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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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ライディングの極意 ファースト-フレデリカ

 愛華たちが本コースでの撮影を終えて、教習コースに戻って来ると、意外にも両チームのレベルは拮抗したものになっていた。


 僅かな時間でも、紗季と由美、亜理沙ちゃんまで、確実にバイクに慣れ、上手く乗れるようになっている。

 おそらくハンナさんが課した基本課題をこなそうと、真面目に、そして鈴鹿の指導員の教えを真摯に受けていたのだろう。


 しかし、うさぎさんチームの方は、

「けっこう乗れてたのに、三回も転んじゃったよぉ」

 と智佳が語るように、勝手に走り回っていたらしい。

 由加里も一度転んだそうだ。璃子は転倒こそしてなかったが、智佳の後ろをついて行こうとして、怖い思いをしたという。


 よく、多くのスポーツでは失敗して上手くなると言われるが、バイクの場合、必ずしもそうとは言いきれない。


 バイクはある意味、恐怖心を克服しなければならない乗り物だ。

 はじめは誰でも怖い。乗っている間に、正しい乗り方で自分の能力に合うレベルで走れば危険はないとわかってくる。そして練習して、徐々にそのレベルを上げていく。

 しかし、そこで無理をして転倒なんてすれば、怪我とかしなくても、恐怖心が生まれる。

 恐怖心は、せっかく徐々に上げてきたレベルを、いっぺんに台無しにしてしまう。下手をすると、トラウマのように苦手意識が刻まれる。

 一度焼きついた恐怖心を克服するのは、最初より大変だ。初心者こそ、安全に乗る事が上達の早道といえる。限界付近の操作を習得したいのなら、比較的遅い速度域で試せてダメージも少ない未舗装路(ダート)で練習するのが望ましい。が、今回はそこまでする時間がなかった。


 智佳の場合、大した痛みもなかった事から、あっけらかんとしていたが、それはそれで心配だ。恐怖は心からの警告であり、転倒しても大丈夫という思い込みは、レベルが上がるほど、重大な事態を招き兼ねない。

 それは、よく説明してわかってもらうしかないのだが、深刻なのは由加里と璃子だった。


 由加里は愛華がいなくなってから余計な力が抜け、順調に上手くなっていたのだが、慣れてきた頃、少しスピードを上げてコーナーリングをしようとした。

 そしてフロントからスリップダウン。どうすることも出来ず、路面に叩きつけられた。幸いしっかりしたプロテクターつきのライディングウェアのおかげで怪我はなかったが、その転倒以来、コーナーリングが怖くなってしまったらしい。由加里のようにやる気と知識が、技量より先行する者ほど陥りやすい落とし穴だ。


 璃子も速度が遅かったので転倒こそ回避したが、彼女のなかでは相当怖い思いをしたのだろう。


 どちらももう一度、徐々に慣れていくしかないのだが、二人とも向上心は人一倍だ。

 由加里は少しでも愛華に近づきたい、璃子は智佳の足手まといになりたくない、という思いで、必死に恐怖を克服しようとしている。


 愛華にも経験がある。無理すればするほど深みに嵌まるのをわかっているだけに、

「焦らないで、ゆっくり慣れていこ」

 としか言えない。


「そんな悠長なこと、言ってられません!対抗レースは明日なんですよ」

「そんなこと言っても、急には出来ないよ……」

「どうしたらこれ以上は危ない、ってわかるんですか?これくらいなら大丈夫ってわかれば、自信持って走れると思うんです!」

 ハンナから教わったのは、練習を繰り返し、経験を重ねて徐々に身につける以外ない感覚だ。


 愛華は、なにかあるかな?と琴音の顔を見たが、首を横に振るだけだった。それはそうだろう。あるなら愛華が知りたい。

「ラニーニちゃん、どうしたらわかるかな?」

 愛華はラニーニにも訊いてみた。ラニーニにもそんな都合のいい術など、ないなのはわかっていたが、世界チャンピオンが言えば、自分より説得力あると思った。


「無理しなくても、ある時、急にわかってくるから、焦らず練習して」

 ラニーニの言葉に、愛華はうんうんと頷く。レベルは違うけど、愛華も限界がわからなくてよく悩んだ。でも、諦めないで乗ってると、急にわかってくる時がある。由加里も璃子も、すごく一生懸命だから、必ずわかる時期があるはずだ。今回の対抗レースに間に合わなくても、それは仕方ない。


 しかし、ラニーニからも愛華と同じ事を言われて、由加里は少しがっかりした表情をした。

 なんとかしてあげたいけど、焦りは禁物だ。


 そこでふと、シャルロッタさんなら、どんな風に説明するのかな?と頭に浮かんだ。


 あの人は、わたしたちとはちがう感覚だから、もしかしたら、もっといい方法があるかも知れない……


 シャルロッタのチート能力が由加里たちの参考になるかはわからないが、愛華自身、すごく興味深い。


 そういえば、こっちのチームにも、シャルロッタさんに対抗する天才(変人?)がいたんだ!


