目的地は遥かなり
亜理沙がクリスマスで混雑する空港の、到着ゲートから出て来る人の中からその人物を見つけるのは容易いことだった。
襟まわりと袖と裾に毛皮のようなふさふさをあしらったケープ付きの黒いコート。同じように毛皮のロシア風の帽子からブーツまで、黒に統一された装いに、純金のように輝くストレートの金髪。
なによりも、その人がどんな人物か知らなくとも、思わず振り返っててしまう美貌……。
亜理沙と同じ世代の男性なら、少年の頃、銀河鉄道の旅に連れていってくれた美女を思わずにはいられないだろう。
「ようこそ、アナスタシア・オゴロワ様」
去年と今年の日本GPで愛華を通じて知り合い、電話やメールを何度も交わしているのだが、改めて目の前にして、本当は機械の体だと言われたら信じてしまいそうなほど完璧な容姿に、いつもゆるい亜理沙もつい緊張してしまう。
「お久しぶりです。ヤマザキ先生。わざわざお出迎えくださり、ありがとうございます」
スターシアも、クールな美貌を微笑ませ、小柄で実年齢より遥かに若くみえて可愛い高校教師に、当たり障りのない挨拶で答えた。
「いつもうちの生徒のアイカがお世話になっております」
「アイカさんは私たちにとっては家族同然ですので。こちらこそ、急にアイカさんを押し付けて申し訳ありません」
「アイカは白百合女学院の誇りです。学校としてはむしろ感謝しています」
「その上、シャルロッタさんまでご迷惑をかけているようで……」
「シャルロッタさんの面倒は……、ルーシーさんがちゃんと見張っててくれますから大丈夫なようです。彼女の観察は、わたしの楽しみでもあるので」
「ご厚意、たいへん感謝しております。ヤマザキ先生とは、今後、家族を含めたお付き合いを期待したいですわ」
愛華からいつも『スターシアさんがGPで一番きれい』と言われていたが、亜理沙の知る限り、女優やモデルを含めても彼女ほど綺麗な女性はそう多くはいない。
この地方一番のお嬢様学校である白百合女学院には、そこらのアイドルなど色褪せる容姿と気品を兼ね備えた生徒は何人もいるが、亜理沙は一般的な美女といわれるタイプより、女性の躍動感に芸術性を見出だす性質である。しかしスターシアの蒼い瞳に見つめられると、どうしようもなく惹き込まれてしまいそうになる。しかも、日本GPで観たスターシアのライディングを思い出すと、彼女の頭はもうとろけそうだ。
(いけない……ここでわたしの立場をはっきり示しておかないと、流されてしまいそう……)
亜理沙は強い意思を込めて、スターシアを見つめ返した。
「わたしは純粋にアイカの教師として、いえ、友人として彼女に関わっています。友人としてアイカが成長活躍することを応援し、協力も惜しみませんが、わたしの実家とのビジネスに関しては、期待なさらないでもらえると、幸いです」
スターシアの瞳に、愁いが帯びたような気がした。
「私の乏しい英語表現力が誤解を招いたとしたら、お詫びいたします。私が今回来日した目的は、貴女と同じようにアイカさんの友人として、そしてアイカさんとシャルロッタさんの保護者として、二人に有意義に日本で過ごしてもらえるようやって来たのであって、他の目的はありません。チームやスポンサーとの契約について、あの子たちはまだよくわかっていません。ルーシーさんでは判断できない事案も度々発生しているようで、契約についての全責任を預かって私は来ました。と言っても、私がエレーナさんから与えられた権限は、アイカさんとシャルロッタさんに関してのみです。うちのチームと『ヤマザキ』の間で、技術提供の交渉中なのは知っていますが、ヤマザキ先生にはアイカさんの教師として、或いは友人として彼女が素敵な学校生活を送れるよう協力していただきたいと願ってます。正直、チームとしてもパートナーとなれればうれしいですが、まあ技術的な話なんて、私にはわかりませんし、ビジネスであればぶつかることもあるでしょう。アイカさんとその友だちを利用するなど、私は頼まれてもしたくありませんから」
警戒していた亜理沙だったが、最後にスターシアがニコリと微笑むと、一瞬で魅了されてしまった。それでも、この人が本当に愛華を好きだという本心は、疑いないと感じた。
「たいへん失礼しました。それではアイカの友人として、わたしのことは『ヤマザキ先生』ではなく『アリサ』と呼んでください」
亜理沙としては、少しでもスターシアを疑ったことを恥ずかしく思い、個人であることを自分自身を含めて明確にしておきたいという思いから、名字でなく下の名前で呼んでくれることを求めた。そもそも生徒たちからもそう呼ばれているし、アリサの方がしっくりくる。堅苦しい話し方も好きではない。その思いは、すぐにスターシアにも伝わった。
「理解いただけて嬉しいです。でも、まだ少し堅いですよ、アリサさん。アイカちゃんの話では、『少し残念なとこあるけど、可愛くておもしろい先生』だって聞いてましたけど。日本GPのときは、道に迷って予選ぎりぎりに到着したようですし……」
(残念なところ……あいか~!先生のこと、そんなふうに言っちゃダメでしょ!)
亜理沙は心の中で、愛華への怒りを呟いた。
「どうかされました?」
「えっ、あ、いえ、だから、日本GPのときは、道に迷ったんじゃなくて、事故渋滞で回り道させられたんですぅ!」
亜理沙ちゃんは、パニクると地が出て、歳に似合わず可愛いかった。
「そうなんですか?では、今日は迷わずにアイカちゃんたちのところまで連れていってくださいね」
「オゴロワさん、ここはわたしの地元ですから!迷うはずありませんから!」
パニクったのを、誤魔化すように強がった。それもけっこう可愛い。
「それから私のことも『オゴロワ』でなく、『メーテル』と呼んでください」
「メーテル?ほんとにメーテルなの!?」
スターシアも、亜理沙に負けず劣らず、ゆるかった……。
二人は亜理沙の車に乗り込んで、中部国際空港から名古屋市東部へと向かったが、いきなり高速道路の乗り継ぎでレーンを間違え、ずいぶんと大回りをしているのだが、そのことはスターシアはもちろん、亜理沙も気づいていなかった。




