亀裂
「ラニーニちゃ~ぁん、おめでとう!」
愛華はスタート&フィニッシュラインから一段小高くなったストレートエンドで、ラニーニたちが近づいてくるを手を振って待っていた。
普通、二位でフィニッシュした愛華から三位のラニーニに「おめでとう」などと声を掛けるのは、ちょっと変な気がする。受け手によっては嫌味と取られかねない。
勿論愛華は純粋にラニーニが三位争いを制したことを祝福していたし、ラニーニにも伝わっていた。
「アイカちゃん!やったよ。コトネさんもバレンティーナさんもすっごくて、最後まで勝てるかわからなかったけど、わたしにはナオミさんがいたから」
そう言ってナオミの方にヘルメットを傾けた。
「ナオミさんもお疲れさま。すごいデッドヒートでしたね」
「私たちより、あなたたちの方が完璧なレースお見事でした。シャルロッタさん、アイカさん、おめでとうございます」
「あっ、そうでした、てへへ。ありがとうございます!」
「あんた、なに今ごろ言ってるの?」
本気で自分のことを忘れていたような愛華の天然さに、シャルロッタは怒るのもバカらしくなる。
シャルロッタを呆れさせるとは愛華もなかなかになった。
琴音たちとも健闘を称え合い、皆でコースを一周した。
フィニッシュライン直前で琴音をかわし四位でチェッカーを受けたバレンティーナは、「とりあえず今回は『おめでとう』って言っておくよ」とシャルロッタと愛華に言うと追い越していった。彼女も今回は負けを認めているようだ。負けを認めた時の彼女は意外とさわやかだ。次は負けない自信があるのだろう。
昨シーズントップスリーの三人が、開幕戦の表彰台に上がる。
しかし、表彰台の一番高いところに上がっても、シャルロッタはご機嫌斜めだ。
「ラニーニちゃん、すごかったね」
「アイカちゃんこそ」
先ほどから何度も同じ会話を聞かされていた。
「ちょっとあんたたち!優勝したのはあたしなんだから、あたしをもっと称えなさい!」
愛華もラニーニも、シャルロッタをシカトしている訳ではない。愛華はもちろん、ラニーニもウィニングランの時から何回も祝福の言葉をかけてきた。表彰台に上がる時も、ラニーニから握手を求めたのに偉そうな態度で横向いてたのはシャルロッタの方だ。
その態度に一部の観客からもブーイングが起こっていた。このあたりはバレンティーナの『いいやつアピール』を少し見習ってほしい。
もっともそのブーイングも、シャルロッタのキャラを楽しんでる親しみを込めたブーイングなのだが……。
「ラニーニちゃんが握手しても、ツンツンしてたのシャルロッタさんじゃないですか」
「だってそいつ、アイカにはハグしてあたしには握手だけって、ぜんぜん敬意が足りないじゃない!」
ラニーニに代わって愛華が文句を言うと、また理不尽なことを言い出した。ハグして欲しかったのか?
「シャルロッタさん、気安く体に触られるの嫌そうだったから……」
ラニーニが申し訳なさそうに弁解する。謝らんでいいと思う。
「当たり前よ!気安くさわってほしくないわ!」
愛華とラニーニは、顔を見合わせため息を洩らした。
(相変わらずめんどくさい人だ……)
表彰式のあとは、ストロベリーナイツ恒例の苺のスイーツの宴が行われた。
エレーナに代わる苺騎士団の司令塔として挑んだ初めてのレースで、見事完璧なレース運びでチームを勝利に導いた愛華を、皆が褒めまくる。褒められすぎて恥ずかしいのもあるが、褒められれば褒められるほど、得体の知れない不安を感じ始めていた。またシャルロッタがへそ曲げないかも心配だ。課題もいろいろある。愛華の中では、手放しで歓べるレースだったとは思っていなかった。
盛り上がったところで、愛華に今日のレースについて一言求められた。
「今日はみなさんが他のチームに負けないようなバイクを用意してくれたのと、シャルロッタさんとスターシアさんがすばらしい仕事をしてくれたおかげだと思います。ありがとうございました」
スタッフの人たちからやんやの歓声が沸く。シャルロッタはもっとあたしを称える言葉を言いなさいとドヤ顔でこちらを見ている。
愛華はせっかくみんなが盛り上がっているのに悪いと思いつつも、シャルロッタさんのこともあるし、自分への戒めも込めて、思いきって感じた懸念を口にする決心をした。
「でも、今日のレースはぜんぜん完璧じゃなくて、たまたま上手くいっただけで、」
「はあ?なに言ってるの?退屈なくらい完璧だったでしょ」
愛華の言葉を途中で遮ったシャルロッタに、メカニックの人たちも相づちをうつ。
ただ、エレーナとスターシア、それにセルゲイおじさんの三人は、愛華の言わんとすることを理解しているのか、黙って聞いていた。それを見て愛華は、やっぱり自分の考えは間違っていないんだと、正直な感想を続けた。
「シャルロッタさんは完璧な仕事してくれました。わたしも自分なりに頑張ったつもりです。でも、本当に幸運が重なっただけの危うい賭けだったんです」
「どういうことよ!あたしがちゃんと走りきったのが奇跡とか言いたいんじゃないでしょうね!?」
「いえ、そうじゃくて、えっと、合同テストの時からわかってたんですけど、ヤマダのバイクはすごく速くてバレンティーナさんも今年は調子いいみたいです。ラニーニちゃんたちは去年よりもっと強くなってるし、フレデリカさんたちも意外と、って言っちゃうと失礼ですけど、びっくりするぐらい速いです」
「だからなによ?みんなまとめてぶっちぎってやったでしょ?」
「シャルロッタさんが一番速いのは知ってますけど、みんなもすごく速くなってて、独走に持ち込めたのはたまたまなんです。わたしのスタートが上手くいって、あの人たちがお互いに牽制し合ってくれたから大差で逃げ切れました。でも、もしスタートでとびだせなかったらバトルに巻き込まれていたでしょうし、そうなると厳しいレースになっていたと思います。バレンティーナさんたちが早い段階で抜け出してたら追いつかれてたかも知れません。この次は逆に、他のチームがとびだして逃げきられてしまうこともありえます」
「そうなったらなにが問題なの?あたしが全部ぶっちぎってやるわよ!今日みたいな退屈なレースよりよっぽど楽しめるわ」
シャルロッタが突っ掛かるのはいつものことだが、いつもよりなんだか雰囲気が険悪だ。
(やっぱり今みんなの前で言うことじゃなかったかも?今日のシャルロッタさんは、本当にがまんして走ってくれたんだから、もっと褒めなくちゃいけなかったのに、わたし、リーダーとしてぜんぜんダメだ)
「いや、アイカの言う通りだ、シャルロッタ」
静観していたエレーナだが、シャルロッタの剣幕に黙り込む愛華を見かねて、口を挟んだ。
シャルロッタは反論しようとしたが、エレーナと視線がぶつかると、先に目を逸らした。
そっぽを向いて、ショートケーキにのっている苺を口に放り込む。
「いいわね、アイカは。いつもエレーナ様に庇ってもらえて」
そうつぶやくと、それっきり口を閉ざしてしまった。




