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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
218/398

だあっ!

 二月といえば、モータースポーツ界はラリーなどを除いて公式な競技も少なく、一般の人からの興味が薄れてしまう時期だ。特に二輪は、レースがないだけでなく、バイク好きも寒くて、雪の少ない地域でもあまり乗らなくなる。

 しかし、その年の二輪業界は、平年より平均気温の低い二月にも関わらず、例年になくHOTに盛り上がっていた。


 鈴鹿で収録された『モトライブ』の放送は、一月の終わりと二月の第一週に渡って放送された。

 特に大々的な宣伝などしていなかったが、現役Motoミニモトップライダーの出演が口コミで広まり、対抗レースの模様が放送された二週目は、正規輸入販売の始まったジュリエッタとスミホーイのCM共々、番組始まって以来の世間の話題となっていた。ただ、幸いというべきか残念というべきか、出演者の多く(白百合の体操部とバスケ部の後輩たちを除くほとんどすべて)は、日本を遠く離れ、季節が真逆の南半球オーストラリアにいた。

 

 


 番組の内容と視聴者の反応は、今年初のMotoミニモ合同テストの行われるフリップアイランドのパドックでも、インターネットを通して大きな話題になっていたが、放送されなかったドリームレースの方により大きな関心があるようだ。誰かが客席から撮ったレースの一部が、動画投稿サイトにアップされ、世界中のレースファンが詳しく知りたがっている。


 愛華たちは、その時の話を聞こうとする一部のしつこい記者にはうんざりさせられたが、卒業旅行でサーキットまで見学に来た紗季たちには、ルーシーさんが付いてくれていたおかげで、パパラッチのような芸能記者の不躾な質問責めに煩わされることなく、サーキット見学を楽しんでいるようだ。まあ、ルーシーさんが居なくても、ほとんどの記者は紳士的で、さらにどのチームの関係者も、見学に来た若い女の子たちにとても親切に接してくれている。稀にルーシーさんの目を盗んで彼女たちから話を訊き出そうととする不届きな記者がいても、彼らが追い払ってくれてるようなので、愛華も安心してテストに挑めた。

 

 

 そんな話題とは別に、テスト前のプレスカンファレンスで今季を占う上での重大なニュースが二つ飛び出した。


 一つは、ヤマダのフレデリカ・スペンスキーが、ハンナのチームLMSから出走する事。

 これまでフレデリカは、ヤマダワークスチームのメンバーとして名前が発表されていない。不仲といわれるバレンティーナとは一緒に走らせられないが、他のチームで走られるのも困るという理由から、ヤマダに飼い殺しにされるのでは?との噂まで囁かれていたが、ヤマダからエンジンの供給を受けるLMSからのGP出場で落ち着いたようだ。

 これにも様々な噂が飛び交っており、YRCがLMSにおしつけたというものや、LMSの話題づくりというものまであった。

 どちらかと言うとフレデリカは厄介者的なイメージらしかったが、一月に鈴鹿で共に走った愛華たちが知る限りでは、ハンナがフレデリカの類い稀な才能を買い、フレデリカもLMSの、ヤマダYC215にはないクイックなレスポンスが気に入ったような感じだ。

 その後、様々な交渉を経て、最終的に両者にとってベターなところに収まったと見てよいのではなかろうか。

 多くの記者は、ビッグニュースではあってもタイトル争いに関わる事はない移籍とみていたが、愛華もスターシアもラニーニもナオミも、あのシャルロッタまでもが、LMSが台風の目になる事を予感した。



 そしてもう一つのニュースは、ストロベリーナイツのエレーナが、今季GPにはエントリーしないという発表だった。

 エレーナが昨年末、骨折した脚と古傷である肩の大掛かりな手術をした事は、既に発表されていた。その回復が思うようにいっていない事も伝わっており、ある程度予測されていた事ではあったが、不確かな情報と公式な発表では重みが違う。年齢的に考えて、このまま引退では?との質問に、エレーナは肯定も否定もしなかった。


 しかし、エレーナの引退など、Motoミニモのライダーや元ライダーにとっては、まったく実感の沸かない話だ。仮にエレーナ自らが引退すると言っても信じないだろう。

 エレーナは、彼女たちがバイクに興味を持つ前、多くは自分の生まれる前から女王として君臨しており、彼女たちの憧れであり、目標であった。

 やがて同じステージに立ち、ライバル或いはチームメイトとして走るようになっても女王であり、自分が引退しても尚、エレーナは女王であり続けている。

 彼女たちにとってエレーナは、一人の優れたライダーというよりMotoミニモそのもの、或いは神に等しい存在とさえ感じていた。


 おそらく自分に娘が産まれ、ライダーになろうとするなら、その時もエレーナを目標とするだろうと……。

 

