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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
212/398

ゲームの中の課題


「一度、深呼吸しましょうか」


 スターシア様のやさしい声に、紗季はハッとして我にかえった。

 紗季が緊張するのも無理はない。昨日、はじめてオートバイに乗ったばかりで、国際レーシングコースのスターティンググリッドについているのだ。


 うさぎさんチームとかめさんチームの対抗レース、といっても、本当のレースのように両チームが同時にスタートするものではない。はじめはMotoミニモと同じのように、両チーム同時にスタートしてどちらが先にゴールするかを競う予定であったが、さすがに鈴鹿サーキット側が許可しなかった。

 ヤマダグループの元締めである伊藤社長が頼み込んでも、「ライセンスのない者たちにレースさせる訳にはいかない」と譲らない。

 規則を守るというのが大前提のモータースポーツにおいて、公認コースであるサーキット側の対応は当然といえば当然だが、ヤマダ技研社長の圧力ともとれる要請にも毅然とした態度を崩さなかった担当者に、伊藤はむしろ感銘を受けた。


 実のところ、コースを反対に回る、特設のシケインを設けるなどして、レース統括組織に登録してあるコースとは別のコースということでごり押しする裏ワザもあったのだが、「安全の為ですから」と、コネや圧力に屈しない姿勢に敬意を表した。彼らのような人々が、ヤマダの信頼を支えているのだ。


 確かに、最高速度の低い市販の原付バイクとはいえ、競い合いとなれば不可抗力のアクシデントもあり得る。

 言い出せばきりがないが、モータースポーツが規則のあるスポーツである事を一般社会に認知されるために、サーキット側が譲らなかったのはヤマダにとっても、このイベントにとっても、正解であったろう。


 サーキット側は、「競走は認められませんが、信頼できる方の先導つき走行会という形であれば構いません」と協力の姿勢も示してくれた。

 それは、あくまで規則は厳守しなくてはならないが、安全なモータースポーツを楽しみ、多くの人に拡めて欲しいというメッセージでもある。

 先導役として、世界のトップライダーに不服を申し立てる者はいないだろう。若干二名ほど性格的に不安な者もいるが、他のライダーは皆、人格的にも技術的にも、Motoミニモを代表するアスリートだ。つまり、愛華たちが安全なペースでコントロールする、競い合い(バトル)のない走行会という形であれば、自由に走ってもらって結構ということを意味している。


 結局、サーキット側の提案に従って、チームごとに集団で走って、そのタイムを比べることになった。自転車ロードレースでいうチームタイムトライアルというやつだ。違うのは、一番最後にゴールしたライダーのタイムを比べようということ。従って、遅い選手にペースを合わせなくてはならない。

 スターティンググリッドからのワンラップタイムトライアルを二回戦行う。


 

 

 紗季は、大きく息を吸い込み、ゆっくりとはいた。


 昨日の体験走行では緊張していたものの、直前の一周の下見を兼ねた練習走行では、自分でも上手く乗れてると思った。だが、いざスターティンググリッドにつくと、どうしようもない不安が湧き上がってくる。


(みんなの足を引っ張ってしまうかもしれない……)


 日本GPの時見た、エレーナとフレデリカのアクシデントを思い出す。


(誰かにぶつけられたら……それより、私が誰かにぶつかったらどうしよう……)


「大丈夫ですよ、練習の時と同じように私についてくればいいの。みんなを信用して。みんなも、あなたを信用してるから。もし、あなたがミスして負けたって、思い切りやったのなら誰も責めたりしません」

 まるで紗季の心がわかっているかのように、スターシアが語りかけてくれた。


(そうよ、私はスターシア様から筋がいいって褒めていただけたのだから、自信を持っていいのよ。たぶん一番遅いかも知れないけど、もう精一杯やるしかないのよ。愛華だって、いつもそれしか考えてない、って言ってるんだから!)


 恐怖心は消えてなかったが、愛華やスターシア様の世界がちょっとだけでも覗いてみたくなった。


 スタートのカウントダウンが始まると、紗季は本当のレーサーになった気分で、不安よりわくわくが上回っていた。

 

 

 

 かめさんチームがスタートしようとしていた頃、先にスタートしていたうさぎさんチームは、逆バンクを抜けて、ダンロップコーナーに差し掛かっていた。


「アイカちゃん、トモカさんが遅れてるから、もう少しペースを落として!」

 集団最後尾にいるラニーニが、先頭にいる愛華と琴音に呼び掛ける。


「アクセル思い切り開けてるのに、全然加速してくれないよぉ!」


 一番調子よく乗れてたはずの智佳が、なんと、うさぎさんチームの足を引っ張っていた。

 本番で緊張したからではない。ミスをしたからでも、バイクの調子がわるい訳でもない。智佳の乗っているジュリエッタは、ラニーニのマシン同様、ワークスのメカニックが念入りに調整してくれたものだ。


 ただ、智佳の体重が重すぎるのだ。

 智佳は決して太っている訳ではないのだが、バスケ選手として海外での活躍をめざすだけに、平均的女子高生より背が高い。そして普通の女の子より筋肉質だ。後輩の璃子も、平均よりは背が高いが、体がまだできてないおかげか、それほど遅れてる様子はない。


