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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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苺大福には人生に大切なものが詰まってる

「苺大福ですか……?」


 紗季は、きょとんとした顔で訊き返した。やはり愛華すら「信じられない」というシャルロッタのライディング感覚を、自分なんかがわかるはずがないのだろうか。


「そうよ、苺大福!アイカの家で作ったでしょ?」

「作りましたけど……、えっと、それとバイクとどんな関係があるのでしょうか?」

「あんたにもわかるように、具体的に例えて説明してあげてるんだから、わかりなさいよ!」


 正直、ますますわからない。「ぎゅっ」とか「すぱっ」という表現もよくわからないが、なんとなく感覚的表現だというのは感じるが、苺大福とはどんな意味なのだろうか。


「シャルロッタさん、私にも意味がわかりませんのですが?」

 バイクに関しては、シャルロッタさんは天才だと、少しは期待していた由美も、がっかりした声をあげた。ハンナもナオミも、ちょっとだけ期待していただけに、溜め息をつく。


 しかし、スターシアだけは、少し態度が違っていた。


「なるほど……。私には、そういう発想はありませんでした。でも、みなさんはよくわかっていないようなので、シャルロッタさん、もう少し詳しく説明してあげてください」


 スターシアの口ぶりだと、シャルロッタがまともな事を言ったみたいだ。ほかの人たちも、もう一度、苺大福の意味を考える。しかし何もわからず、シャルロッタの顔を見つめた。


(これよ、これ!みんな、あたしの言葉を待ってるわ。でも、さすがスターシアお姉様ね。苺大福の意味を理解するなんて)


「クッ、クッ、クッ、仕方ないわね。約束だから今回だけは無料(タダ)で教えてあげるわ。苺大福を作ってる感触を思い出してブレーキを握ればいいのよ」


 ハンナ以外、愛華の家での餅つき大会で苺大福を作った時の事を思い出し、実際に大福を握るように手を動かした。


「あっ!」


 紗季と由美はまだ?マークを浮かべていたが、ナオミが突然、声をあげた。


「ナオミにもわかったようね。未熟な者たちにも、わかるように答えなさい」

 いつの間にか、おもいっきり偉そうな態度でナオミに命令している。本当にシャルロッタはわかっているのか、疑いたくなる。


「サキさんたちが不安なのは、要するにタイヤと路面の接地感がわからないから。つまり、路面を感じられれば、不安は薄れる」

 ナオミの淡々とした説明に、紗季と由美は頷く。しかし、

「それで苺大福は、どう関係しているのでしょうか?」

 相変わらず、まったく意味不明だ。


「路面は苺、あんはタイヤとサスペンション。ブレーキレバーとグリップがお餅」


「???」


「ナオミがこれだけヒント与えてるのに、まだわからないの!?」

 ここまでの説明ができなかったシャルロッタが口を挟んだ。ここからは、自分で言いたいらしい。


「あんたたち、二人とも苺大福うまく作ってたじゃない。あたしは最初、なかなか上手くできなかったわ。(ちから)入れすぎて苺が潰れたり、あんがはみ出したりして。でもね、あたし気づいたの!これはブレーキレバー握るのとおんなじだ、って。直接苺には触れなくても、柔らかなお餅を通して苺を感じ、あんを整えていけばいいんだって。そしたら上手くできたわ。上手くできたのはぜんぶその場で食べちゃったけどホントよ!だから、あんたたちは最初から苺大福を上手く作れたんだから、その感じでブレーキを握ればいいのよ。お餅を通して中の苺とあんを感じるように、ブレーキレバーとグリップを通して、地面のゴツゴツとか、タイヤを練り具合も感じられるはずよ。紗季の作った苺大福、あたしの最高傑作よりきれいだったんだから……」

 最後はなんか、シャルロッタが照れてたような気がする。それに突っ込みを入れるのを忘れるほど、紗季は感動していた。


「走りながらブレーキレバーを、ゆっくりと握り込んでいくと、フロントフォークが沈んで、タイヤが路面に圧しつけられてるのを感じるところがある。それがお餅を握りながら苺を感じるイメージ。わかるかな?」

