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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
225/398

異母姉妹

 シャルロッタと愛華は、レース後半には後続グループに20秒以上の差をつけて、開幕戦勝利をほぼ確実なものとしていた。あまりに上手くいきすぎて、作戦を描いた愛華も却って不安になる。だがエレーナはそれも想定済みで、『後ろ差』『二』『丸』『秒』『維持』という漢字で書かれたプレートをサインボードに嵌め込み、ストレートを通過する愛華に示した。

 フリップアイランドの合同テストの時に、紗季たちが作ってくれたもので、「後続との差が20秒、そのままペースを維持」という意味だ。当然シャルロッタには読めない。シャルロッタには残りの周回数だけが知らされる。


「あんたのサインボード、なに書いてあったのよ?」

 漢字がいっぱい並んでいたのが気になるのか、シャルロッタが訊いてくる。

「残り4ラップだから、がんばって走れ!って意味です」

 愛華は適当に誤魔化して答えた。別に嘘はついてない。

「ふぅぅん……まっ、いいわ。早いとこ終わらせて、シャンパン浴びるわよ」

「最後まで油断しないでください」

「あんたに言われなくても、わかっているわよ!」

 とりあえずアホなパフォーマンスはしないでくれそうだ。




 一方、セカンドグループでは、三つのチーム、三人のエースライダーが残りの表彰台を懸けて、激戦を繰り広げていた。


 フレデリカは、昨シーズン同じチームでありながら対立してきたバレンティーナに対し、新たなチームメイトからのサポートを受け、誰にも遠慮する必要のないバトルを仕掛けていた。シャルロッタに大差をつけられたバレンティーナも、これ以上落ちる訳にはいかない。

 フレデリカがバレンティーナより先にコーナーに入ろうと強引にインに割り込めば、バレンティーナが立ち上がりで弾き返す。琴音とハンナがこじ開けたラインを、ケリーとマリアローザが塞ぐ。二つのチームが無理なライン上でやり合っている隙に、ラニーニとナオミが脱け出そうとするのを、アンジェラが体を張って抑えるといった攻防を続け、周回と体力を消耗していった。


 スターシアは序盤こそ目障りなポジションにつけ、彼女たちを焚きつけたが、あとは勝手に燃え上がってくれた。一歩下がったところで観察する。これだけ熱くなったバトルには、スターシアといえど迂闊に入れない。というか近づきたくはないというのが本音だ。

「私の役目は十分果たしましたし、のんびり見物、じゃなくて彼女たちの走りを観察させてもらいましょうか」

(またエレーナさんに楽してるなんて言われそうですけど、アイカちゃんの保護者として敵を研究するのは大切な仕事ですから)


 今回からストロベリーナイツでは、オンボードカメラの映像と共にライダー同士の会話も記録されることになったので独り言でも迂闊なことは言えない。出走しないエレーナのレース後の分析用なので、チーム内の人間以外が聞くことはないが、エレーナに聞かれるとまた嫌味を言われそうだ。自分の独り言は聞かれたくなくても、シャルロッタと愛華の会話だとか、映像と合わせて中継すればもっと人気になるのに、と思うスターシアであった。

 


 ラスト3ラップに入る目前で、フレデリカが遅れはじめた。また例の持病かと思われたが、純粋にH-03のマシントラブルらしい。レースでワークス勢相手にガチバトルを挑むには、やはりまだまだ問題は残されているのだろう。吹けきらなくなったエンジンで懸命に走り続けるが、徐々に集団から置き去られていく。

 ハンナと琴音は、フレデリカに構わずそのまま走り続けるようだ。フレデリカに代わって自分たちが少しでもいい順位でゴールするためというより、レースを最後まで走りきることによってしか得られないデータの蓄積が目的であろう。勿論、一つでもよい順位をめざすことでしか得られないデータも含まれる。

 フレデリカもそれがワークスと対等に渡り合うために必要なこととわかっているらしく、あとは頼んだというゼスチャーを見せて、マシンを止めた。

 序盤、強烈なインパクトを与えておいて終盤リタイヤというのが定番になっていたフレデリカだが、昨シーズンとはその中身がまったく異なることを、集団から脱落したフレデリカの態度が物語っていた。ただ、ほとんどの目は、すでにフレデリカから離れていた。

 

 

 フレデリカの脱落によって、少しは走りやすくなると期待したバレンティーナだったが、そのあまい期待は琴音のアタックによって一瞬で消え去った。

 バレンティーナの僅かに緩んだ気を見透かしたように、いきなりインに入り込んできた。マリアローザもアンジェラも虚をつかれた感じだ。ヤマダの参戦プロジェクトが本格的に立ち上がった頃から一緒に開発をしてきたケリーでさえ、琴音が進入しようとしていることに気づかなかった。


「テストライダーにまでインを刺されるなんて、ボクもずいぶん舐められたものだね。でもそれが大きな勘違いだってことを思い知らせてあげるよ。コトネが育ててくれたマシンでね」

 バレンティーナは内側に琴音がいるのも構わず、自分のラインを誇示するかのようにインに寄せる。琴音の膝にバレンティーナの肘が触れる。

 琴音は驚いたように、びくりと体を振るわせた。バレンティーナがそこまで近づいているとは思ってなかったようだ。

「怖がってるの?GPじゃこれくらいの接近戦はあたりまえだよ」

 クリップを過ぎてもインに寄せ続ける。

「これでも開発ライダーとしてのコトネは、けっこうリスペクトしてたんだよ。がっかりさせないでほしいな」

「バレ!コトネに執着し過ぎるな!外からラニーニたちがくるぞ」

 壊れかけたようなバレンティーナに、ケリーが叫んだ。


「どいつもこいつも、裏切りものばかりじゃないか。ずいぶん目をかけてあげたのに」

 思えばこの集団を形成するライダーは、スターシアとハンナ以外全員バレンティーナと同じチームにいた経験がある。その意味ではバレンティーナの才能を発掘し育てる能力は、ハンナ以上かも知れない。が、あまり慕われる指導者ではなかったようだ。