 余裕のあるペースで流してた体験走行の時は気にならなかったが、鈴鹿のコースはS字から逆バンクまで上り勾配になっている。フラットな逆バンクを過ぎて、ダンロップコーナーも、意外にきつい上りだ。50ccのバイクでは、思うように加速してくれない。


「ダンロップを上りきれば、智佳ならデグナーまでには取り戻せるから、がんばって!」

 ここでスロットルを緩めると、智佳以外も速度が落ちてしまう。しかし、デグナーで追いつくことができたとしても、立体交差を抜けるとまたヘヤピンまできつい上りだ。

 テレビで8耐や|JSB《全日本スーパーバイク選手権》などを観ててもあまりわからないが、鈴鹿のヘヤピンは結構な上り勾配だ。

 最後にゴールしたライダーのタイムを比べるという対抗戦ルールである以上、智佳を脱落させる訳にはいかない。そのルールがなくても、愛華には親友を切り捨てることなんてできない。

 下りになれば、必ず力を発揮してくれると信じるしかなかった……。

 

 

 ────── 

 


「ほんとうに私たちの方が速かったの?」

 一回目のトライアル終了後、かめさんチームの最後尾でゴールした紗季は、うさぎさんチームのタイムを聞かされてもにわかに信じられなかった。

 決して無理な走りはしていない。スターシアの後ろで、気持ちよく走れたのは確かだが、智佳たちより速く走っているとは思ってなかった。

「私たちの勝ちです、紗季さん!それどころか、うさぎさんチームは誰も紗季さんのタイムを上回れてません」

 かめさんチームトップでゴールした由美が、めずらしく感情を露に紗季の手を握って答えた。

「智佳は?どこかでミスしたの?」

「特にミスはしてないそうです。でも、その智佳さんがうさぎさんチームの足を引っ張ったようです」

「どういうこと?」

 誰から見ても、智佳が一番上手く乗れてたはずだ。


 うさぎさんチームのトライアルをビデオで観たハンナが、智佳はこのクラスのバイクに乗るには体格が良すぎて、上り坂で大きく遅れたと説明してくれた。


 鈴鹿サーキットは前半に上りが集中しており、体重のある智佳は、攻める性格が活かせなかった。智佳を切り捨てることもできず、チームとしてもペースがあげられなかったようだ。

 うさぎさんチームの走りを見ると、ヘヤピンを抜けて二輪専用シケインからスプーンまでは、智佳も元気いい走りをみせているが、バックストレートの上りに差し掛かると、再び苛立ちをあらわにしている。

 バックストレート途中の一番高い所から、一気に下りとなるが、智佳はもちろん、ほかの子たちも明らかに焦っているのがわかる。

 愛華もラニーニも同じように焦ってしまっているのか、はやる智佳や由加里を、130Rやシケインで適切に導いていない。


 ハンナの説明を聞き、紗季はレースの奥深さを実感した。

 もしかしたらハンナさんたちはこの結果をわかっていたのかもしれない。紗希は、愛華のGPでの戦いを観て、レースはメンタルがとても大事だとはわかっているつもりだったが、実際に経験するのはずっとおもしろいと思った。


 バックストレートの頂点から130Rが見えた時はすごく怖かったけど、先頭のシャルロッタさんが何気なく曲がっていくのを見て、そしてたぶん、スターシアさんのリードがものすごく良かったのがあると思うけど、安心してスリルを楽しめた。


「これなら二本目も、私たちがいただきだね」

「一本目は向こうの作戦ミスです。二本目はおそらく愛華さんたちも、対策を考えてくるでしょう。それに過剰な自信こそが、一番ミスを招くものだと忘れないように」

 高揚した紗季を諌めたのは、亜理沙ちゃんであった。ふわっとしてるようで、やはり教師だと思わせてくれる。いや、ただの教師でなく、スポーツ強豪校の運動部監督みたいだ。どうしたんだろう?


「アリサ先生の言う通りです。向こうのチームがどう態勢を立て直してくるにせよ───アイカちゃんには、これくらい立て直せないようでは困りますが───こちらは次も一本目と同じように、自分たちの走りに集中してください」

 スターシアの言葉は、亜理沙ちゃんの言ってることが正しいと肯定すると同時に、愛華への期待が込められていた。


 チームの中心として一番期待していた智佳が、本番で最大の足枷になったのは、愛華にはちょっとショックだったであろう。愛華やラニーニたちと智佳の体重差は、おそらく20キロ近くある。彼女たちはそれだけの体重差がこのコースでどう影響するか、考えが及ばなかったのだろう。いくらバイクレースにおいて小柄なメリットを知り尽くしてるとはいえ、GPの場でそれだけの体重差はありえない。

 致命的にも思えるかもしれないが、紗希や由美も、愛華ほど小柄ではない。智佳との差はせいぜい10キロ前後、智佳の運動センスなら、充分補えるはずだ。一本目のような走り方では足枷にしかならないが、要は作戦次第。それを自分たちで見つけてくれることをスターシアとハンナは期待していた。

 シーズンが始まればライバルとなるラニーニや琴音、フレデリカとも相談しているであろうが、それも貴重な経験となるだろう。いつもと違うチームで、いつもとは違う困難に、どう力を合わせ、乗り越えてくるか楽しみだ。だからこそ二本目も、いっさい手を抜くつもりはなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 小排気量ならではの醍醐味ですなぁ〜!
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