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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
208/398

ライディングの奥義 チェンタウロ-シャルロッタ

 以前、ハンナはアカデミーでGPライダーの卵たちを指導していた。当然生徒たちのレベルは高く、その後GPにデビューしたライダーも少なくない。勿論、愛華のように、まったく素人からの者も極少数いたが、超難関といわれる適正テストをくぐり抜けた、並外れた身体能力と強い意欲を持つ者に限られていた。


 今回は普通の女子高生、運動部所属のスポーツの得意な子から、普段体育の授業以外ほとんどスポーツをしない生徒までの指導と聞いても、快く引き受けた。

 当然その目的もその内容も、アカデミーとは違う。特にハンナの担当となった生徒たちは、本格的な競技スポーツの経験のない、どちらかというと文化系のお嬢様という。かといって、ハンナは適当に教えるつもりはない。そういう子たちにこそ正しい指導を、基本はしっかりと身につけてもらいたい。その上で、楽しくモーターサイクルの魅力を伝えたい。

 底辺の拡大は、レース界全体の普及と盛り上がりに最重要な課題であり、何よりも自分やエレーナ、そして愛華がすべてをかけているこの乗り物を、少しでも多くの人に知って欲しいと思っていた。

 

 


 ハンナたちが、本コースでのテスト走行やプロモーション撮影をしている間も、紗季たちは鈴鹿の指導員のもと、真面目にライディングの基本を身につけていた。


「これなら、対抗レースもあちらの子たちといい勝負になるのではないでしょうか」

 世界一美しいライディングといわれるスターシアから見ても、紗季たちは正しく上達していた。

「そうですね。対抗レースのルールをどうするのか未定ですが、意外とアイカさんたちも苦戦してるようですからね」

 ハンナはチラリとうさぎさんチームの方に目をやり、由加里たちが午前より硬くなっているのを指摘した。もしかしたら、ハンナには最初からわかっていたかも知れない。

「その件ですが、対抗レースの方法はどうなるんでしょう?それによっては、この先の課題も考えなくてはなりません」

「あらスターシアさんに似合わず、随分勝負にこだわっていますね」

「勝ち負けにはこだわってませんが、この子たちには一生懸命努力する楽しさを味わって欲しいと思ってます。みんなが力を合わせ、勝利をめざす事は、結果として勝っても負けても、きっと忘れられない思い出になるでしょうから」

「スターシアさんは心優しいのですね。競技方法については、先ほどナカイさんから相談されましたが、あくまでゲームという事であれば、一番早くゴールした者の勝ちではなく、チームの中の最後にゴールする選手を競うという方が楽しめるのでは、と提言しました。コースは狭いショートコースより、広い本コースの方が逆に安全だと思いますが、現在、サーキット側にお願いしてる最中だそうで、どうなるかはわかりません」


 公認の国際レーシングコースはストレートが長く、コーナーを含めて平均速度も高い。常識的に危険度も高いと思われそうだが、走らせるバイクは市販の原付バイクだ。Motoミニモのレプリカイメージとはいえ、最高速度はストレートでもせいぜい80キロ程度。広いエスケープゾーンがあり、ちゃんとしたプロテクト装備を身に着けていれば、大怪我をする心配はまずないだろう。むしろコース幅が狭く、きついコーナーの連続するショートコースの方が、アクシデントの可能性は高い。転倒や接触事故は、大抵ブレーキングやバンクさせてる時に起こる。

 本コースなら、ヘアピンでも激しいブレーキングは必要なく、その分コーナーリングテクニックは重要でなくなるかもしれないが、ライン取りやチームワークが大切になるだろう。


「その案には、私も賛成です。シャルロッタさんあたりは不満でしょうが、アイカちゃんたちも賛成してくれるでしょう」

 スターシアも中井から意見を求められ、同じように答えていた。

 

 

 

 

