愛華の知らない智佳の秘密?
二本目はかめさんチームから先にスタートして行く。彼女たちは一本目と同じように、由美にはハンナが、紗季にはスターシア、亜理沙にはナオミがそれぞれマンツーマンで先導しながら、集団を形成していく。シャルロッタはバックアップ要員として、柔軟的かつ臨機応変に対処するらしい。要するに単なる賑やかしだ。それでもシャルロッタの派手なパフォーマンスのおかげで、紗季たちが過剰なプレッシャーから解放されている面もあるので、無用とは言い切れない。
かめさんチームのいなくなったスターティンググリッドに、うさぎさんチームがバイクを並べた。ポールポジションのグリッドには智佳、その斜め後ろにフレデリカが位置する。
「智佳、無理してフレデリカさんについていかなくてもいいからね、絶対に無理しちゃダメだよ!」
「わかってるって。愛華こそ、璃子のこと、よろしく頼むよ」
愛華の心配など、まったく気にしてないように智佳は答えた。
(無理するもなにも、バイクが走ってくれないんだから無理しようもないじゃん。愛華は自分はいつも無理するくせに、人のことだとホント心配性だなぁ)
愛華は転倒とかより、なにかほかのことを心配しているような気がしないでもないが、もう一人、智佳を心配する者がいた。
「智佳先輩、わたしも心配です。やっぱりわたしも先輩と一緒に走ります!」
バスケ部後輩の璃子だ。
「いや、璃子がわたしと走ったら意味ないでしょ!?」
(璃子にまで心配されるわたしの乗り方って、そんなに危なく見えるのかな?)
璃子はまちがいなく、乗り方の心配をしているのではないと思う。
そわそわと落ち着かなさそうな二人とちがって、由加里は比較的冷静なようだ。
「愛華先輩も璃子ちゃんも心配しすぎです。智佳先輩はきっとやってくれますから、もっと信じてあげましょうよ。智佳先輩!フレデリカさんと頑張ってくださいね」
「おーッ!任せろ。わたしに追いつかれないように、おまえたちも一生懸命走れよ」
(わたしのこと信じてくれるのは由加里だけか。でもなんか刺々しい言い方だったな)
由加里の呼びかけからは、なんとなく愛華から遠ざけたい気持ちがこもってる気が、しないでもない気がする……。
日本語での会話は、愛華もあえて通訳しなかったので、ラニーニやフレデリカにはどんなやり取りがされているのかわからない。
ただ、その雰囲気は、シーズン中何度も経験してる、あのストロベリーナイツの雰囲気と似てる、とラニーニは思った。チームメイト同士、あまりまとまっていないように見えても、ライバルとしては決して油断ならない、あの雰囲気だ。しかし今日はラニーニも、同じチームの一員だ。
(なんか不思議な気持ちだけど、今日はわたしもチームメイト、すごく楽しみ)
「もうすぐスタートだよ。みんな準備はいい?」
ラニーニの声と同時に、スタートのカウントダウンが始まった。
本物のレーシングマシンと比べると迫力は欠けるものの、2サイクルエンジン特有のカン高い排気音を響かせて、七台のオートバイがスタートした。
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「へぇ、自分から私と走りたいって言うだけあって、思ったより頑張るじゃん」
フレデリカは、ダンロップを上りきり、緩やかに下るデグナーに差し掛かったところで後ろを振り返ると、智佳がぴったりついて来ているのを確かめた。
「前のお嬢ちゃんたちとの間隔もほどよく開いてるし、ちょっと気合い入れて行くわよ。ここで詰められないようなら、それまでだからね」
もともと一つのコーナーだったものを、コース改修で複合コーナーとしたデグナーコーナーだが、実際には短い直線を挟んで明確に二つのコーナーに分かれている。
デグナー最初のカーブは浅く折れている感じで、小排気量のマシンではフルスロットルで駆け抜ける。だが、その前のダンロップの上り勾配で、見通しの悪いブラインドとなっており、慣れないとライン取りが難しい。走り込んでるライダーと経験の浅いライダーとの差が意外と表れる区間だ。
今回はフレデリカが先導してくれてるので、智佳はついて行けばいいのだが、そのラインが初心者を気づかったものとは到底思えない。
イン側の縁石を掠めたらそのままアウトいっぱいまで膨らみ、外側のゼブラの上を平気で通っていく。
そして直角に近く折れ込んだデグナーの二つめ、ここを如何にスピードを落とさず抜けられるかで、ヘヤピンまでの上りのスピードが大きく違ってしまう。フレデリカの言う通り、ここでスピードを落とすと致命的な遅れとなるだろう。
智佳はぴったりとフレデリカの後ろについて、デグナー2を曲がった。外側縁石の上いっぱいまで膨らむが、なんとか踏み留まって、スピードを保ったまま立体交差をくぐる。
