休暇中なのに……
テレビ放送でのオートバイ番組というと、普通レース中継をイメージするだろう。当然視聴者はオートバイ好きで、レースに興味がある人がメインとなる。
そういう人ではなく、もっと一般の人に、身近にバイクに親しんでもらおうという趣旨で制作されているのが、『モトライブ』という番組だ。二輪業界各社の協賛で、衛星放送の夜遅い時間枠で放送されている。
元GPライダーの中井真治をレギュラーに、毎回バイク好きの芸能人や有名スポーツ選手などをゲストに招いて、ツーリングに出掛けたり、白バイ隊のトレーニングなんかを体験したりしながらバイク談義に花咲かせるという「バイクに乗るのは愉しいよ」的な布教番組だ。たまに意外な大物が登場したりして、秘かに楽しみにしている視聴者もいる。
オリンピックメダリストがトライアル競技に挑戦して、元GPライダー中井真治も苦労する難関を難なくこなしてしまったりするから、けっこう興味深い。とは言っても、レースファンには物足りなく、興味のない人にはバイク乗りの自慢話ほど退屈なものはない。残念ながら視聴率はあまり高くはない。
番組ディレクターの高橋も、四月からの身の振り方を本気で考えていた。
彼自身、大のオートバイ好きで、この企画には自分から名乗りをあげた。しかし、少ない制作費、BS放送の遅い時間帯で、どうやって興味のない人を取り込むような番組が出来ようか。
これまで多くはないが安定したスポンサーと、好意により気持ちばかりのギャラで出演してくれるゲストのおかげでなんとかやってきているが、正直、いつ打ち切りになってもおかしくない。そしてこの手の番組において、12月から暖かくなるまでは、文字通り冬の季節だ。寒い時期にバイクに乗りたがる人は余程のドMしかいないだろう。雪の中の温泉ツーリングとか罰ゲームでしかない。せいぜい初詣ツーリングとか、沖縄などでの南国ツーリング企画になるのだが、毎年の事なのでマンネリ感は拭えない。
若い頃には業界で成功する野心なんかも持っていた高橋だが、人生、運もあればタイミングもあると諦めかけていた年の瀬、かかってきた一本の電話に耳を疑った。
世界のトップライダーが、オートバイに初めて乗る女子高生に乗り方を教えるという企画で番組を制作して欲しいという……。
しかも、そのトップライダーというのが、Motoミニモ世界チャンピオンのラニーニ・ルッキネリはじめ、シャルロッタ・デ・フェリーニ、河合愛華、ナオミ・サントス、アナスタシア・オゴロワという本物中の本物のMotoミニモトップライダーが勢揃いしているではないか。
チームも違うこれだけのメンバーが、オフシーズンに揃うだけでも奇跡なのに、特に河合愛華は、只今日本でも、絶賛ブレーク中のアイドルライダーだが、可愛らしい容姿とは裏腹に、インタビューでもレースに関する真面目な質問しか答えず、一部ではマスコミ嫌いと言われている子だ。
その愛華が、他のGPライダーたちと共に、学校の友だちにバイクの魅力を伝えるという。おそらく彼女も、友人たちの前ではシーズン中とは違う顔を見せてくれるだろう。
これまで世界中のどのマスコミもなし得なかった愛華の素顔が撮れるチャンス。おまけに、スミホーイとジュリエッタの輸入総代理店である四葉商事スポーツから、CM映像を撮る事まで依頼された。
その時点で、期日は10日ほどしかなかった。愛華以外は1月の9日には日本を発ってしまうので、正月返上で準備しても相当厳しい。
しかし、そんな泣き言は言ってられない。高橋にとっては、一生分のクリスマスプレゼントとお年玉を一度に貰えたようなものだ。手当たり次第スタッフをかき集め、早速ロケ地を選定に入った。
初心者にバイクを教えるなら、自動車学校のようなところでも可能だが、CMの撮影もとなると、やはり本格的サーキットがいい。第一、これだけのメンバーを揃えて自動車学校での撮影では、勿体なさすぎる。
真っ先に思いついたのは、三重県の鈴鹿サーキット。あそこならラニーニたちが滞在している名古屋からも近い。交通安全センターもあるので、初心者教習にも都合がいいだろう。何よりもF-1も開催される世界屈指のテクニカルコースだ。鈴鹿なら世界トップライダーたちに相応しいプロモーション映像も撮れる。
彼は急いで鈴鹿サーキットに問い合わせた。しかし、教習センターと南コース(カートやミニバイクレースなどで使うショートコース)はなんとかなるが、今から年明けすぐに本コースを貸し切るのは無理と言われた。
彼女たちの迫力ある映像を撮るには、国際レーシングコースでなくては意味がない。
高橋はダメもとで、以前撮影に協力してくれたYRC副社長の海老沢氏に泣きついた。
「6日と7日の朝一と午後からの枠、うちが押さえてありますから、こちらの条件さえ承諾して貰えればMotoミニモの宣伝にもなりますし、協力しますよ」