「三人とも、すごく上手く乗れてます。この分なら、GPライダーも夢ではないでしょう」

 ハンナは一旦、走っていた三人を集めて、次のステップの課題の説明をはじめる。

「サキさんは、もう少し自信を持って曲がってください。大丈夫、基礎はばっちりですから、心配ないですよ」

「はいっ!」

「ユミさんも、もう少しリラックスしてください。焦らなくても、確実に上達してますよ」

「はい」

「アリサさんは、丁寧に乗ることを心掛けてくださいね。ちょっと雑になるときがあるようなので」

「でも、シャルロッタ先生は『もっと、ガバッといくの!』っておっしゃいましたぁ!」

「シャルロッタさんのアドバイスは、もう少し上のレベルになってから聞きましょうね。たとえば世界チャンピオンになってからとか」

 スターシアが軽くシャルロッタに対する皮肉を含めて注意する。チャンピオンを逃した事はともかく、初めてバイクに乗った紗希を、意味不明の指導で混乱させたのは、ちょっと懲らしめてやりたい。だがシャルロッタに、まったく悪びれた様子はなかった。

 もっとも亜理沙ちゃんも、アニメキャラのような可愛い口調を真似て、しれっと女子高生で通そうとしているみたいだから、こちらも確信犯なのだろう。テレビ局の人は気づいていないらしいが、女子高生だと嘘ついてる訳でなく、勝手に勘違いしてるだけなので、まあ、いいんじゃないかな。


「それではあなた方から、なにか質問はありますか?」

 ハンナの問いかけに、紗季が優等生らしく、びしっと手を挙げた。

「なんでしょうか、サキさん」

「だいたい運転の仕方は覚え、自分でも少しは上達したと思いますが、感覚というか、どれくらい強くブレーキレバーを握ったらいいのか、どれくらいのスピードで曲がっても大丈夫なのか、まだよくわからなくて……まだまだ大丈夫なのはわかるんですけど、頭でわかっていても、どうしても怖くなって……」

 由美が自分も同じと、頷いている。

 かめさんチームでも、やはり恐怖心の壁に突き当たっていた。これはハンナの想定内。だからといって、即効性のある対処法がないのは愛華と同じだ。

「それは徐々に慣れていくしかありません」

 愛華が由加里たちに言ったのと同じセリフを言うしかなかった。

 スターシアの隣にいたシャルロッタの顔が輝いたのは、誰も気づいていない。


「でも、何度やっても、どうしても曲がる手前で怖くなって、アクセル緩めちゃうんです。あとで“もっといけたのに~ぃ!”って思うですけど、次もまた一緒で……」


「クッ、クッ、クッ、どうやらあたしに頼らッ」「焦らないで、少しずつ速くしていけば大丈夫、近道なんてないんだから、無理は禁物よ」

 シャルロッタがなにか言いかけたが、スターシアが遮った。

「やっぱりそうですよね……」

「方法がないこともなッ」「上手くなるときはね、一生懸命練習してるとあるとき、急に出来るようになるものなの。でもそれは、何回も何回も練習を重ねた下積みがあったから。魔法みたいに都合のいい話なんてないのだから、一緒に努力しましょ」

「ちょっと!スターシアお姉様!さっきからあたしの話にかぶせてこないでください!あたしにも言わせてください!」

「あらシャルロッタさん、いたの?あとでまた、曲乗り見せてあげてね」

「もちろん、やれと言われればいくらでもエクストリームなライディング見せてあげてもいいわ、って!そうじゃなくて、ずっとハンナのおばさんとスターシアお姉様ばかりしゃべってて」

「今、おばさんと聴こえましたが、聞き間違えですよね?」

 ハンナに睨まれて、シャルロッタはちびりそうになった。前にエレーナ様と互角に戦っていたのを思い出したのだ。


「えっと、あの……ハンナお姉さん……って言ったはずですけど……」

「そう(ニコッ)、それで何かしら?」

「だから、あたしとナオミは、なにもしゃべらしてもらってないから……」

「ハンナさんがすべて言ってくれた。それ以外に、わたしにできるアドバイスは、なにもない」

 もともと口数の少ないナオミは、ハンナとスターシアの解説する手本を示す役割に徹していた。

「シャルロッタさんは曲乗りで、またみんなを楽しませてね」

「まあまあ、スターシアさん。せっかくだから、シャルロッタさんの意見も聞かせてもらいましょう。個人的にも、ちょっと興味あります」

 これはハンナの本心だ。初心者へのアドバイスとして役立つとは思えないが、前からシャルロッタがどんな感覚でバイクを操っているのか、とても興味があった。

「ハンナさんがそうおっしゃるのでしたら……」

 スターシアは、おそらくシャルロッタのおバカさ加減の半分も知らないであろうハンナの寛大さに、溜め息を洩らしながら渋々同意した。エレーナさんの代わりにドつくのは、スターシア的には気が進まないので、できれば大人しくしていてほしかった。


