
まだ可愛く誤魔化そうとしているスターシアのセクシーなランジェリーの透けるお尻を蹴って、廊下に追い出した。
「あっ、待って。せめてなにか羽織らせて」
スターシアの懇願を無視して、ドアをピシャリと閉めた。
「このチームで本当にタイトルを狙えるのか……?」
エレーナは一人ため息をついた。
第1戦終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント
1シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 25p
2 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 20p
3 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 16p
4 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 13p
5 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 11p
6 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 10p
7 アンジェラ・ニエト(ESP)team VALE ヤマダ 9p
8 ケリー・ロバート (USA)team VALE ヤマダ 8p
9 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 7p
10 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 6p
11 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 5p
12 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 4p
13 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 3p
14 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 2p
15 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 1p




