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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
220/398

再デビュー

 ストロベリーナイツとブルーストライプスは、リスクを伴うほどの強引な刺し合いや接近は避けながらも、互いに抜いたり抜かれたりしつつ周回を重ねていた。ボクシングに例えるなら、軽いスパーリングといったところだろうか。

 軽いジャブの応酬であっても、見る者が見れば両者の実力はわかる。当人同士であれば、意気込みや集中力、心の中まで感じることもある。


 新生ストロベリーナイツと新生ブルーストライプス。と言っても、どちらも一人抜けただけで、互いに知りつくしているメンバーだ。

 確かに女王エレーナと伝説のアシストであるハンナが居なくなった影響は、両チームにとって計り知れない。それでも両チームの走りがまったく乱れる様子を感じさせないのは、全員が互いによいところも悪いところも知り尽くしている者同士だからだろう。今季もMotoミニモクラスの双璧(ライバル)であり続けると思わせるには十分なチームワークだった。

 

 


 リンダはアカデミーでハンナに鍛えられ、彼女の下で昨シーズンを戦った。そしてチームメイトと共に前評判を覆し、ラニーニをチャンピオンに輝かせた自信がある。

 ハンナを尊敬し、その奥深さは到底自分など及ばないと達観しつつも、彼女から教わった技術と経験を共有するラニーニとナオミを信頼し、彼女らと共に新生ブルーストライプスを作り上げていく意欲に充ち溢れていた。ラニーニとナオミからも、同じ思いが伝わって来る。


 ストロベリーナイツも同様に、偉大な司令塔の抜けた穴を埋めようとチーム全員が一致していた。

 シャルロッタ、スターシアともに、GP界最高と言われるのものを持っていても、経歴では二人合わせて更に愛華の戦績を加えても及ばないほど偉大な女王エレーナ(現役のライダーすべてを足しても、タイトル、優勝回数共にエレーナに届かない)。そのエレーナすら、未だ成し遂げられていないシャルロッタによるチャンピオン獲得(GP最速であると同時に最大のバカと言われる所以でもある)に、エレーナ抜きで挑もうとしている。

 バイクの性能では今季もヤマダ優位と予想されるが、シャルロッタも(以前より)真面目にテストに臨んでいる。


 

 エレーナはピットに設置されているモニターで両チームの模様を窺っていた。自チームの走りに満足しながらもライバルチームであるリンダの司令塔としての覚悟を、強く感じていた。いや、彼女だけでなく、ラニーニとナオミからも、昨シーズン以上の自信と成長を感じる。


(チャンピオンチームとなった誇りと責任が、いい方向に彼女たちを進化させたか……。そういえばシャルロッタも変わってきた。はじめは、すぐにまたバカ始めるだろうと思っていたが、ラニーニたちと模擬レースのような形になっても暴走しはじめる様子はない。それにスターシアが積極的に二人を引っ張っているのも、意外と言えば意外だな)


 今回、スターシアにチームをリードするよう頼んだのは、他ならぬエレーナ自身なのだから随分失礼な言い様なのだが、普段の彼女はエレーナが歯痒くなるほど緩い。

 いざとなればエレーナをも戦慄させるほどのテクニックを見せつけるくせに、あくまで補助役に徹しようとする。エースはもちろん、精神的タフさの要求される司令塔にも向いていない。


 開幕までに愛華を司令塔とするつもりだ。技術的にはまだまだ成長途中だが、無理なことでも任されれば何としてもやり遂げようとする責任感の強さ。エレーナに匹敵するしつこさ、諦めの悪さはスターシアにはないものだ。愛華は彼女たちまでその気にさせる力まで持っている。


 日本に戻っている間に、気持ちをリフレッシュさせ、人として成長してくれたことは思惑通りだったが、シャルロッタやスターシア、おまけにラニーニやナオミのここまでの成長は予想していなかった。そしてさらに想定外の強力なライバルを誕生させていたことに、このあとすぐ気づくことになる。

 

 

 ストロベリーナイツとブルーストライプスが合同テスト恒例の模擬バトルを繰り広げているところへ、ハンナ率いるLMSチームが追いついた。昨シーズン、ブルーストライプスの中心だったハンナのチームとはいえプライベートエントリーの新参チームだ。当然スルーすると誰もが思ったが、堂々と模擬バトルに加わってきた。この時点では誰もが場違いのチームがせっかくのバトルに水を注すものとウザく思ったが、エレーナには勝手に加わったというより、ストロベリーナイツとブルーストライプスのライダーたちが積極的に迎え入れたように見えた。

 


 想定外の勢力の台頭とは、既存勢力の側からの視点であって、当事者としては当然台頭する事をめざしていた訳であり、想定外と言われるのは心外であろう。勿論、ライバルやファンを驚かせるのはドラマチックであり痛快だ。それを狙い敢えて隠す場合もある。


 ハンナには、特に隠していたつもりはない。ヤマダとの技術提携とフレデリカの加入により、注目もそれなりに集めていた。もっとも技術提携といっても、市販用エンジンを供給してもらい、スペシャルキット(ハイレベルレースユーザー向けのチューニングキット)の開発を委託されただけに過ぎない。それはそれでLMSハンナとしても自由に開発出来るし、今年から適用される新カテゴリーに、プライベートチームとしてエントリーしているので、あまりヤマダの資本が入るとクレームがつきかねないのでちょうどいい。

 プライベートチームにはエンジン使用台数に制限はないものの、メーカーが膨大なコストと最新鋭の技術を投入したエンジンとは根本的に違うものだ。だがそれを差し引いても、ハンナには三強と言われるワークス勢相手に、勝てないまでも一泡噴かせる算段があった。