「クッ、クッ、クッ、教えてやらぬもないが、おまえたちの魂と引き換えだ」

「ハンナさん、私、もう少し練習してきます」

 スターシアがドつくより早く、由美が立ち上がりヘルメットを被ろうとする。バイクに跨がった時のシャルロッタの超人ぶりは思い知っているが、冬休み前からほぼ毎日一緒にいたので、言動の面倒くささも、すでに学習済みだ。


「待ちなさいよ!これからが大事な話よ!だから、ちょっと待って!今日だけ特別に魂はいいからっ!」

 シャルロッタが必死に引き留めたら、ヘルメットを持つ手を降ろしてくれた。よかったとほっとするが、なんか変だ。


(あれ?なんであたしが気を使ってんの!?)


 さすが由美、シャルロッタの対処法まで、すでに確立したようだった。

 

 

「では、ご教示ください」

「はい?」

「ですから、限界付近における車体挙動の把握のしかたについて、教えて貰えるのでは?」

 あらためて、さすが由美である。ここでもしっかりと予習して来たらしく、専門的な用語をもちいて質問した。


「………………」


 今度はシャルロッタが、理解不能であった。

「どうしたら、安心してブレーキングやコーナーリング出来るのかと、訊かれていますよ」

 スターシアがいたずらな微笑みを浮かべて、耳許でささやく。

「そ、そういうこと!あんたの英語の発音がおかしかったから、聞き取れなかったわ」

 由美の英語の発音は、英国人教師からも美しいと褒められている。少なくとも、シャルロッタよりきれいな発音だ。


「仕方ないわね、いい、よぉ~く聞きなさい。ブレーキは“きゅっ”と握って“ぎゅゅゅう”となったら“すぱっ”と寝かせば、どんなスピードからでも思い通りに曲がるわ。わかった?」


 …………


 わかるはずがない。確かにデモ走行でのシャルロッタを見てると、そんな感じで曲がっているように見えるのだが、ビキナーへの説明としては不適切だろう。ビキナーじゃなくても不適切だ。


「シャルロッタさん、サキさんもユミさんも今日初めてオートバイに乗った初心者なのですから、もう少しわかりやすく、具体的に教えてあげてくれますか」

 ハンナが、当たり前にしてシャルロッタには不可能な事を言う。

「具体的とか言われても……。だいたい具体的になにがわからないのよ!あんたたちがそれを具体的に質問しなきゃ、具体的になんて答えられるはずないじゃない!」


 紗季も由美も、具体的に質問しているのだが、シャルロッタの言い分もわからなくもない。ライディングというのは、シャルロッタでなくても言葉で表現するのが難しい。感覚的な部分が多く、どうしても個人差のある主観が入り込んでしまうものでもある。18で初めてバイクに乗る紗季たちと、歩きはじめる前から乗っていたシャルロッタとでは、主観もまったく違うのは当然だ。


 しかし、紗季はどうしてもシャルロッタの感覚が知りたかった。


「あのね、シャルロッタさん。私たちが簡単にシャルロッタさんみたいに乗れないのはわかっているけど、すごく憧れてるの。だから真似しようなんて思ってないけど、少しでも近づきたいから、少しでも上手く乗れるようになりたいから、教えてほしいの。私、タイヤが滑らないかすごく不安で、ブレーキとか強く握れなくて……、曲がるときも、どうしても怖くなっちゃうからゆっくりしか曲がれないんだけど、シャルロッタさんは本当にオートバイと一体になってるみたいで、どんな感じかなぁ、って……でも、やっぱり無理だよね、そんなの」


 紗季の憧れを込めた瞳に見つめられ、シャルロッタは柄にもなく本気で彼女のために何かしたいと思ってしまった。


「……………」


 深刻に考え込むシャルロッタ……。


 ハンナも少し期待したが、やっぱり駄目かと諦めかけた時、シャルロッタが口を開いた。


苺大福(ストロベリーダイフク)よ」


「……?」


 はじめはなんの事だか誰もわからなかった。しかしそれは、紗季や由美、亜理沙たち初心者だけでなく、GPのトップライダーにとっても、目から鱗の驚きの発想であった。


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