メリークリスマス!
由美が到着すると、もう亜理紗ちゃんの実家については誰もきにしなくなった。その亜理紗ちゃん本人もまだ来てなかったが、お泊まりじゃない子たちの帰宅する時間を考えるともうこれ以上待てないので、美穂のキーボード演奏でクリスマス会は始まった。
本物のパイプオルガンの音色には敵わないまでも、音大めざしてる美穂の弾くキーボードはとても素敵で、みんな自然に『きよしこの夜』を歌い始める。
白百合女学院はミッション系の学校だが、愛華の家は仏教、愛華も仏壇には手を合わせるが、普段、特に信仰を強く意識することはない。(強いて言えばエレーナ教か)
ほかの子たちも、だいたいそんな感じで、学校のチャペル以外で讃美歌を歌うことはほとんどなかったが、この時は自然に口ずさんでいた。先ほど聴いたmioでのハンドベルと合唱の感動が残っていたのかも知れない。
美穂のキーボードに合わせ、親しい友だち同士で歌うこの歌は、ハンドベル部合唱部の演奏とはまた違う暖かさを感じる。
ローマカトリックのお膝元、イタリアから来てるシャルロッタも、珍しく穏やかな顔でハモっていた。因みに白百合女学院はプロテスタント系であるが、シャルロッタも信仰深いカトリック教徒ではない。どちらかというと異端に近いだろう。
悪く言えば「いい加減」とも言える日本のおおらかなクリスマスを、シャルロッタは気に入っていた。
シャルロッタも心の中では神様は信じている。そういう環境で育った。それでも大きくなるに従い、様々なことを見て経験をし、教会の唱える唯一絶対の神に疑いを持つようになっていった。
神様は完璧?
だったら、最初から完璧な世界を創ればよかったのに……
すべて神様の意思?
どんな悲劇も神の与えた試練とするなら、神様はなんの実験をしてるの……
人間が完璧になれないのは、神様も完璧じゃなかったからだ。
アニメの中には、いろんな神がいた。
絶対無敵の存在も倒される。
愛華を見たとき、これだと思った。
愛華にとって、エレーナは神であり、スターシアは女神、そしてシャルロッタさえも未熟な神として羨望の眼差しを向けてくる。
世界にはいい神も悪い神もいて、味方の神も敵の神もいる。
愛華はライバルであっても、ハンナもラニーニもナオミもリンダも尊敬し敬っている。その意味ではアレクセイも神、バレンティーナも……あいつは裏切りの神だ!
そう、これは神々の戦い。
はじめは日本人のクリスマスに、とても違和感を感じた。来週は神社で新年を祝うという。でも、このおおらかさがシャルロッタには、なんだか心地いい。
シャルロッタにとって、日本人の宗教観がとてもしっくりきた。
よく多神教の日本人が特別と言われるが、ギリシャ神話はじめ、世界の様々な民族、地域に伝わる神話、信仰は、いろいろな神がいて、人間と同じように愛しあい、悩み苦しみ、嫉妬して、憎みあったり殺しあったりもする。むしろ旧約聖書を元とするユダヤ教キリスト教イスラム教が特別で、多神教の方が自然なのかも知れない。
世界中が多神教になれば平和になるとは言わないまでも、人々が信仰の違いによって戦争やテロをおこすことは少なくなる気がする。
シャルロッタには難しいことはわからないが、速く走ることこそ正義であり、それによって唯一絶対の存在になろうとしてきた彼女にとって、日本で過ごしたこの休暇は、本人が思っている以上に意味のある事となるかも知れない。
シャルロッタの人生観はひとまず置いとき、クリスマス会はノンアルコールのシャンパンで乾杯、紗季のお母さんの手料理(彼女の料理の腕前は三ツ星レストランでも通用するレベルで、七面鳥の丸焼きは絶品だった)と、シャルロッタも一緒に買いに行ったクリスマスケーキを食べて飲んで、おしゃべりして、お楽しみのプレゼント交換会も行われた。
プレゼントに関しては、急に誘われた子もいるので、あくまでも今あるお小遣いの範囲で、プレゼントのために家でお小遣いをねだったり、借りたりしないという約束が交わされている。
みんなここに集まれるだけで大きなプレゼントと思っており、プレゼント交換会はお約束のお楽しみイベントなので、気持ちのこもったプレゼントに不服を言う子はいなかった。たとえアニメキャラのフィギュアでも…………バイクアニメのフィギュア、結構高いんだから!誰からのプレゼントかは、すぐにわかると思うが。
「結局、亜理沙ちゃん、今日も来れなかったのかな?」
プレゼント交換のわいわいガヤガヤがひとまず落ち着いたところで、智佳が呟いた。
「今、すぐ近くまでいらしてるとメールがありました。駐車場まで迎えに行ってきますから、少し待っててください」
紗季が答えた。愛華もスマフォを取りだし、メールをチェックした。
亜理沙ちゃんからのメールはなかったが、たくさんのクリスマスメールが届いていた。
ラニーニちゃん、ナオミさん、リンダさん。あとハンナさんからも!