事情を聞いた海老沢は、意外にあっさり受け入れてくれた。しかもその条件というのが、MotoミニモクラスのPRとして、ヤマダに関連するライダーも参加させる事。まあ当然だろう。如何にテスト走行の合間の時間にプロモーション撮影とは言っても、YRCの貸し切ったコースを走らせるには、それなりの大義名分が必要だ。四葉側も承諾してくれるだろう。
ワークスのバレンティーナやケリーが参加するのは、さすがにいろいろクリアしなければならない問題もあるが、ヤマダがエンジン供給する事になったLMSのハンナ・リヒターと田中琴音なら、本人たちが合意してくれれば可能だ。
ハンナは昨シーズンまでラニーニやナオミと同じジュリエッタに跨がっており、ブルーストライプスと遺恨があって離脱した訳ではない。愛華とも師弟関係で、良好な間柄だ。
琴音も愛華とは親しいらしい。
高橋は、四葉商事を通じてスミホーイ、ジュリエッタ両社に問い合わせたが、二つ返事で了承を得られた。
尚、海老沢にはMotoミニモクラスの宣伝と普及以外にも思惑がある。宣伝用映像の撮影なので当然100%の本気では走らないにしても、ライバルたちが鈴鹿をどう走るか、見ておきたかった。
新しい年の始まりを、Motoミニモのトップライダーたちは、揃って日本で迎えた。
みんなで日本の初詣に行ったり、自分たちで作ったお餅やおせち料理を食べたりして、のんびり休暇を楽しんでいたラニーニのもとに、チームのマネージャーから何通かのメールが届いていた。
緊急の要件かも知れないと確認してみれば、内容は1月の6日と7日に日本で宣伝PRイベントがあるので参加してほしいというものだ。ナオミにも参加要請がきていた。
せっかく愛華ちゃんたちと過ごすために、10日までスケジュール空けてきたのに……。
確かに契約では、年間10回程度の宣伝PRイベントへの参加が含まれているが、日本での休暇を邪魔されたくなかった。
余程の事がない限り、そういった要請は快く引き受けるラニーニだったが、今回ばかりは返信したくない。メールに気づかないふりでもしようかとも思った。
「ラニーニちゃん、どうしたの?なんか心配なことでもあるみたいだけど……」
浮かない様子のラニーニに気づいた愛華が、心配そうに声をかけた。
「えっと、大したことじゃないんだけど……6日と7日に日本のテレビ局の収録に協力してほしい、ってマネージャーからメールがきてるの」
「ええ~っ、6日はみんなで遊園地行こうって……あっ、でも仕方ないよね。遊園地は別の日にすればいいし」
契約ライダーは、自由なようで絶えず契約に縛られている。それは愛華も実感していた。ましてやチャンピオンになったラニーニであれば尚更だ。ファンがいるからプロとしてやっていけるのは、愛華もわかっている。
「日本でもラニーニちゃんのファンがいっぱい増えたら、わたしもうれしいし、Motoミニモを盛り上げるためだもんね」
せっかく楽しみにしていた遊園地は残念だけど、愛華は出来るだけ明るく言った。なのにスターシアさんと紗季や由美たちは、なぜかニコニコと微笑んでいる。
「アイカちゃん、まるで他人事みたいに言ってますけど、私たちもその撮影に参加するんですが」
「えっ?そんなの聞いてませんけど」
スターシアから突然言われて、愛華はきょとんとした。エレーナさんから言われたのは、高校の卒業証書をもらって来る事だけだ。トレーニングはしなくちゃいけないが、日本での宣伝イベントの参加なんて聞いてない。
「そういえばアイカちゃんには言ってませんでした。急遽、スミホーイの日本向けのCM撮りとラニーニさんたちと共にテレビ番組の撮影が決まりました。突然なので断ることも出来ますが、これにはエレーナさんからも、なんとか協力してほしい、と頼まれてます」
最近バイクに乗っていないし、本格的に攻めなくてもライディングはしたい。自分の乗るスミホーイの宣伝になるのなら、協力も惜しまないつもりだけど、その日はみんなと遊園地に行くと約束していた日だ。忘れてたとか、いくらスターシアさんでも緩すぎる。愛華は紗季たちの顔を窺った。
「あのね、愛華。実は私たちも参加を頼まれてるの、その撮影……」
「バイクも用具も、全部用意してくれて、鈴鹿サーキットで愛華や世界チャンピオンのラニーニちゃんからライディング教わる企画なんだって。行かなきゃ勿体ないじゃん」
紗季と智佳が口々に言う。
「鈴鹿サーキットには遊園地もありますし、予定通りではないでしょうか?」
由美までもが、何も問題ないように言った。
(もしかして、みんな知ってたの?)
なんだかまた、エレーナさんの企みに乗せられた気がする。もちろん、愛華にとっては素敵な企みだ。シャルロッタなど、レースで優勝した時よりうれしそうな顔をしている。
ただ、もう一人の黒幕がすぐ間近にいることを、愛華は気づいていなかった。




