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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
213/398

アイカ、動揺する

 期待していなかった勝利は、予想していた勝利より歓びが大きい。そして、予期しなかった敗北は、予想されていた敗北よりショックが大きい。


 一本目のタイムトライアルを終えて、うさぎさんチームは打ちのめされていた。いつもなら決して諦めたりしない彼女たちも、敗因が努力や頑張りでどうにかなるものでないだけに、暗い雰囲気になってしまう。


「体重差でハンディキャップをつけてもらうようにお願いしてみては?」

 沈み込む愛華たちに、由加里が提案した。彼女にとっては、自分がハンディを背負わされるのも理解した上で、智佳に気を使ったのだろう。この雰囲気をなんとかしたいという思いが伝わってくる。


(わたしたちが落ち込んでたらダメじゃない。とにかく、後ろ向きの考えを変えないと……)


 愛華の取り柄は、どんな状況でも絶対に諦めないことだ。なのに初心者の後輩の方が必死になんとかしようと考えてる。不甲斐なさを感じると同時に、自分が手本を示さなくてはならないと自分に言い聞かせた。


「Motoミニモは体重によるハンディキャップなんてないから。この対抗戦だって、今さらハンディつけてなんてのはフェアじゃないよ。それにハンディつけるとしたらみんな体重を公表しなきゃならないんだよ。わたしたちは平気だけど、いつも体重のこと気にしてる紗季ちゃんとか可哀想だよ」

 体重の軽さは、GPでも愛華自身が一番恩恵を受けてきたものだ。最初から決まっていたならともかく、都合の悪い時だけ持ち出すことはできない。少しでもみんなが前向きになるように明るく言う。

「とにかく、わたしたちにできることを精一杯やりましょう!琴音さん、上りに入る手前から、できる限りスピードがのるラインで先導してください」

 鈴鹿を一番走り込んでいる琴音にリードを頼んだ。

「わたしが琴音さんのラインをトレースしながら智佳を引っ張るから、由加里と璃子さんは智佳についてきて。ラニーニちゃんは後ろから全体の様子のチェックをお願い。もしも誰か遅れるようなら、フレデリカさんとフォローしてあげてください。フレデリカさん、お願いしていいですか」

 愛華はこんなお願いをフレデリカにするのは気が引けたが、それしかなかった。

「私に上手くバックアップなんてできるかわからないけど、やってみるよ。出来れば誰も遅れないで欲しいね」

 フレデリカは積極的ではないにせよ、合意してくれた。


 琴音に上り坂対策のラインを頼んだことと、智佳を愛華のすぐ後ろのポジションに配置した以外、基本的には一本目と同じだ。劇的な変化は望めないが、これで頑張るしかない。


 しかし、愛華の作戦に異を唱えたのは、意外にも智佳であった。

「あのさ、一番ダメだったわたしが言うのもなんだけど、璃子たちはわたし抜きで走った方がいいと思うんだ」

「そんなのダメだよ。みんな一緒じゃないと。それに一番最後の人のタイムを比べるルールだから、智佳が諦めたらわたしたちの負けなんだよ」

 愛華はここに来て、智佳がやる気をなくしたんじゃないかと疑った。

「そうじゃなくてさ、勝つために別の走り方した方がいいと思うんだ。一本目のトライでわかったんだけど、まずスタートでわたしは出遅れた。だけど最初のコーナーではけっこう追いつけた。生意気言っちゃうと、スタートは遅いけどコーナーはわたしの方が速く走れたと思うんだ。でも愛華の作戦だと、スタートでわたしのペースに合わせたら璃子や由加里のいいところ発揮できないし、コーナーじゃ璃子たちが無理しなきゃならない。上りとかも同じで、苦手な人にペース合わせてたら、チーム全体が全部の区間で遅くなっちゃうと思うんだよね。だからわたしは、みんなとは別に、私のペースで走った方がいいと思うんだ」


 智佳の言う意味は、愛華もわかっていた。しかし、脱落者を出せないこのルールでは、みんながまとまって走る方が確実だ。


「トモカさん、気持ちはわかるけど、上り坂の遅れを単独で取り戻すのはきびしいと思うの。たぶん集団で走った方がペースは速くなるから」

 ラニーニも愛華と同じ意見のようだ。レースではスプリントが得意なアタッカーが先行する作戦もあるが、それはライバルのペースを乱すのが目的であり、大抵全体としてのペースは遅くなる。そもそも智佳が追いつけないほど離れたら、このイベントを潰してしまいかねない。


「それはわかっているけど、このままじゃ、さっきと同じだと思うんだよね。向こうのチームの誰かが大きな失敗でもしてくれないとたぶん勝てないんじゃないかな?でも、由美はシャルロッタさんが言ったように、エレーナさんを小型にしたみたいなクールな冷血女。紗季は知っての通り、おとなしくてもきっちり役割を果たす優等生。亜理沙ちゃんはふわふわしてるけどプレッシャーとは無縁の人。あまり失敗は期待できないと思う。わたしなんかが、愛華やラニーニさんに意見するなんて生意気かもしれないけど、たぶん一本目よりいいタイムでくると思うんだ。だって、相手にはスターシアさんやハンナさんがついているんだよ」


