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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
215/398

ちょっと本気かも



「あの背の高い子を引っ張っているのは、本当にフレデリカなんですか」


 伊藤社長からの協力要請もあり、中井真治とともに走行会の実況解説を引き受けたYRCの海老沢は、モニターを見ながら尋ねた。勿論、いくらゆっくりなペースで走っているといっても、彼がフレデリカを見間違えるはずがない。

「番組でそっくりさんは用意してませんので、たぶんそうだと思いますよ」

 中井は苦笑いして答えるしかない。彼がつまらない冗談しか返せなかったのも無理はない。彼自身、本当にフレデリカなのか疑いたくなっていた。


 シャルロッタに対抗するヤマダの秘密兵器として昨年デビューしたものの、あまりに異質なライディングスタイルとチーム内での確執、そして手首の持病の悪化から、その才能に見合う成績を残せぬままシーズンを終えたもう一人の天才フレデリカ。一般には速いけどシャルロッタ以上に協調性の無いライダーとして評価されている彼女には、海老沢も随分悩まされた事だろう。

 そのフレデリカが、ビギナーの女子高生に合わせて走っている。


 レースをやっていて、ある程度のレベルのライダーであれば、フレデリカでなくても50ccの市販バイクで鈴鹿サーキットのようなフルサイズのコースならほとんどノーブレーキで走らせられる。フレデリカなら全行程フルスロットルで走ってしまうだろう。

 彼女にとっては、真面目に走ること自体、退屈なことだろう。前日の体験走行の時でも、注意されていたにも関わらず、シャルロッタとふざけ合いながら張り合っていた。その彼女が信じられないことに、ビギナーが走り易いようブレーキングポイントではきちんとブレーキをかけ、手本を示すようなラインを走っている。


「シーズン中も、チームメイトに合わせるという意識が少しでもあれば、彼女もいいライダーになれるんですがね……」

「きっと昨シーズンの反省から、他人にも気を使うことを学んだんでしょうね」

 海老沢の呟きに、中野は少々辛口のコメントを返した。

 

 

───────

 

 フレデリカが今回、日本のテレビ番組への出演を承諾したのは、少しでも自分を売り込みたかっただけだ。

 現状、来季フレデリカがヤマダワークスのシートに跨がれる可能性は低い。


 先日、ヤマダは来季、バレンティーナを唯一のエースとして、タイトル奪取に集中することを発表した。

 アシストとしての評価がない上、バレンティーナと諍いのあったフレデリカは、難しい立場に立たされている。

 ヤマダとは二年契約を結んでいるので、金銭的な不満はない。しかし、ヤマダワークスとしてMotoミニモへの参戦は絶望的となっていた。おそらく国内(ナショナル)レースに出場させられるか、或いは他のカテゴリーへの転向、もしくはワークスチームの補欠と開発ライダーという名目の飼い殺しもあり得た。

 いずれにしろ、シャルロッタとのバトルを熱望するフレデリカにとっては、解雇通告に等しい。

 昨シーズン、前半戦こそ存在感を示したものの、チーム内のトラブルや手首の痛みからトップを走りながらレースを途中放棄するなどを繰り返し、後半戦はほとんど欠場したフレデリカを、ヤマダからすれば複数年契約を解消できる理由は、いくらでもあった。それを敢えてしないのはヤマダの温情と、やはりフレデリカこそ最速の一人だと見なしているからだろう。


 フレデリカの才能は、多くの人が認めている。その独特で豪快な走りには、コアなファンもいる。もしかしたらファンの声に食指を動かされたもの好きなスポンサーが現れるかも知れない。もう少しファン層が拡がれば、ヤマダの気も変わるかも知れない。

 勿論、素人相手のバイク教室に協力したところで、来季のシートが得られるとは思っていない。だが、オフシーズンにこれだけのメンバーが集まっているのだ。海外でも記事になるだろう。現在のMotoミニモを代表するライダーの中に、自分がいることをアピール出来ればそれでよかった。

 


 まったくの打算で参加したフレデリカであったが、流れから託された役割を本気で果たそうとしている自分に驚いていた。


 初心者なんて、適当に相手してやればいい。

 対抗レースの結果がどうあろうと知ったことではなかった。

 なのに今、ノッポが遅れないように本気で力を貸している……。


 元来の負けず嫌いの性格からだろうか?

 このチームが負けたところで、私のプライドは傷つかない。

 正直このノッポが、前を行く子たちに追いつくのは難しい。たぶんこの子にもわかっているはず。

 なのにどうしてそんなに一生懸命になれるの……?


