受け継いだ血統
突然、孫娘から「会いたい」という電話を受けてからというもの、来年九十になる銀次郎は、初めてのデートに待ち合わせ場所に早く着き過ぎた少年のように落ち着かず、何度も時間を確かめていた。そこに、かつて『日本の影の首相』と畏怖された面影はない。
戦後のGHQによる財閥解体によって弱体化された四葉商事を再興し、戦前を上回る巨大総合商社としたのがこの水野銀次郎である。
時には非合法スレスレのやり方で、マスコミに叩かれる事もあったが、「必要とする者がいる以上、うちは武器と麻薬と女以外なんでも供給する」と豪語し(実際には自衛隊の装備品も扱っている)、日本の高度成長を支えてきた男も、今では経営から身を退き、孫娘に会うのを楽しみにする好好爺にしか見えない。
銀次郎には子が、一男二女いた。
いた、というのは、末娘の由紀子が十七の若さで難病に罹り他界していたからだ。
その由紀子に、長男の末娘、由美が生き写しのように似ている。
彼にとって、五人いる孫の中でも由美は特別だった。
銀次郎は、去年の八月の終わりに由美が彼のもとへ、スペインから帰ってきた報告とお土産を届けに来た時のことを思い出していた。
ホームステイで体験したことを楽しそうに話す由美に、生前の由紀子の姿が重なる。その時の由美は、由紀子が旅立った歳とちょうど同じだった。
長男と長女に対しては、人の上に立つべく者として厳しく育てた銀次郎だったが、上の二人とは歳が離れた末っ子ということもあり、由紀子には本人のやりたいことをやらせた。
それでも頭のいい由紀子は我が儘とは程遠い、心優しい娘へと成長してくれた。
しかし、十五歳の時、体の痛みを訴えるようになった。病院で診てもらったが症状は改善せず、国内の著名な大学病院ほぼすべてで検査したが原因すらわからず、日増しにやせ衰え、弱っていった。
歩くことも叶わなくなった由紀子は、銀次郎の顔を見つめ、小学生の頃、一度だけ一緒に行った白馬で、もう一度スキーがしたいと言った。
銀次郎にとって由紀子を亡くした哀しみは疑いの余地もないが、彼は葬儀の翌日には海外に出かけ、政府関係者と油田開発の交渉をしている。
冷血な企業経営者というイメージしかない銀次郎だが、その頃立ち上げられたスキーやテニス用品などを扱うスポーツ事業部が、娘のために創られた事業部だということは、病床で娘が父に語った願いを知る者以外、知る由もない。
その後もスポーツ事業部はまるで娘の忘れ形見のように特別扱いされている事をみれば、納得するだろう。
実際、スポーツ事業部はグループ内でも末端で、バブル期のスキーがブームだった頃はそれなりの収益があったが(それでも他の事業と比べれば、たかが知れている)、レジャースポーツの多様化、海外メーカーから直接仕入れる大型スポーツ店の台頭とそれに伴う低価格競争、インターネットによる個人輸入の一般化によって、年々業績を悪化させている。四葉グループのスポーツ事業からの撤退を囁かれながらも存続していたのは、銀次郎の強い思い入れからであろう。現在は独立した『株式会社四葉商事スポーツ』となっているが、当然、四葉商事出資の子会社である。
しかし銀次郎もいつまでもこのままにはしておけないのはわかっていた。これまで四葉グループ総帥として、会社と社員の生活を守るために、時には冷酷といわれる経営をしてきた彼が、私情に流されていると言われては示しがつかない。
(大きな収益をあげなくてもいい。四葉商事の企業イメージアップをアピール出来るものがあれば、存続させる名目もたつのだが……)
由美の話を聴いているうちに、四葉商事スポーツのことを思い出した銀次郎は、ふと由美に訊いてみた。
「向こうの若者は、今、どんなものに熱中しているんだね?これから日本でも流行りそうなものをなにか気づいたのなら、教えてくれないか」
(専門家にいろいろやらせて無駄に終わった事業を、まだ高校生のこの子に頼るようでは救い難いが、若い感性だから見える景色もあるだろう。由美がないというのなら、きっぱり諦めよう。由紀子も許してくれるだろう……)
由美は祖父の質問の意図をすぐに理解し、迷わず答えた。
「お祖父様、もし、これから日本の若者の間に流行しそうなものをお探しでしたら、とっておきのものを見つけました。しっかりとしたアフターサービスの体制が必要で、法的な手続きにも手間がかかるでしょうが、それだけに個人での輸入はあまり増えないと思います。これから日本の若者だけでなく、世界中の老若男女が夢中になるものです」
「日本では大型以外の外国製オートバイは売れない」という反対の声を押し切って、銀次郎は由美が推した二つのモーターサイクルメーカー『スミホーイ』と『ジュリエッタ』との間に、輸入総代理店契約を結ぶよう指示した。由美の父親すら呆れたが、それほど長くは続かない老人の道楽と割り切って、好きにやらせることにした。四葉商事内外にはいまだに銀次郎崇拝者が多く、経済界にも大きな影響力を持っている名誉会長に、グループ経営の根幹に口出しされるよりマシだと判断した。
そして、半年もしない内に両社のバイクへの問い合わせが殺到し、販売体制の整備を慌てなくてはならなくなった。
これから『スミホーイ』と『ジュリエッタ』を、四葉商事スポーツの看板ブランドとして展開する計画だ。
今日の由美は、どんな話を持って来てくれるのだろうか?




