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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
202/398

ポールシッター

 愛華と紗季、それにシャルロッタの三人は、亜理沙先生の車ではなく、ルーシーさん運転するワンボックスカーに乗って空港へと向かっていた。ラニーニとナオミをお迎えするためだ。


 愛華と紗季は二列目シートに、シャルロッタはルーシーの隣の助手席に座っている。

 シャルロッタが助手席のシートを目一杯前へスライドさせ、さらにシート前端に尻を乗せ、ダッシュボードにしがみつくように座っているのは、そこがポールポジションだと誇示してるらしい。可愛いけど正直、運転の邪魔だ。


「シャルロッタさん、ちゃんとシートに腰掛けてください。それではシートベルトの意味がありません。それに緊急時、エアバックが膨らんだ場合、却って危険です」

 と、ルーシーに何度も注意されてるのだが、その都度座り直し、三分後にはまた戻っている、を繰返していた。

 いつもはそこまで強情ではないのだが、世界チャンピオンの来日を相当意識してるようだ。


 愛華もシャルロッタの安全、というよりルーシーさんが運転しづらいんじゃないかと気になったが、愛華が言えば、ますます意固地になりそうなので、ルーシーさんの運転技術を信用するしかない。

 それより、後ろで楽しそうに紗季とお話してる方が効果的だ。気になって後ろの席に移動して来るかも知れない。


「亜理沙ちゃんが車出すって言ってくれたけど、あの車にラニーニちゃんとナオミさん、あと荷物載せたら、わたしたちの座るとこなくなっちゃうよね」

 愛華はやんわり、亜理沙ちゃんの運転では何時に帰れるか心配だという本音を誤魔化して、紗季に話しかけた。

「そうね(汗)、亜理沙先生もお忙しいでしょうし……、あまり御迷惑はかけられないですわね」

 普段から丁寧な言葉づかいに慣れてるはずの紗季が、取って付けたような敬語で答えるあたり、彼女の正直さが窺える。


「智佳も練習が終わり次第、愛華の家に来てくれるのですよね」

「だあっ!家でラニーニちゃんたちの到着をお迎えしてくれるはずだよ」

 日本語は理解できなくとも、『トモカ』『だあっ』という音にシャルロッタの耳がぴくりと反応したのを、愛華は見逃さなかった。

「でも、美穂は夜までレッスンあるから来れないみたい……」

「美穂さんにとっては、大事な音大試験が迫ってるのだから仕方ないわよ。私たちも応援してあげましょ」


 『ミホ』という固有名詞に、さらに耳がこちらに傾いた。もう少しだ。


「そう言えば、スターシア様のお姿を見かけませんでしたが……」


『スターシア様のお姿』と表現したのは、意識して上品に言ったのではない。紗季もまた、スターシアの高貴な姿に憧れてしまっていた。これまでスターシアのちょっとアレなところも目にしてるが、それがまた、みんなの知らない特別な事を知っているという、恋の魔法の秘薬となっているのかも知れない。


「由美さんから、お茶会に招待されたんだって」

 愛華の返答に、紗季の表情がこわばった。


(由美さんのお茶会……?12月の終わりにですか?確か由美は、今日はお祖父様に用があるからって言ってたはずなのに……)


 まさか由美が一人で抜けがけしたのでは?という疑念が紗季の頭をよぎる。ずっと一緒に生徒会活動をやってきた由美を疑うとは、かなり重度にスターシアの魅力に侵食されているらしい。


 紗季のぼーとした様子にようやく気づいた愛華は、少し頭を傾けながら言葉を続けた。

「スターシアさんも晩ごはんまでには戻ってくるから。でもお茶会なら、みんなも一緒に招待してくれればいいのにね。あっ、わたしやシャルロッタさん行っても、恥かくだけか」


 …………


「そ、そうね。シャルロッタさんにはちょっと退屈かもね」

 愛華に話しかけられて、慌てて答えた紗季は、なぜだか顔を赤くしていた。


(なに考えてるの私。スターシア様はとっても素敵な方だけど、女の人よ。由美が変な気おこすはずないじゃない!)


 変な気とはどんな気なのか、自分がその気持ち持っているから変なこと想像するのか、紗季は自分の気持ちを整理しようとした。


(私は愛華の親友で、スターシア“さん”は愛華が尊敬する先輩。だから私も由美も、丁重におもてなししてるんであって、変なところなんてどこにもないわよね)

「ちょっと、さっきからなにコソコソ話してるの!?」

 紗季の自問自答を突然遮ったのはシャルロッタだった。


「いえ、べつにコソコソしてませんから。シャルロッタさんとは関係ない話です」

 愛華が弁解する。わざとシャルロッタに聞こえるように話してたとは、言わない。

「しっかりと『シャルロッタサン』って聞こえたわよ!なんでサキが赤くなってるのよ!あたしも混ぜなさいよ!今から日本での日本語は禁止!」


 無茶苦茶なことを言いながら、シャルロッタは運転席と助手席の間を乗り越えて、愛華と紗季の隙間に無理やり座ってきた。


 計画通りシャルロッタは助手席から移動してくれたが、それはそれで邪魔くさかった。

 

 

 

 学生のほとんどが冬休みに入っており、多くの企業も連休に突入したこの日、空港は大変な混雑だった。とは言え、大半が出国する人と見送りの人たちで、到着ロビーは普段よりは多いのは多いのだろうが、思ったより混雑していない。

 それでも、わりと目立たない格好をさせてきたシャルロッタ(10日前にここの入管でひと騒ぎしている)に、ヨーロッパからの観光客の一人が気づくと、すぐに愛華にも気づき、さらにラニーニとナオミまで登場して、たちまち握手や一緒に記念撮影を求める人たちに囲まれた。


 GPが開催される前後の開催国の空港であれば、GPライダーがいても珍しくないし、パドックならあたりまえの光景でも、この時期に日本の、それも成田ではなく、地方のセントレア(一部の人が、こちらこそ日本の中心だと言い張る中部国際空港)で、世界ランキング1位から4位までのライダーに揃って会えるとは思っていなかったのだろう。とてもうれしそうだ。


 愛華たちのことは、シャルロッタのおかげですでに日本中に知られていたし、ルーシーも空港で一般人、それも彼女たちを応援してくれる人たちに対して、あまり威圧的な態度は控えた。度が過ぎるコミュニケーションを試みる者がいれば、即座に排除する準備はしていたが……。因みに日本人は、少し離れてカメラを向けてる者がほとんどだった。

 

 


 帰りは再び、シャルロッタが助手席に乗り込み、ラニーニとナオミにポールポジションをアピールし始める。

 愛華と紗季が三列目に乗り込み、アホの子のこだわりが理解できないラニーニとナオミは不思議そうに、ダッシュボードをフロントカウルに見立てて「ぶおん♪ぶおん♪」とやってるシャルロッタを眺めながら二列目シートに腰を降ろした。


「気にしなくていいからね。話してれば、すぐに後ろ来るよ」

 愛華はそこが最速のみが許される座だとは説明せず、空港ロビーの混乱でちゃんと紹介できなかった紗季を改めて紹介した。

 ラニーニたちも、日本GPの時、応援に来ていた紗季たちを見かけていたし、噂はいつも愛華から聞いている。すぐにずっと前からの友だちのように仲良くなっていた。


 スタートして間もなく、シャルロッタは自らポジションを落とした。


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[一言] 助手席は1番グリッドだったのか...。
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