(由美さんのことをエレーナさんのような冷血女と呼ぶのはちょっとだけど、なんかわかる気がする。いやべつに、決して二人とも冷血女とか思ってないけど、自分の目的を必ずやり遂げる意思の強さとか実行力とか、クールに見えて実はやさしいところなんかも含めて、雰囲気は似てるかも……)


 由美がエレーナに似てるかはさて置き、確かに彼女たちが大きな失敗をするとは考えにくい。そして智佳にペースを合わせてたら、かめさんチームより速く走るのは難しいだろう。だからといって、智佳を切り離すのは嫌だった。それで勝てるとは限らないし、たとえ負けるとしても、みんなで力を合わせて走りたい。


「私がトモカの立場だったら、同じこと言うわね」

 どちらかというと、一歩引いて作戦会議を眺めていたフレデリカが、唐突に口を挟んだ。全員が彼女に振り向く。

「あっ、いや、べつにアイカに反論してる訳じゃないけど……ほら、私はみんなとあまり親しい訳じゃないし、もともとチームワークとかあまり上手くやれるタイプじゃないからさ。でも、みんなのことは好きだよ。だからさ、みんなに合わせられなくて自分が足手まといになるくらいなら、自由に走らせてくれた方がいいな、ってね。まあ、私の場合は、単独でも追いつける自信あるからね」

 世界チャンピオンを含めたランキング上位者相手に単独でも追いつけると言い切るのは、傲慢というよりフレデリカが照れを誤魔化してるように感じた。まあ実際、同じ条件で単純に速さを比べたら、彼女に勝てるのは、シャルロッタぐらいしかいないとは、愛華もラニーニもわかっている。


 愛華は下りのコーナーがあまり得意ではない。上りはトラクションをかけるリアタイヤに自然と荷重がかかり、減速もしやすいが、下りはフロントへの負担が大きくなり、不安定な時間が長くなる。スミホーイのホームコースであるツェツィーリアのテストコースは、滑走路を利用したもので、ほとんどフラット。そこで練習している愛華は、他のコースに行っても上り坂はむしろ走りやすいくらいだが、下りは今でも苦手意識がある。といっても上りと比べてという話で、下りで愛華についていけるライダーは世界でも数えるほどしかいないレベルの話だが。

 愛華ですら苦手意識が拭えない下りコーナーは、当然初心者にはかなりの難所だ。由加里も璃子も、テクニック以前に不安感が先立って、思ったように走れなかった。もちろん愛華たちも無理をさせず、慎重に先導していた。ただ、智佳だけは恐怖心より上り坂でのフラストレーションからか、心配になるほどアグレッシブに攻めていた。


(もしも前が詰まっていなかったら、上りの遅れを取り戻せてたかも知れない……)


 だが、いくらセンスがいいといって、経験のない智佳に下りで無理させていいのか?安全対策は十分取られていると言っても、万が一の事もあり得る。アクシデントまで至らなくても、コースアウトしたらそこでゲームは終わってしまう。


(やっぱり、みんな一緒に走ろう。それで負けても、精一杯がんばった結果なら仕方ないよ。これはみんなにオートバイの楽しさを知ってもらうためのイベントなんだから)


 愛華がそう決意した時、智佳が再び口を開いた。

「ねえ愛華、今、負けてもいいって考えたでしょ?そりゃあ、これはお遊びのゲームかもしれないけど、せっかくやるなら絶対勝ちたい。わたし、さっき愛華のレースしてるときの気分、ちょっと味わえた気がした。だけど愛華は、もし本当のレースだったら、負けてもいいなんて戦い方、絶対しないよね。勝ちに行こうよ。そしてみんなを唖然とさせてやろうよ。ブザービーターでポイント決めるの、最高に気持ちいいんだ」

 ブザービーターとは、バスケットボールの試合で、ゲーム終了のブザーの鳴る直前に放ったシュートが決まり得点となるプレーの事だ。バスケでは、終了前に手を離れたシュートは、ゴールに入るのが終了後でも得点となる。空中にあるボールの行方に全選手、すべての観客が注目する中、ゴールに吸い込まれる瞬間は、バスケットボールのプレーの中でも最も劇的瞬間の一つだ。

 最後までゲームを諦めない智佳らしい喩えで、そのプレースタイルは愛華も大好きだ。


(そうだよね、一生懸命やるから楽しいんじゃなくて、最後まで勝とうと努力するから、感動するんだよね)


