予選
この年もMotoGPの開幕は、中東のカタールGPからだったが、例年通りMotoミニモは行われず、四月のアメリカズGPがMotoミニモ開幕戦となる。
準備万端で開幕を待ち望んだチームもあれば、十分な体制といえないまま開幕を迎えなくてはならないチームもある。おそらく多くのチームが後者であろうが、レースは待ってくれない。準備万端だからと言って、蓋を開けてみれば生煮えだったということもあり得るのが世の常だ。
当初、ハンナの抜けたブルーストライプスとエレーナが出走しないストロベリーナイツに対して、バレンティーナお気に入りのライダーを集め、その上抜きん出たマシンポテンシャルを示しているヤマダワークスが圧倒的優位と思われていたが、ここにきてまったく予想出来なくなっていた。
ディフェンディングチャンピオンチームのブルーストライプスは、リンダを中心にとてもまとまっており、前年度チャンピオンのラニーニ、サポート役のナオミともに、昨年まで感じたどこか気の弱い印象が消え、フリー走行でもシャルロッタやフレデリカのタイムアタックを意識するようなタイミングでベストタイムを刻んでいた。
今季休養(あくまで引退とは言っていない)を発表したエレーナに代わって、チームリーダーを委された愛華は、司令塔としての経験不足とシーズン前の走り込み不足が懸念されていたが、スターシアの妹を見守る姉のようなあたたかなサポートと、少しは成長して最近おとなしくしているように見えるシャルロッタの協力で、今のところ心配なさそうだ。走り込み不足についても、チームに復帰後、練習でも疲れ知らずの底なし体力で一般的なライダーの倍以上の周回数を重ねてきたという。おかげで新品のエンジンを、僅か三週間あまりで5機も使い潰したとも言われているが、勿論これはエンジン使用台数制限にはカウントされない。
そしてダークホースのLMS。昨年ラニーニをチャンピオンへと導いたハンナ・リヒターを中心とする、ヤマダからエンジン供給を受け独自の車輌によるプライベーター枠エントリーのチームだ。
開幕前から注目を集めておいてダークホースもないが、元々ヤマダのハイレベルユーザー向けレーシングキットの開発のための参戦と思われていたものが、開発には最も不向きと思われるフレデリカの加入によって、一躍ワークスに迫るプライベーターとして脚光を浴びた。フレデリカ加入それだけなら、それほどマークされることもなかったであろうが、彼女の走りが昨年までの豪快だが無駄も多かったドリフトショーのようなライディングから、随分洗練されたものになっていたのに驚かされた。といっても、他のライダーより断然ドリフトアングルは大きいのだが……。さらにそのフレデリカに琴音が合わせ、きっちりとハンナがコントロールしているのには、もう一度驚かされた。マシンのポテンシャル、フレデリカの性格と体の回復具合など、未知数なところも多いが、実戦でどこまで通じるか興味が尽きない。
一方、大本命のヤマダワークスteam VALEは、これまでの合同テストではすべてエースバレンティーナがトップタイムを記録している。チームでの集団走行も、昨年とはうって代わってバレンティーナを中心に役割のはっきりとした構成で、チームとして勝てる組織をつくりあげてきた。ただこれまでの合同テストでは、他のチームと絡むことを避けており、ライバルに入れ替わるタイミングなどを探られるのを嫌っているとか、あるいは混戦になった場合になんらかの問題があるのを隠しているなど、様々な憶測を呼んでいる。
いずれにしろ、この開幕戦を終えればもう少しはっきりと今シーズンの展望が見えてくるだろう。その意味でも、走る側としては開幕戦を制すれば主役となり、波に乗れることもあるし、逆に弱点を晒せば今後そこをつかれることになる危険性もあった。
例年通り、前年度ランキングの逆順に始まったタイムトライアル方式の予選は、琴音のタイムを同じLMSのフレデリカが上回ると、それをヤマダYC214のポテンシャルを最大限引き出したバレンティーナが僅かに上回り、そのタイムを目標に一瞬のミスも許されない緊張したアタックが続いた。
結果はシャルロッタが、「完璧なアタックだった」と勝ち誇っていたバレンティーナを暫定トップの座から引きずり降ろし、昨シーズン後半から続ける連続ポールポジションの自己記録を伸ばした。エレーナの記録まではまだまだ遠いが、今シーズン中に破り、死ぬまで更新し続けるそうだ。さらにインタビューでは、バレンティーナに対して「どんなにハイパワーのマシンもってきたって、所詮80ccのガソリンエンジンであたしに勝てるわけないわよ。あたしのはハイブリッド動力なんだから」と言い出して一瞬騒然とさせたが「ガソリンと魔力のね」と続け、“ああ、いつものシャルロッタか……”と今シーズンも安定のお馬鹿さで記者たちを安心させた。
バレンティーナに次ぐ三番グリッドを獲得したのは、大穴のフレデリカ。LMS H-03のスピードがトップレベルであることは証明されたが、レースでどこまでワークス相手に奮闘できるか、まだ色物と見る意見が多い。
フロントロー最後の席は、前年度チャンピオンのラニーニ。まるでシナリオに書かれていたかのように、4チームのエースライダーが最前列に並んだ。
二列目にはナオミ、アイカ、スターシア、琴音と並び、三列目にアンジェリカ、ハンナ、ケリー、リンダと続き、四列目ではあるが予選13位タイムのマリアローザまでが1秒以下の差しかなく、中でもポールのシャルロッタから6番手のアンジェリカまでがコンマ5秒以内という、まさに4チームが入り乱れての激戦を予想させた。
レースがスタートすれば、練習走行ではない混戦が予想され、四人のエースライダーとバイクの速さだけでなく、チームとしての総合力、チームVALEとLMSの実力が本物かどうか、新しいチームリーダーとなったリンダと愛華の指揮能力を見極めようと、開幕キックオフを世界が待ちわびていた。