 自分の価値観からは、理解出来ないことばかりなのに、本気になってつきあっている自分がいる。

 何故こんなに夢中になっているのか、フレデリカにもその理由はわからなかった。


 理由はどうあれ、この子と走るのを、今私は間違いなく楽しんでいる……。


 元々、走ることの意味だとか目的とかを考えるより、欲望に忠実な快楽主義者のフレデリカにとって、楽しいという理由だけで充分であった。


 スプーンコーナーは、下りながら進入し、上りながら立ち上がる複合コーナーだ。進入のスピードをうまく立ち上がりにつなげられれば、上りはそれほど影響しないだろう。そこを上り切ったら、最高地点からのジェットコースターのように駆け下るバックストレート。

 ストレートエンドの130Rから最終のシケインまでで、どれだけ詰められるか。レースでは、二輪四輪を問わず、幾多の名勝負が繰り広げられたパッシングポイントだが、素人がタイムを稼ぐのに相応しいとは言えない区間なのは、フレデリカにもわかっていた。しかし、そこに賭けるしかない。

「ここまで来たら、最後まで楽しませてくれること期待してるから」

「今でもすっごく楽しんでますけど、そんなこと言われたら、もっとすごいの期待しちゃいますよ」

「あんた気に入ったわ。……あのおチビさんが惚れるのも、わかる気がするわね」

「えっ、よく聞こえなかったんですけど、なんて言いました?」

「なんでもないわ。たっぷり楽しませてあげるから、びびらないでついて来なさい」

 フレデリカは智佳を率いて、折り返しのスプーンコーナーに進入して行った。



────────


 ラニーニは、スプーンの立ち上がりで後ろを振り返った。

 背後に気配がないのは気になっていたが、思ったよりフレデリカと智佳は遅れている。下りに入って智佳が頑張っても、ちょっと追いついて来れない差だ。

 愛華もその差を認識したのか、落ちつかない様子が窺える。


「アイカちゃん、こっちはわたしとコトネさんに任せて、フレデリカさんの手伝いに行ってあげて」

 愛華が今すぐにでも智佳のところに行きたいのを我慢しているのは、ラニーニにもわかる。


「でも……」

 愛華には、由加里と璃子を導く責任がある。最高速の出るバックストレートから130Rへの進入は、50ccとはいえ初心者には相当怖いはずだ。その先のシケインも、スピード感覚が高速に慣れているのでオーバースピードで入ったり、慌ててフルブレーキかけすぎてしまいがちな、初心者には危険なポイントだ。琴音とラニーニを信用していない訳ではないが、やはり学校の先輩でもある愛華がついていた方が、由加里も璃子も不安は小さいと思われた。


「愛華先輩、わたしたちは大丈夫ですから、智佳先輩のところへ行ってあげてください!」

 ラニーニと愛華のやり取りから、智佳の状況を察した璃子が割り込んできた。

「でもそれだとあなたたちが」

「先輩いなくても、わたしたちには琴音さんとラニーニさんいるから心配ありません。でも智佳先輩は、フレデリカさんだけじゃ大変みたいなら、行ってあげてください」

 由加里も智佳の置かれている状況を理解したようだ。智佳には対抗心みたいなものがある気がしていた由加里が、チームメイトとして気づかってくれることにじんとくる。でも由加里にまで愛華は必要ないと言われのは、ちょっとさみしい気もする。


「アイカちゃん、早くしないと間に合わないよ」

 ラニーニが促した。

「この子たちは、責任持ってゴールまで連れて行きますから心配いりません」

 琴音も、骨伝動タイプのヘルメット内蔵スピーカーのおかげで日本語でのコミニケーションには不自由しないから、実は愛華より安心かも知れない。

「わたしたちが速いタイムでゴールしても、智佳先輩が遅かったら、わたしたち負けちゃうんですから」

 嫌われるような言い方してても、由加里も智佳を心配してるんだ、たぶん……。

「愛華先輩、智佳先輩をお願いします」

 璃子は純粋に智佳を心配しているのを感じる。


 でも、みんなが同じことを願って、立派にチームになっている。


「すぐに智佳を連れて行くから、みんなも最後まで油断しないでね!琴音さん、ラニーニちゃん、この子たちを頼みます!」


「「「「だあっ!」」」」


 全員が、愛華の返事を真似て応えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鈴鹿のスプーン。とても懐かしく思います。30年以上も前の大昔、改修された後のこのコーナーで旗振りしてました(笑)
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