 愛華は、智佳に賭けてみるのもありだと、考えを改めた。


「でも……、絶対に無理はしないって約束してくれる?」

「うん、絶対むちゃしないから」

 智佳はニコニコ顔で答えた。この笑顔はシャルロッタ並みに信用ならない。


「……………」


 そう、こうゆう自信満々な態度の人に、いつも苦労させらてきたんだ。でもなぜか、わくわくしてしまう自分が、なんだか怖い。


「なに?」

「なんでもない。それじゃあラニーニちゃん、フレデリカさんと一緒に、由加里ちゃんと璃子さんをお願いします。琴音さんはそのまま先頭を。わたしは智佳をサポートします」

 それぞれが頷く。が、

「ちょっと待って。愛華はこのチームのリーダーなんだから、本隊から離れちゃダメでしょ」

 また智佳が口を挟んだ。


 愛華がうさぎさんチームのリーダーと決められている訳ではないが、流れからまとめ役にはなっている。

 ラニーニは、由加里から大好きな愛華のライバル?或いは愛華を巡る自分のライバル?として見られているようだし、琴音とフレデリカは、由加里も璃子も昨日初めて知り合ったばかりだ。確かに心配と言えば心配だ。それより愛華自身が智佳から拒否られたみたいで、ちょっと凹む。


「でも、だったら誰が智佳をサポートするの?」

「わたしに指名させてもらえるなら……」

 智佳は勿体ぶって、GPライダーたちをぐるりと見回した。


「フレデリカさんにお願いしたいな」

 よりによって、初心者のリード役として一番相応しくなさそうな人の名をあげた。

「えっと、智佳……、フレデリカさんはすごいライダーだけど」

「えっ、なんか都合悪いの?だってフレデリカさん、この中で一番背が高いし、スリップストリーム使うなら大きい人の方が効果大きいんだよね。それに昨日の体験走行でも、シャルロッタさんと対抗してカッコよかったもん」

 智佳ほどではないにしろ、フレデリカはMotoミニモのライダーとしてはかなり背が高い。しかし、カッコいいからとか言うのは、やっぱり智佳もバイクは素人なんだと思わされた。

「智佳はまだわからないかも知れないけど、フレデリカさんは特別だから……、特別すぎてあまり初心者の手本っていうか、教えるのは得意じゃないから」

「え~ぇ?そんなことないよ。きのうフレデリカさんに教えてもらったこと、一番説得力あって、なるほどって勉強になったよ」


(フレデリカさんの教えって例の『ライディングはセックスと同じ』ってやつ?なんの勉強になったの!?)


「あの、だから、えっと、智佳には合わないから。だって智佳はバイクは初心者だし、せ、せ、せっくすとかも、これはまだ初心者以前の話で、ぜんぜん経験もないし、想像もできないでしょ!?だからフレデリカさんだって、智佳に合わせるなんて難しいと思うの!」

「その子が楽しみたいって言うんなら、こっちは全然構わないわよ」

 愛華の心配をよそに、フレデリカが色っぽく微笑んで名乗り出た。

「フレデリカさんゴメンなさい!トモカは経験ないから、フレデリカさんが特別だってわからないんです」

 愛華は智佳の失礼を、フレデリカに謝る。というか遠ざけようとしてる。

「いやいや、好奇心だけで言ってるんじゃなくて、純粋にフレデリカさんに引っ張ってもらうのが合理的だと思ったんだけど。ライディング理論も一番わかりやすかったし、物理的に一番適切だし、それにカッコいいから一緒に走ってくれたらうれしいなぁ、って」

「私もあなたみたいなタイプ、嫌いじゃないわよ。意外と相性いいかもね」

「だから、その、トモカは初めてだから、わたしがリードしてあげないと」

「先輩、さっきからなんか、エッチなこと話してるみたいですよ」

「アイカちゃん、変な想像してない?」

 由加里とラニーニに言われて、愛華は自分の言ったことを振り返ると、恥ずかしくて消えたくなった。


(わ、わたしはただ、智佳のライディングを心配しているだけで、べつに智佳とフレデリカさんが変なことなるとか想像してないし、ぜんぜん妬いてなんていないから。フレデリカさんと智佳が仲良くなってくれたらうれしいと思ってるのに、わたしがなんでヤキモチ妬かなきゃいけないのか意味わからないし、まあ、わたしは智佳の親友だから、最初はわたしが教えてあげたいと思ってたけど、それはオートバイの乗り方であって、べつにエッチな考えとか想像する方が変で、でも智佳がわたしよりフレデリカさんがいいって言うのはちょっとさみしいっていうか、智佳の浮気者っていうか、べつにわたしには関係ないけど心配なんて……ぶつぶつ…………)


 愛華が一人ぶつぶつとつぶやくだけで特に反論しなくなったので、智佳のアシストはフレデリカに決まってしまった……。


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― 新着の感想 ―
[一言] う〜ん、乙女なレースですなあ。
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