「いいさ。この機会に、テクノロジーの差というものを教えてあげなくちゃ」

 バレンティーナは、マシンを寝かせたままスロットルを大きく開いた。YC214のリアタイヤは耐えきれずスライドを始めるが、大きく姿勢を乱すことなく加速する。

 大外から曲率を大きくとったラインでスピードを保ち曲がってきたラニーニとナオミに並ぶ。ラニーニたちはまだ深くバンクさせた状態で、思いきってスロットルを開けられないでいる。

「凄いでしょ、これ。フルバンクからでも安定して加速できるんだ。フレデリカみたいに危なっかしいのがいると流石に躊躇(ためら)うけど、きみたちとなら安心してあそんであげられるからね」

 バレンティーナが弱い相手には強気だと批判するのは、お門違いだ。これだけの性能差のあるマシンに乗っていて、敢えてリスクを冒すのは愚か者だろう。実際フレデリカは脱落し、あとはやりたい放題だ。

 総合力で上回っている限り、目先の勝負に拘るより確実なポイント獲得を優先するのはシーズンを戦う上ではおそらく正しい戦略だ。

 それがバレンティーナの狡猾さであり、シャルロッタにはない計算高さだったが、愛華のスタートダッシュを予測していながら防ぐことが出来ず、シャルロッタと愛華を追いつけないところまで逃がしてしまった屈辱が、本人は意識していないつもりでも、どこからかバレンティーナの理性を狂わせていた。


 バレンティーナが離れたことで、琴音はマシンを起こしながらスロットルを開けた。まだ起ききらないタイヤは急激に増大した駆動力に耐えきれず暴れる。それでも加速する力とホイルスピンに浪費する力の天秤を見極めながら開け続ける。


「あれ?まだやる気残ってたんだ」

 バレンティーナは琴音が強烈に加速してくることにに気づいた。気づかれようと気づかれまいと、琴音は早く立ち上がることしか考えてない。

「そっちの子はずいぶんじゃじゃ馬に育っちゃったんだね。やっぱり血筋は同じでも、所詮は(めかけ)の子って感じ?本家に楯突くなんて、どういう躾してんの、ハンナさんは」

 露骨にヤマダ製エンジンを載せたLMSを見下す。確かにワークスマシンとLMSの差は大きい。それは琴音自身が一番よく知っている。ワークスエンジンが最高出力を発揮するピークはまだこれからだ。


 バレンティーナは一気に琴音とラニーニ、ナオミの三人をまとめて突き離そうとさらにスロットルを捻った。


 しかし、思ったほど加速しない。まるでエンジンのレスポンスが鈍くなったようにまったりと回転が上昇していく。


 YC213からYC214への最大の進化は、タイヤの限界を越えるような急激な回転上昇が制御されるようになったことだ。それによってバンク中にスロットルを開けても、急激に暴れることなく安定した加速ができる。

 効率的なパワー特性は、不必要にピークパワーを発揮しないようにプログラムされている。バレンティーナのスロットル操作を制御プログラムは、これ以上パワーを絞り出してもタイヤ消耗を招くだけと判断していた。


 その制御プログラムのベースとなったのが他ならぬ琴音の走りだった。

 とは言っても、生身の琴音より遥かに正確だ。おまけにLMSのパワー特性はバレンティーナに言われるまでもなく、フレデリカ好みのじゃじゃ馬ときている。リアタイヤが暴れ、サスは突き上げるような動きで琴音の体を揺らす。それでもスロットルを弛めない。


「その躾の出来てないじゃじゃ馬で、こっちに近よってくるな」

 いつハイサイド起こしてもおかしくないほどリアを振るわせて孕んでくる琴音に、バレンティーナはアクシデントに巻き込まれる恐怖を感じた。

 琴音から離れようとするが、反対側にはラニーニとナオミがいる。琴音から離れるには、退くしかなかった。


 後ろから、三台のマシンが縺れるように次のコーナーに入っていく光景を目にして、バレンティーナにはイカれているとしか思えなかった。


 

 

 

 シャルロッタの後ろでチェッカーを受けた愛華は、スロットルを弛めて後ろを振り返った。

 シャルロッタは思いつく限りの派手なパフォーマンスで歓声に応えている。ここまで余程がまんしてきたのだろう。勝った歓びより、ストレスを発散しているという感じだ。


 そうしている間に、最終コーナーに三位争いの集団が現れた。


 先頭は……、琴音さんだ!


 ストレートに入って、ラニーニとナオミがスリップから抜け出し、両サイドに並ぶ。さらにバレンティーナも背後から姿を現すが、三人を避けるように一人だけピットウォール近くを走る。


 どうしてあんなに離れたラインを走ってるの?それだけでもロスなのに……?


 四台に向けて、チェッカーフラッグが振り下ろされた。愛華の位置からは誰が前だかわからない。気づけばシャルロッタも愛華の横で後ろを振り返っていた。


「誰が勝ったんですか?」

「ここからじゃわからない……って!勝ったのはあたしに決まってんでしょ!」


 愛華が電光掲示板に目を向けようとした直前に、ラニーニが両手を高々と挙げるのが見えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最終コーナー立ち上がりからの攻防は見応え満点‼︎‼︎
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