表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
20/398

アレクセイの苦悩

  ジュリエッタの事実上ワークスチームであるブルーストライプスが投入したRS 80type 12は、基本8年前に登場したtype03からの進化改良したモデルであった。

 ベースであるtype 03は、現在では当たり前になっているモノフレームをレーサーとして初めて採用した画期的マシンとして登場当時かなり話題となった。

 車体の中心に一枚の平板を通したような斬新なスタイルは、当初奇抜さをねらったショーモデルなどと言われたが、当時主流だったツインスパーフレームより軽量で剛性も高く、実戦でその性能が証明されると、各メーカーも次々に独自のモノフレームを開発した。独自技術を謳ってはいたが、発想はジュリエッタの成功によるものである事は疑いない。


 その後も改良を重ね、今日までトップクラスの競争力を維持してきたが、エンジン出力のアップやタイヤのグリップ力向上は、車体の受けるストレスを増大させ対応が難しくなっていた。補強的な改良では追いつかず、根本的な設計の見直しが必要と言われて久しい。


 エンジンに関しても、信頼性が高く扱いやすいと言われたのはミューズⅢ型までで、出力向上を繰り返した結果、超神経質なエンジンになってしまっていた。Ⅵ型以降は電子制御のプログラミングまで外部の会社に頼っており、現場からの声が反映されるのにも時間が掛かかる状況だ。


 ジュリエッタRS 80 type12は、設計当時の想定を遥かに超える性能を要求されていたのにも関わらず、グループの親会社はフルモデルチェンジを再来年以降に先延ばしの決定をした。いろいろな理由はあったが、かつての名門ブランドの企業買収が計画がされており、一新したニューマシンは、そのブランド名で登場させる計画だった。

 エンジンは既に同じ傘下のF1チームの技術室で開発が進めらられており、ジュリエッタにも供給されるという。しかし、それを知ったジュリエッタの技術者たちは、屈辱的な思いを感じた。彼らはジュリエッタに誇りを持ち、RS80を我が子のように愛していた。


 ジュリエッタの技術者たちは、プライドを賭けてRS80の改良に取り組んだ。

 大きな変更は前後のサスペンションの変更とフレームの補強。あとは何千何百というパーツ、ボルト1本に至るまで最速をめざしてナノ単位で見直した。

 足まわりの強化はピークパワーを優先しても操縦性を悪化させなくした。コンピュータのマッピングも大幅に変更した。そうして新たに生まれ変わったtype12は、type11の性能を大きく上回り、まだまだ最新鋭のマシンにアドバンテージがあると思われた。それは事実であったし、実際予選では圧倒する速さを示していた。

 間違っていたのは、投入が早すぎた事だ。


 アレクセイ・ジーロフ監督を困惑させたのは、フリープラクティスで同じレースシュミレーション走行をしても、ラニーニのバイクのみオーバーヒートの兆候すら見られなかった事だ。他のライダーはすべてレース距離をこなせず、途中でピットに戻らざるを得なかったのに。


 ラニーニとまったく同じセッティングをバレンティーナのバイクにしても、結果は同じ。レース距離の3分の2も、もたない。


 ラニーニのバイクが異常なしとすれば、基本的には間違っていない筈だ。それが逆に深刻さを深めた。他のバイクの何処かに不良がある筈である。しかしそれを見つけ出すのは、途方もない作業だった。単純に冷却系統を見直せばいいという問題でない。

 バイクの何処かで異常な負担が掛かっている。

 何千という最高レベルの技術で造られた部品の組み合わせの中から、ナノ単位の誤差を探る。まるで遥か宇宙の彼方の小惑星を見つけるようなものだ。小さなバイクの中の小宇宙である。探し出すのは至難だ。


 電気系統となるとアレクセイはもうお手上げだった。現代のレースチームは監督と言えどもPCの一つも扱えなくては話しにならない。アレクセイも人並みには使いこなしていたが、仕組みなどまったく解らない。バージョンアップなどされると、昨日まで行っていた操作が、突然出来なくなって大騒ぎする。

 バイクに登載された制御パーツなど、まるでブラックボックスだ。信頼性のあるパーツ同士の組み合わせでも、何かの条件で突然エラーが出たりする。相性があるという。信号のやり取りだけの筈なのに、人間のように気分で態度を変えるのか?

 このブラックボックスの中に原因があるとすれば、つきとめられるとは思えなかった。


 アレクセイ・ジーロフは絶望した。


 予選を全員新型で走らせ、ライバルを圧倒した。しかし問題は何も解決していない。タイトルは決勝の順位で争われるのだ。


 予選終了後、アレクセイはライダーとメカニックを全員集め話し合った。

 彼の意見は、好調なラニーニのバイクをバレンティーナに与え、他のライダーは旧型で決勝に挑む。


 アレクセイの出した妥協案にメカニック達は納得した。メカニックとしても最も無難に思えた。自分たちもリスクを負わないで済むし、バレンティーナにとっても最良だろう。

 しかし異を唱えたのはバレンティーナ本人である。


「ラニーニのバイクが好調なのは、彼女の身体の特長とライディングスタイルだからかも知れないよ。もしボクが乗っても同じ結果になるとは限らないんじゃないかな。現にラニーニと同じセッティングにしてもトラブルは発生したんだから。好調なラニーニはそのままにすべきだよ。今後のためにデータも必要だし。でもボクも新型に乗るよ。メカニックにはなんとか対策して貰うから。出来なくても恨んだりしないけど」

 ラニーニを除く他のライダー達もバレンティーナに賛同した。バレンティーナに逆らい、自分だけ安全な旧型に乗るとは言えない空気であった。それに一番年下のラニーニにだけニューマシンが与えられるというのは面白くない。

 例え未完成であってもニューマシンの優先順位は、ライダーの格付けである。少なくともこれまでブルーストライプスではそれが当然だった。

 ラニーニは「与えられたバイクに乗るだけ」としか言えなかった。



  エレーナは、ブルーストライプスの出方を探った。

 彼女たちのマシンがオーバーヒートの問題を抱えているのははっきりした。


 この段階で慌てて引き離しに掛かるのはまずないだろう。前にはアイカがいる。アイカに負けるとは思っていないだろうが、問題を抱えたマシンだ。自分たちから逃げ、その上アイカをパスして逃げ切るにはリスクが高い。手こずれば再び追いつかれる。出来るだけ無理をする時間は短くしたいはずだ。

 ラニーニを下がらせるというのも考えにくい。彼女がペースを落とせば、当然アイカも合わせるだろう。ラニーニの戦力は欲しいが、敵に前後を挟まれる形になるのは混戦を招くようなものだ。最終的には避けられないと覚悟していても、今はまだ混戦にはしたくないだろう。こちらとしても、アイカをもう少し自由に走らさせてやりたい。同じレベルのライバルと競い合うのは、成長に欠かせない栄養素だ。


 この時のエレーナの誤算は、唯一ラニーニのマシンだけが問題を抱えていない可能性を考慮していなかった事だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