 

 チーム内では「そろそろ(らく)させてもらう」と口にしていたエレーナだが、当然ストロベリーナイツのチーム内でも、エレーナがこのまま引退すると考えている者は誰もいない。

 当然、公式発表以前にエレーナが休養することを聞かされていた愛華も引退するとは思っていなかったが、今年一緒に走れないのはすごく残念だ。だが怪我だから仕方ないし、無理はして欲しくない。しかし、シャルロッタの見方は、少しちがうようだ。 

「エレーナ様、絶対おいしいとこ持っていこうと企んでいるわね」

「おいしいとこ?」

 記者会見の模様をモニターで見ながら、シャルロッタはすべて見透かしているような顔で、愛華に話しかけてきた。

「そう、おいしいところ。エレーナ様抜きであたしたちが苦戦して、絶対絶命になったところであの人が復帰、それで劇的な優勝で、やっぱりエレーナ様はGPの女王、そんであたしは、エレーナ様がいないとダメな子、みたいなシナリオ考えているのよ」

「それはさすがに考えすぎじゃ……脚もまだ治ってないみたいだし、肩の具合も本当に良くないみたいだから、時間をかけて、完全に治すって言ってましたから」

「あんた、まだエレーナ様の本性わかってないわね。あの人がおとなしくピットから指示してるだけなんて耐えられると思う?」

「去年の最終戦は……」

「そこよ!あのレースであたしたちが負けて、絶対半殺しにされると思ったのに、レース後、エレーナ様はあたしに『よくがんばった』って言ったのよ」

 シャルロッタ的には不甲斐ないレースだったかも知れないけど、シャルロッタさんは本当によくがんばったと、愛華も思う。

「エレーナ様があたしをどつくのは、愛情の表現。それをしなかったのは、自分が走れなくて、悔しくて堪らなかったからなのよ!」

 たぶん悔しくて堪らなかったのは事実だろうが、どつかれるのが愛情の表現と解釈するポジティブさは羨ましい。

「わたしもエレーナさんには一日でも早く復帰して欲しいですけど、本当に怪我が治ってないわけですし、ぜんぜんシナリオとか考えてるはずないと思います」

「だから言ってるでしょ!今はベストなコンディションじゃないとか言って、クライマックスに向けて力蓄えているのよ。たとえ治っていなくても、おいしい状況になったら必ず登場するつもりよ。肩が動かなくても、脚が片方なくなっても、必ずあたしからおいしいとこ奪いに来るわ。なにしろ有史以来、この世界を支配してきた魔女なんだから!」

 シナリオとして考えていないにしても、すべてシャルロッタの妄想と言い切れないところが怖い。

「ちょっとわくわくしちゃいますけど、エレーナさんにあまり無理させたくはないです」

「そうでしょっ!エレーナ様に復帰されるとあたしもやりづらいし、あたしが勝っても、あたしの方がエレーナ様の引き立て役にされそうでイヤなの!」

 エレーナが好きなのか嫌いなのか、よくわからないことを言う。

「だから面倒なことなる前に、そのタネを摘んじゃうしかないのよ!」

「えっ、どういうことですか?」

 一番面倒のタネが、面倒なことを言い出した。

「簡単な話よ。要はエレーナ様登場のチャンスをなくしちゃえばいいのよ。あたしが初戦から勝ちまくって、早々にチャンピオンを決定しちゃうの。そしたら今さら、エレーナ様の出る幕はなくなるわ。もちろん、あんたとスターシアお姉様が表彰台の両脇固めて、ラニーニなんかにポイント獲らせないようにしてもらうから」

 なんだ、やっぱりエレーナさんが好きなんだ。

「わかりました。できる限り、がんばります!」

「がんばりますじゃ困るのよ。魔女を封印するには、揺るぎない強さよ!」

「は……はぃ」

 正しいこと言っているような気はするけど、どこか間違っているような気もする。

「『はい』じゃなくて『だあっ』でしょ!」

「だ、だあ……」

エレーナさん公認のチーム内ロシア語として定着している愛華の『だあっ』だが、人からやれと言われると妙に照れくさい。そもそも、これでいいんだろうか?

「声が小さいわよ。本気であの魔女を封印したいなら、もっと力強く!」


「だあっ!」


 愛華は目を瞑って、思いきり叫んだ。


 少し離れた所で、白百合のクラスメイトたちが愉快そうに見ていた。愛華は恥ずかしさで顔を赤めながら、「いいんだよね、まちがってないよね」と、いろいろな意味で自分を納得させた。

 

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[一言] そう来たか、ますます混沌としたシーズン。
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