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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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ツーリングに行きたい!

 由美は高二の時、夏休みを利用してスペインでホームステイしている。


 スペインへは過去に一度、観光旅行で訪れたことがあり、準備も十分にしていた。その上ホストファミリーは父親の会社の関係者ということで、不安が少ない反面、日が経つにつれ退屈にも感じるようになっていった。

 ある日、彼女はステイ先の娘ソニアに、下町の探索を持ち掛けた。


 スペインに限らず、ダウンタウンというのは何処でも治安があまり良くないと考えるのが常識だ。由美が行きたいというその地区も、常識からそれほど外れてない地区だった。

 ソニアは、外国人の観光客、ましてや日本のお嬢様が立ち入るなんて危険すぎると当然反対した。

 しかし由美は、どうしても行きたいと主張した。


 観光地だけをまわり、そこで暮らす市民の本当の生活風景を知らずに、どうしてその国を理解できる?関係者の仕組んだスケジュールに従うだけのホームステイなんて意味がない。


 ソニアは父親に相談しようとしたが、由美はそれも許さなかった。

 悪戯っぽい顔で、それでいて有無を言わせない雰囲気を漂わせ、

「こっそり冒険しましょ」

 と言った。


 仕方なくソニアは、ボランティアをしている友人に頼んで、信頼できるダウンタウン出身者を二人紹介してもらった。彼らに案内とボディガードをしてもらう。お嬢様がなんと言おうと、それ以上は譲れない。


 女学院ではお蝶夫人と呼ばれる由美であったが、大胆な化粧をして、現地の女性と同じようなラフなファッションに身を包んでも意外と似合っていた。

 日本人としては彫りの深い顔だちと濃い眉毛も、パッと見ラテン系美人に見えなくもない。


 由美とソニアは、案内役の男性二人とアベックを装い、街中を自由に歩きまわった。観光客狙いのロマジプシーの子供たちにまとわりつかれることもなく、むしろ安全なくらいと思った。


 歩き疲れてバル(喫茶店と居酒屋と食堂とコンビニを一緒にしたような庶民の溜まり場)に入った時、店内の客が夢中になってテレビを観ているのに気づいた。


 テレビには、ドイツで行われているというオートバイレースが映し出されていた。


 騒がしさと早口で聞き取りにくいスペイン語のアナウンスだったが、このレースがデビュー戦の日本人が、イタリアのスーパースターを抑えて頑張っているらしいことはわかった。


 はじめはすぐ脱落するだろうと言っていた客たちが、時間が経つにつれ、日本から来た少女を応援し始めた。

 終盤には、もう熱狂と言っていいほどの熱気が、店の外まで溢れていた。


 こちらでは、オートバイレースがサッカーに次ぐ人気スポーツだという知識はあった。ただ、見下す訳ではないが、経済的な負担の大きいであろうモータースポーツに、一般市民がこれほど熱狂していることに、正直驚いた。


 そして、もっと驚いたのは、表彰式にヘルメットを脱いで現れたその日本人が、中学の頃、同じ教室にいた河合愛華だったことだった。







 クリスマスを過ぎると、愛華の補習授業も終了し、学校も本格的に冬休みに入った。


 ようやく一日中みんなにかまってもらえると喜んだシャルロッタだったが、智佳はバスケの練習、美穂はピアノのレッスンで、なかなか会えない。


 バスケ部と体操部の1、2年生の子たちも、冬休み中も練習があるので会いに来てくれない。


 紗季は連日、町の案内と通訳を兼ねて、何処に行くにもつきあってくれてるが、これまで独占状態だったのが、スターシアが来てからというもの、愛情が半減してしまった気がして面白くない。


 代わりに由美も、いろいろ気を使ってくれてるが、シャルロッタはどうもこの「お蝶夫人」を苦手としていた。

「今日は何処に行きたいですか」と尋ねられるにしても、曖昧な返答を許してくれなさそうな毅然さと、決めたら即、合理的且つ迅速に行動に移す姿勢が、お蝶夫人というより女王様を思い起こさせた。


(せっかく休暇で日本来てるのに、なんでエレーナ様の影にびくびくしなくちゃいけないの?)