上りに差し掛かっても、前を行くチームメイトたちの差が詰まっていく。それまでのスピードが生きている。
「よ~し、このままヘヤピンでパスしてやるぞぉ」
智佳の気合いが、ますます高まった。
しかし、一旦ラニーニの後ろ数メートルまで近づいたものの、ヘヤピンが近づくにつれ加速が鈍くなって、再び離される。やはり全開の上りでは体重差がモロに出る。それでも智佳のモチベーションは下がらない。フレデリカも決して軽いライダーではない。コーナーで挽回できることはわかった。彼女について行けば、必ずみんなのところへ連れていってくれるはずだ。
フレデリカのブレーキランプが一瞬点灯するが、ほとんど減速しないままバイクをカクッと曲げた。思わず唸りたくなるくらい鋭くインに切れ込んでいくが、フレデリカにすればゆっくり丁寧に曲がったつもりで、ここまでついて来た智佳にも決して曲がれない速度ではない。
智佳も同じところで一瞬だけブレーキレバーを握り、バイクを寝かせた。
鈴鹿で一番鋭角なコーナー。智佳もフレデリカのようにとはいかなくても、教わった基本通りバイクは気持ちよく曲がっていく。これまでで一番深くバンクさせているのに、まったく恐怖心はない。
しかし智佳は、フレデリカのラインより少し外側に膨らんでいるのが気になった。
(もっとインに寄せなきゃ)
必死について行こうという思いで、左側のハンドルを引いた。
オートバイの操作に強引さは禁物だ。レース中の熾烈なバトルの最中にはそうも言ってられないが、ハンドルをこじるような動きは、本来バイクの持っている旋回力を損うものでしかない。
バランスよく旋回状態に入っていたのを、ハンドルをこじるような動きで、フロントに大きな力が加わった。
フロントタイヤがズルッ、と滑るのを感じて智佳は慌てた。瞬間的にアクセルを戻し、バンクしていたバイクを慌てて起こす。
実際にフロントが滑ったのは、ほんの数センチほどだった。しかし、端から見ればほとんど気づかないほどのスリップでも、乗ってる本人、特に経験のない智佳には、転倒のイメージが浮かぶには充分なハプニングだった。
「うわーっ、転ぶかと思った……って、せっかくいいとこまで追いついてたのに、遅れちゃったよ!早く追わないと」
「トモカ、落ちついて。焦らなくても大丈夫。ここからは勾配も弛くなるから」
ヘヤピンの中程でジタバタしている智佳に、フレデリカが振り返って呼びかけた。
「でもせっかくフレデリカさんが上手く引っ張ってくれたのに、わたしのミスで台無しにしちゃったから」
「バスケの試合でも、ポイント獲られたからっていちいち焦ってたら敗けでしょっ!頭切り替えなさい。この先の二輪シケインは、みんなも速度落とすから、すぐ取り戻せるわ」
フレデリカは、智佳の得意なバスケに例えて励ました。バスケにはあまり詳しくないが、アメリカ人にとって身近なスポーツなので、ゲームは知っている。
バスケの試合にパーフェクトゲームなどあり得ない。シュートが必ず入るとは限らないし、完璧なディフェンスもない。ポイント獲られるのは当たり前だ。獲られたら、すぐに攻撃に移る。こちらが決めたらすぐに相手もまた攻撃してくる。シュート決めてもミスしても、すぐに次のプレーに集中しなければならない。その繰り返しだ。
(そうだよね、試合終了の瞬間まで自分のプレーに集中しなきゃ)
智佳は失敗を振り払い、攻撃モードに切り替えた。
「フレデリカさん!まだまだ行けますよね!ガンガン攻めて行ってください!」
「その意気よ。でも気持ちだけでつッ走ったらたらダメよ。自分だけでなくて、バイクを気持ちよくさせるつもりで走りなさい」
フレデリカに言われて、きのう彼女の教えてくれたバイクの極意を思い出した。
エンジンが気持ちよく回る回転域に入れてアクセルを捻ると、それに反応してジュリエッタはかん高い排気音をあげてくれる。
前でフレデリカが、二輪専用シケインにカットインしていく。智佳もそれに続く。ただ真似するだけでなくバイクの反応を意識しながら。
タンクを挟み込んだ太ももで、ジュリエッタをぐっとインに向けると、彼女はその身をくねらせる。
智佳は上に股がったまま、今度は反対側に捩らせる。それに合わせて彼女も敏感に身をくねらせた。
(この子、わたしの動きに合わせて、気持ちよくなってくれてる……)
リズミカルに右、左、右、とシケインをクリアしていく。
「さぁ、調子取り戻したところで、本気でみんなを追い上げるわよ。この先はスプーンコーナーまで下りよ」
フレデリカは智佳に声をかけながら確信していた。
(初めてだって言ってたけど、この子、絶対経験あるわね)
フレデリカが、智佳に何の経験あると思ったのかは知らぬが、二人の視界は、広く開けたスプーンコーナーを曲がって行くうさぎさんチーム本隊を捉えていた。