 愛華は少し離れて眺めていたフレデリカに、ちょっと馴れ馴れしいかなと思いながらも、攻めてる時の感覚を訊いてみた。

 フレデリカは、案外気さくに答えてくれた。気さく過ぎて、愛華が赤面するぐらいに……


「セックスと同じことよ。バイクをセックスパートナーと思えばいいのよ」


 やっぱりシャルロッタさん以上に危ない人だった……。


「セックスでも、自分の欲望のままにガンガン攻めても、一人よがりなだけでしょ?相手の気持ちを感じながら、じわじわと攻めていくのよ。『そこがいい』とか『そこはダメぇ』とか、『もっと、もっと!』って、だんだんお互いに昂って、自然と一体になっていくでしょ。そしたら」

 愛華だけでなく、ラニーニや由加里も真っ赤になっている。

「あの……フレデリカさん、わたしたち、まだ男の人と……」

 どんどん暴走していきそうなフレデリカを、愛華は止めようとした。だいたいこんなところ、テレビで放送されたら大変だ。

「えっ?男と経験ないの?でもまあ女同士でも一緒よ。要は相手が昂るまで、さぐったりじらしたりしながら攻めていくの。セックスとライディングは、同じよ」


「なるほど、バイクが感じるところ、探すつもりで乗ればいいんだ」

「ともか、経験あるの!?」

 智佳の納得したような返答に、愛華は焦った。


 清楚な女子校といえど、そういう話はよく出る。男の存在がないぶん、一般社会よりおおっぴらかも知れない。大抵は耳年増なんだが、中には本物の強者もいる。


「いや、ないけど?でもイメージとして、なんとなくわかるかも」

 愛華はなぜか安堵した。智佳の隣にいる璃子も、同じようにほっとする表情を見て、ここは智佳の親友として、璃子と由加里の先輩として、余裕を見せねばと気を取り直す。


「確かスターシアさんも、もう少し表現は上品ですけど、似たようなこと言ってました。『優しさを持って走らせれば、バイクの声が聴こえてくる』って。そういうことですよね」

「そうね、同じかもね。でも、優しいだけじゃダメよ。もっと激しくして欲しいのに、攻めてくれないのはストレス溜まるだけだから。それは女もバイクも一緒よ。それに女はね、口ではイヤイヤとか言ってても、もっとして欲しいこともあるからね。とにかく、あんたも早く経験した方がいいわね。きっとライディングも変わるから。あんたんとこのメカニックの男の子なんて、試すにはちょうどいいんじゃない?名前、なんて言ったかしら?」

「み、みーしゃくんは、そんなのぜったいありえないですから!!!」

 幸いミーシャくんはまだ、本コースのピットで作業している。いくらフレデリカにからかわれたからといって、愛華からの全否定を聞いたら、かなりショックを受けるのではなかろうか。

 それにしても、ようやく気を取り直したはずの愛華の顔は、これまで以上に真っ赤になっていた。


 智佳と由加里の視線が痛い。彼女たちに顔を向けられない。


 その様子を、フレデリカは察したように頷いた。

「ヘエ~、そういうこと。さっきも言ったけど、別に男じゃなくてもいいんだよ」


『そういうこと』ってどういうことなのか?智佳と由加里は、愛華より先に理解したようだ。


「愛華、もっとバイク上手く乗りたいんだ。頼むわ」

「愛華先輩、わたしは先輩の力になりたいんです!使ってください!」


 いやいや、本当にわかっているの?


 しかし、ラニーニまで、

「アイカちゃん、わたしたちライバルだけど、一緒にもっと速くなりたいから……」

 どこまで本気なのかわからない。


「冗談は置いといて、私からのアドバイスは、恋人を扱うようにやさしく、そして互いに満足するように、ってこと。イメージだけでいいから、一度想像しながら乗ってみな。なんかわかるかも知れないから」


 冗談だったの?純真な乙女心で遊ばないでください!


 でも、バイクを恋人に例えるイメージというのは、かなり斬新だけど、意外と的を射てる気がする。フレデリカさんの豪快なドリフト走法も、繊細なスロットルコントロールに裏打ちされたものなのは、知っていた。一見、乱暴そうに見えるけど、きっと恋人のように大切に、そして激しくバイクを愛しているんだと納得した。


 本当に自分は、彼女(スミホーイ)を満足させられているのかな?


 耳年増だけど、ちょっと試してみる価値はあるかも?

 

 

 愛華は、琴音から話してた内容を訊かれたが、フレデリカのライディングの極意は、教えなかった。


 教えないというか、恥ずかしくて言えない。

 琴音さん、ごめんなさい、あとで智佳にでも訊いてください!


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[一言] う〜ん、乙女やね〜。
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