エレーナさんもクリスマスメールなんてするんだ、って言ったら失礼かな。あっ、ミーシャくんからも来てるよ。
あれ、これは……
愛華と同じテーブルにいるシャルロッタからだった。しかも5分前に送信してるようだ。
後で判明したことだが、シャルロッタはここにいる全員にクリスマスメールを送ったらしい。前から知ってる子はともかく、いつの間に全員のアドレス入手したんだろ?みんな喜んでるからいいけど……。
他にもスベトラーナさんにケリーさん、琴音さん、バレンティーナさんにマリアローザさん、チームに関係なく、いろいろなチームのライダーやメカニックやスタッフの人からも!みんなGPの仲間なんだという気持ちにさせてくれる。
愛華はみんなから少し離れて、一人一人にクリスマスのメッセージを送り返していく。
そうしてる間にも、また新しいメールが届くのだが、一番来るはずの人からのメールが一向に来ない。
(あれ?スターシアさん、なにかあったのかな?)
アイカちゃん大好きなスターシアさんからメールが来てない。
クリスマスメールが来ないからといって、そんなに大袈裟に考えることもないけど、絶対一番に来ると思っていたからちょっと気になる。
(なんかすごいサプライズ考えている気がするんだけど……)
最近はスターシアさんの行動が、なんとなく読めるようになってきた愛華だった。
「皆さん、亜理沙先生が到着しました」
大広間に紗季の声が響き、みんなが入口に注目するのに合わせてドアが開かれた。
そこにはサンタの衣装を着た亜理沙ちゃんが立っていた。
亜理沙ちゃんの身長は、愛華より少し大きいぐらい。サンタクロースのコスプレは……デフォルメされたサンタみたいで似合うと言えば似合ってた。
「亜理沙ちゃん遅いよ~ぉ」
智佳が最初に歓迎の言葉を言う。
「プレゼント交換終わっちゃったよ」
「サンタさん、みんなにプレゼント持って来てるよね」
智佳に続いて、バスケ部と体操部の子たちが亜理沙ちゃんを歓迎する。運動部の乗りの良さに、お嬢様たちもわいわいと亜理沙ちゃんを歓迎する。
「もちろん!みんなに素敵なプレゼントを用意してきたわ!」
亜理沙ちゃんは肩に担いでいた軽そうな袋を床に放り投げた。袋の中身はプレゼントではないらしい。たぶん着替えた服でも入っているのだろう。
「アンドロメダから来てくれました~ぁ」
亜理沙ちゃんがドアの後ろに向かって手招きすると、黒い帽子に黒いコート、黒いブーツを履いたスターシアが現れた。
「メーテルだぁ!」
叫んだのはシャルロッタ。愛華はじめ、ほかの子たちは、懐かしのアニメでは必ず出てくるそのキャラクターを知ってはいるけどピンと来ない。それでも黒で統一された衣装に、輝く金色の髪と長い睫毛に縁取られたエメラルドの瞳は、宇宙の神秘そのもののような、幻想的な美しさに見とれてしまう。
まあメーテルのコスプレは、しなくても同じだったと言えなくもない。理解したのはイタリア人のシャルロッタだけみたいだし。愛華は相変わらずの美しさに羨望しながらも、たぶんこんなことだと思ったとわりと醒めていた。
「どうしたの?アイカちゃん。せっかく来たのに、もっと感動して抱きついてもいいのよ」
「けっこうです!」
「あら、お友だちの前だから照れてるのかしら?」
「いつも抱きつたりなんてしてないですよねっ!」
立ってるだけで誰もを虜にするほど素敵なのに、喋るとどうしてこんなに残念なんだろうか。
「もったいないですよ、愛華先輩!」
由加里はスターシアさんの真の姿をまだ知らないようだ。
「よかったら由加里ちゃんどうぞ」
「えっ、いいんですか?」
愛華が軽く言ってみたら、由加里が食いついた。
えっ?わたし一筋じゃなかったの!?
「アイカちゃんのお友だちなら、私の妹も同然です」
調子に乗って手を拡げるスターシアに、躊躇いを見せる由加里。
あまりに綺麗過ぎて近寄りがたいオーラを放っているので無理もない。
「スターシアさんは本当に凄い人で、わたしも尊敬してるけど、危ないとこあるから気をつけて」
「じゃあ、わたしがもーらい!」
愛華の注意が終わらないうちに、智佳が抱きついていった。
スターシアは嬉しそうにハグする。
由加里も慌てて抱きつくと、遠巻きに見ていたほかの子たちも押し寄せた。
「あらあら、そんなに一度に来られたら、困ってしまいますわ」
スターシアのぜんぜん困ってなさそうな顔に、愛華はちょっとだけイラッとした。
(そんなにデレデレしないでください!)
智佳と由加里のまさかの裏切りと、大好きなスターシアさんがみんなに盗られてしまいそうな様子にちょっとだけショックだったけど、来てくれたことはとっても嬉しかったし、みんなを平等に好いてくれるのは素直に喜ばなきゃと思った。
シャルロッタは愛華より露骨に不服そうな顔をしていたが、少しだけその気持ちもわかった愛華だった。
由美はスターシアを取り囲む女の子たちの様子を、微笑みを浮かべて頷きながら眺めていた。