 もちろん由美はどついたりしないし、師走でどこも混雑する中、手早く計画を立て、効率よくまわれるよう段取りしてくれるのには、愛華や紗季だけでなく、スターシアとルーシーまで頼りにしている様子だ。それがまた、シャルロッタの癪にさわる。


 その上、明日はラニーニとナオミもやって来るという。このままでは、自分の存在感がどんどん薄れてしまう……。

 

 

「ラニーニちゃんたち来たら、どこ案内したらいいかな?」

 愛華は、紗季と由美に相談していた。

「30日にみんな集まって餅つき大会をするので、それまでは普通に日本の街を案内すればいいと思いますよ」

 由美が答えた。着いていきなり観光地をつれまわすより、ゆっくり街中を見学する方が外国人には楽しいと思われた。

 紗季も頷くが、愛華はせっかくだからもっとおもてなしがしたい。愛華自身、世界中を転戦していても、有名な観光地とかに興味はないのだが……そもそもラニーニとナオミを、まだみんなにちゃんと紹介していないことも忘れている。まあ二人のことはみんな知っているし、学校の友だちのことは、ラニーニが妬くほどいつも話していたので、すでに知り合いみたいに思っているだろうけど。


「そうだ。シャルロッタさん、イタリアの人から見て、どこが楽しかったですか?まだ行ってないとこでもいいんですけど、ラニーニちゃんたちと行きたいとことか、ありますか?」


 すでにこの辺りのシャルロッタの行きたそうなところ、行けるとこにはもう連れて行ってもらっている。

 それでもわがままシャルロッタとしては、すでに主役ゲストの座を空け渡しているような質問にがまんならなくなった。


「そうね、ツーリングに行きたいわ。サキとも前に約束したじゃない。日本に行ったら一緒にツーリングしよ、って」


(バイクに乗ってるとこ見せれば、みんなあたしのすごさわかって、きっとモテモテになれるわ)


 今さらそんなことアピールしなくても、シャルロッタが人間よりバイクに近い生き物だと誰もが知っているのだが、彼女としては、自分の偉大さを、紗季たちに生で、そして間近で、見せつけてやりたくなった。


「確かに約束しましたけど……」

 紗季が困った顔をする。

「なによ、今さらあれは本気じゃなかったとか言わないでよね!」

 紗季は決して社交辞令で言ったのではない。本当にバイクに乗りたいと思っている。年明けから普通車と一緒に自動二輪の免許も取ろうと自動車学校にも申し込んであった。つまり、

「免許がまだないの……ごめんなさい」


 シャルロッタが気の毒なほどがっかりした顔をした。


「だったら、あたしの後ろ乗せてあげるわ!トモカはアイカが乗せればいいし、ユミはスターシアお姉様もいるし、ラニーニとナオミにも手伝わせれば、みんな連れて行けるじゃない!?」


 世界チャンピオン含めてランキングトップ4と6位で世界一美しいと言われるライダーと一緒にタンデムツーリング!紗季でなくても胸ときめく贅沢なツーリングだ。愛華もわくわくしてくる。


 しかし、それを諌めたのはスターシアだった。


「シャルロッタさん、無茶言ってはいけませんよ」


 愛華にも、その理由がわかった。


 まず、乗るバイクの問題。スミホーイもジュリエッタも、現在日本で入手することは可能だが、急に公道を走れる状態のもの、しかもタンデム可能なモデルを用意するのは難しい。

 それは輸入代理店に頼めばなんとかなるかも知れないが、愛華は免許を持っていても公道で運転したことがないのだ。GPアカデミーにいた時に、免許を取得し、一応国際免許証もあるが、公道では完全なペーパーライダーだ。シャルロッタもオフロードを含めて、ほとんど専用コースしか走ってないはずなので、それに近い。そもそも彼女が交通ルールを覚えられるか疑問だ。ラニーニとナオミは、家でもバイクに乗ってたそうだが、自国とは逆の通行区分や交通マナーの違いに不安だ。


 それらがクリア出来たとしても、保険と契約の問題がある。ライディングテクニック的にはなんの問題もない五人だが、先の通り、サーキットとは勝手が違う。公道では何が起こるかわからない。最高峰クラスを走ったこともあるライダーが、公道で違反してきたトラックと衝突して事故死した例もあるので、保険会社もチームも厳しい制限を規定している。

 これはエレーナから契約の解釈の仕方を任されているスターシアにもどうしようもない。ラニーニとナオミに関しては尚更だ。


「安全対策を十分に配慮して、宣伝活動の一環として企画すれば出来ないことはないでしょうけど、上の人を説得するには時間が掛かるでしょうね。ましてジュリエッタと協同となると……」



 愛華も残念だったが、今回は諦めるしかなさそうだった。


 でも、紗季ちゃんが免許取ったらぜったいに行こうね、ツーリング。


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[一言] 一度お目に掛かりたい超贅沢ツーリング!
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