 明確に表彰台も夢ではないと確信を得たのは、やはりフレデリカの加入後だ。

 


 フレデリカを初めて見た時、シャルロッタと同じ類いの才能をハンナは感じた。同時にシャルロッタ同様、プロフェッショッナルライダーとしての意識の欠如、それ以前に人間的に成熟していない印象が強かった。

 フレデリカが不運だったのは、理解してくれる人間がまわりにいなかったことだろう。これはフレデリカが不運だったというより、シャルロッタが恵まれていたと言うべきだろうか。

 確かにケリーはフレデリカの才能を理解していたが、ヤマダという大きな組織の一員として彼女に接する事しか出来なかった。

 バレンティーナもフレデリカの才能をわかっていただろうが、自分の地位を脅かす存在と認識した。


 マシン開発における意見の食い違い、メカニカルの初期トラブルに悩ませれながらも、シーズン前半は世界に衝撃を与えるには十分な走りを見せた。だが、ライバルたちから強敵と見なされると同時にチームとの溝も深くしていった。支援するチームメイトのいない状況での無理な走りが祟り、持病の手首腱鞘炎を悪化させ、シーズン途中で欠場を余儀なくされた。


 ヤマダとの合同テストで鈴鹿に出向いたハンナは、フレデリカの来季のスケジュールが空白になっている事を知った。

 ハンナに言わせれば、自業自得だ。これまで多くの者が恵まれた才能を無駄に浪費し、消えていくのを見てきた。真の才能とは、挫けぬ意思だと思う事すらある。ただフレデリカの才能は、このまま腐らせてしまうのはあまりに惜しい。その時は、自分のチームに招き入れようとは考えていなかった。純粋にフレデリカ自身、そしてMotoミニモの将来の為に、もう一度這い上がって欲しいと願う気持ちで話しかけたに過ぎない。


 新しい世代ニュージェネレーションの四強と呼ばれ、ラニーニ、シャルロッタ、愛華はそれに相応しいライダーへと成長していった中、フレデリカの時間だけが止まってしまったようだった。

 アメリカに一人帰り、同世代のラニーニやシャルロッタ、愛華たちの活躍をどのような思いで観ていただろうか?

 無名の琴音が自分の代役として出場し、注目を浴びるのをどう思っていたろうか?


 話してみてハンナが感じたのは、新しい世代の中でも一番変わったのはフレデリカだと。

 決して悪い意味にではない。無邪気なヤンキー娘は、プロライダーの顔になっていた。

 

 

 



 フレデリカにとって、このメンバーで他のチームと走るのは初めてだ。ヤマダ本家のYRCチームとは同じサーキットでテストしていても交わる事はなかった。表向きはそれぞれ別のチームであり、ライバルとして手の内を曝さないためとされていたが、フレデリカとバレンティーナの不仲を配慮したものであるのは明らかだ。


 ワークスでは、他のチームのライダーよりチームメイトの方が厄介だった。フレデリカにとってレースは個人競技、チームワークなど必要なかった。例え相手が束になって来ても、力で捩じ伏せられると思っていた。シャルロッタと愛華、ハンナとラニーニたちに追い詰められ、個の力の限界を感じた後でさえ、負けたのはこのレーススタイルにであって、自分は最高のパフォーマンスを演じたと思っていた。否、本当は負けを認めたくなかっただけだ。


 レース結果から目を背け、シャルロッタに挑むことだけにとり憑かれていった。その結果が日本GPでのエレーナ、シャルロッタを巻き込んだ多重クラッシュだ。エレーナに怪我を負わせ、フレデリカは最終戦への出場を禁止された。シャルロッタも日本GPでのリタイアがなければ、タイトルを獲得していた可能性は高い。その責任を自覚していた。


 一月の鈴鹿でシャルロッタと顔を合わせた時、当然日本GPでぶつけたことを責められると思っていた。

 予想していた通り、シャルロッタはライバル心剥き出しにフレデリカを挑発してきた。しかし、それは速いライダーが速いライダーと競い合いたいという、純粋な競争心からのように感じられた。まるで日本GPの事故などなかったかのように、いや、事故に巻き込まれたことはしっかりと覚えているようだったが、それ以上に競争するのが楽しそうだった。

 フレデリカも楽しんだ。シャルロッタだけでなく、ラニーニやナオミ、愛華やスターシア、ハンナや琴音たちと、バカバカしくもド素人の子たちに乗り方を教えたり、対抗レースをするうちに、自分でも思いもしなかったほど熱くなっていた。

 そして気づいた。一人でやるより、チームメイトがいた方がハイレベルのパフォーマンスが演じられる。ライバル心は重要だが、信頼感がなくてはぎりぎりの競争なんてできないことを。


 ハンナは私のライディングの特徴をよく理解し、的確なサポートで流れを作ってくれてる。

 コトネとは言葉も通じないけど、まるで長くつきあっている恋人のように言わずともこちらの動きを先読みして、痒いところに手をまわしてくれる。

 ストロベリーナイツもブルーストライプスも、LMSを対等なライバルと認め意識してくれてる。

 シャルロッタは前よりも強くなっている。

 ラニーニもアイカも速くなった。鈴鹿でした私のアドバイスを試したのかしら?

 トモカたちにも感謝しなくちゃね。 

 敵が強くなって歓ぶなんて、バレンティーナなら馬鹿にするでしょうね。

 でも、強い相手と全部ぶつけて戦えるから興奮するのよ。


 

 開幕が待ち遠しい。早く本気でバトルがしたい!

 

 同じところを走っている皆が、全員同じ気持ちだった。 


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― 新着の感想 ―
[一言] エネルギー充填、120%って感じかな(チト古い⁈)
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