 ナオミが補足してくれた。


「シャルロッタさん……なんか、少しわかりそうな気がします!今すぐ、試していいですか?」

 ハンナが頷くと、早速ヘルメットをかぶり、試乗車のスミホーイに跨がった。


「シャルロッタさん、素敵なアドバイスありがとうございます」

 由美もジュリエッタに跨がる。


 亜理沙ちゃんは、もう少し休憩してから試そうと思った。


 実際に、そのイメージで本当に路面を感じられるかは疑問もある。しかし、初心者、特に女の子の上達を妨げる最大の要因は、過剰な恐怖心である場合が多い。ライディングは個人の感覚に依るところが大きい。過剰な恐怖心は、その感覚を誤らせる。

 世界一の天才ライダーと言われるシャルロッタから、逆説的に自分と同じレベルの感覚だと言われたら、余計な不安に萎縮する事なく、本来持っているポテンシャルを発揮しやすくなるのは、確かだろう。

 

 

 

 

「失礼ながら、シャルロッタさんからこれほど効果的なアドバイスをいただけるとは、思ってませんでした」

 ジャージに着替え、首からホイッスルをぶら下げて、竹刀を持って熱心に指導しているシャルロッタを眺めながら、ハンナは横にいるスターシアに話しかけた。

「今回は私も驚きました。最初はまたいつもの中二病かと思いましたけど」

 スターシアは遠い目で、竹刀を振り回して亜理沙ちゃんのライディングに注意を与えているシャルロッタを見つめた。


(あのジャージ姿は、なにかのコスプレなのでしょうか?)


「それでも、逸早く彼女の言ってる意味を理解したのは、さすがはスターシアさんですね」

「ハンナさんも、餅つき大会に参加していれば、きっとすぐに理解していたでしょう」

「それはとても残念でした。ラニーニさんたちまで来日しているのは知ってましたが、ちょうど私の両親も日本に来ており、父の友人の家で過ごしてましたので。もっとも、私のようなおばさんが加わっては、若い子たちに煙たがられるでしょうけど」

「そんなことはありませんよ、みんなとっても礼儀正しく、好奇心いっぱいの子たちですから」

 ハンナの父親というのは、LMS代表のカール・リヒターの事だ。夫人を伴っているとはいえ、ハンナがヤマダのテストに参加している事からも、ただの観光で日本を訪れてるのでないのは容易に想像がつく。ヤマダ製エンジンを積んだGPマシンの開発に、相当、力を入れているのだろう。


「これもアイカさんの影響でしょうか。シャルロッタさんが他人との調和を覚えたとなると、ライバルにとっては厄介な事となるでしょうね。私のところは端から相手にもされてないでしょうが」

 スターシアがLMSの動きを推察しているのを感じたのか、ハンナは先に牽制した。

「実際、どうなのですか?開発の具合は?」

 スターシアも、下手な駆け引きをせず、単刀直入に訊いた。

「正直、まだまだです。しかし、ヤマダのエンジンは、予想以上に素晴らしいですよ。シーズン開幕までには、去年のジュリエッタやスミホーイに対抗できるようになるだけのポテンシャルは、秘めてます」

 ハンナも正直に応えてくれたようだった。

「スミホーイも、昨シーズンより速くなってますので」

「それはそうでしょうね。でも、ヤマダワークスの方は、相当な仕上がりのようですよ。もっとも、フレデリカさんはお気に召さない様子でしたが」

 フレデリカが気に入らない方向で完成度が高まったという事は、バレンティーナやケリーにとっては正常に進化しているとも、受け止められる。

 昨シーズン、ワークスヤマダは圧倒的なパワー差を見せつけたが、コントロール性が追いついておらず、そのパワーを生かしきれていなかった。それが正常進化を遂げているとすると、まさにライバルチームにとって、脅威である。しかし、スターシアは、

「それは最初からわかっていた事です。アイカちゃんにはもっと速くなってもらいますし、シャルロッタさんも、そのアイカちゃんに合わせて、もっと速く走れるでしょう。私も全力で二人をバックアップするつもりですから」

 と受けて立つ事を宣言した。

 そこにスターシアの悲痛なる覚悟が隠されているのを、ハンナは見逃さなかった。


 スターシアに隠すつもりがないのか、それとも隠す余裕すらないのか、そこに女王の名が含まれていなかった。


 エレーナがこのオフシーズンに、日本GPの時に負った怪我の手術をしているのは周知の通りだ。骨折した脚だけでなく、肩の古傷も相当酷い状態だったらしい。

 スターシアの言うメンバーの中にエレーナがいないのは、彼女のリハビリが、順調でない事を推測できたが、ハンナは敢えて訊かなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 駆引きが高度ですね。
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