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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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契約者、その代償……

 案内された会議室は、愛華たちの想像していたものと少し違っていた。

 愛華の中で会議室といえば、学校や公民館によくあるような、折り畳みのパイプ椅子と机を想像していたが、シンプルだがしっかりとした机と肘掛け付きの高そうな椅子が、コの字に配置されていた。各席ごとにUSBの差し込み口もある。智佳なんか、早速スマフォを繋いで充電している。

 VIPルームとはいかないまでも、重役用の会議室みたいだ。

 正面には、愛華の家のテレビより、二まわりは大きそうなモニターとマイクスタンドが二つ置いてあった。これでカラオケも出来るらしい。後ろにはアイスとホットのドリンクバーまである。


 愛華はロシアやヨーロッパの会社やホテルなどで、もっと豪華な会議室も見てきたが、放課後の高校生が駄弁るには十分すぎるほど贅沢な部屋だ。パドックでのミーティングでは、エレーナさんでもキャンプに使うような折り畳み椅子だし、メカニックの人なんかは、工具箱やプラケースを椅子やテーブル替わりにしてたりしていた。


 モール内のほとんど全ての飲食店のメニューが回ってきたが、愛華や智佳のようにスポーツ特待で入ったコたちは財布の中身の都合で、紗季のようなお嬢様もつつしみから、全員手頃な価格のドーナツを注文した。

 しかし、注文したドーナツの他に、ハンバーガーにポテト、ピザやパスタから、様々な種類のサラダ、お寿司までもが山ほど運ばれてきた。あとでデザートもあるらしい。すべて各お店のご厚意だそうだ。

 小分け用の皿を配り終えたホールスタッフの若い男性が、愛華にサインを頼もうとしたが、由美に睨まれ、すごすごと立ち去った。

 これだけして貰ってるのだから、喜んでもらえるならサインぐらい、いくらでもしてあげたい愛華だったが、由美は別の考えらし。


「みなさん、一応会費として、一人500円ずつ集めさせてもらいます」

 ドーナツの値段より高くなったが、これほどのスペースと料理で、一人500円は安い。もしかしたら、すべてサービスすると言われのを、由美があくまで体裁に拘ったのかも知れない。皆そう思ったが、不満があろうはずもない。集めに回る紗季にお金を手渡していく。紗季は千円札を差し出す生徒には手際よく500円玉を返し、すぐに回収し終わった。生徒会を取り仕切ってきたコンビは優秀だ。

「それから始める前に、一つだけ約束して欲しいのです。今日の思い出を残したい気持ちは私も同じですが、ここでは絶対に写真など撮らないようにお願いします。そのような事はないと信じていますが、SNSなどにアップされると、愛華さんと、ご厚意でこの場を提供くださった斉藤様に大変なご迷惑となりかねません。同様に、みだりに口外しないこともお願いします。お家の方に帰宅が遅くなった事情を説明しなくてはならないでしょうが、その場合も、ご家族にもご協力くださるようお願いします」

 やはり生まれながらのセレブは、愛華より思慮深かった。


 今の時代、噂の拡散を完全に防ぐことは不可能だ。実際、愛華が復学していることはファンの間では、かなり知られている。ただ、たとえ事実であれ、単なる噂と写真や動画、サインなどの物的証拠とでは、影響力が違う。


 愛華も今回、改めて契約書を隅まで読み直してわかったことは、愛華の肖像権は、愛華だけのものでないということだ。たとえ愛華本人のブログやTwitterであっても、チームやスポンサーの不利益となる発言や画像をアップすれば、契約違反とされる可能性もある。


 数年前、あるヤマダの契約ライダーが、シーズンオフに趣味の水上バイクをやっている写真がバイク雑誌に掲載された。その時、彼の乗っていた水上バイクが、ヤマダのライバルメーカー(K社)の水上バイクだったことが問題となった。しかも「水の上では、K社のマシンは最高だ」というコメントまで載ってしまっていた。ヤマダは水上バイクにはそれほど力を入れておらず、競合するモデルもなかったので、事実上たいした損害が発生した訳ではない。ヤマダとしても、個人として楽しんでいる分には目も瞑れるが、公にそこまでされては対処せざるえない。

 雑誌を発行する出版社を巻き込んで、ヤマダとそのライダーは揉めに揉めた末、最終的には和解したようだが、両者の関係はぎくしゃくしたものとなってしまった。


 仮にドリンクメーカーがスポンサーなら、コンビニや自販機でジュースを買うにも気をつけなければならない。他社の商品を飲む時は、少なくとも写真などを撮られる時には、商品名を隠すなどの配慮をする必要がある。報酬が多くなるほど、有名になればなるほど、不自由さと義務も大きくなる。契約とは、そういうものだ。


 由美は、愛華よりもゲームのルールがわかっていた。さすが日本経済を動かす総合商社創業一族の血統を受け継ぐ者だ。


 ストロベリーナイツとの契約には、愛華の安全に関する制約はいろいろあったが、プライベートでおじいちゃんのNボックスワゴンに乗ろうと、ブルーストライプスのメインスポンサーである「WildEnergy」を飲もうが、ボーイングを買おうが、禁止する項目は見当たらない。


 もしかしたら、翻訳されていても難解な文の中に、愛華が気づいてない解釈が隠れているかも知れない。契約書をロクに読まずサインしてしまい、一度は反省した愛華だったが、楽しい学校生活に、契約書のシビアさをつい忘れていたことは否定できない。

 由美には愛華の契約内容を知る由もないが、そこまで気を使ってくれたのかも知れない。


 愛華にも、思い出の一コマを残したい気持ちはあるが、それ以上に、ここにいる友だちがトラブルに巻き込まれるようなことにはなって欲しくない。

 そして、特別な配慮をしてくれた斉藤さんと由美さんに迷惑になるような事態は、絶対にあってはいけないと思った。


 特別であることは、背負う責任感も特別だと、最近わかってきた愛華だった。



 少し残念ではあったが、由美が撮影禁止としてくれたおかげで、逆に不安な要素から切り離され、普通の女子高生として飲んだり食べたり、お喋りしたり騒いだり、カラオケ歌ったりするのは、純粋に楽しかった。

 しかし、楽しい時間は過ぎるのが早い。気がつけば、もういい時間になっていた。


 そろそろお開きにしましょうか、となって、慌てて家に電話するコもいる。愛華も家とルーシーさんに電話した。ルーシーさんはまだ留守電だった。

 家が厳しい生徒には、由美と紗季が換わって事情を説明していた。父兄の間でも、元生徒会長と副会長の名は、絶大な信頼がある。たぶん亜里沙先生より……

「そういえば、亜里沙ちゃんどうしたのかな?」

「結局、来られませんでしたね」

「まあ、いいんじゃない?また今度誘ってあげれば」

「そうですね。今日は美穂さんもいませんでしたし、みんな揃って、また集まりましょう」

 皆、あまり気にしていないようだった。それ以前に、やはり亜里沙ちゃんは、先生と思われていないようだ。今日来られなかった友だちの一人という感じだ。

 本人が聞いたら、喜ぶべきか悲しむべきか、どっちにしても、先生としては残念と言わざるえない。


 家に電話した何人かは、家の人が迎えに来てくれるらしい。家が近いコは、一緒に送ってもらうことにする。それ以外のコは、斉藤さんの計らいで、mioの巡回バスで、家まで送り届けてくれることになった。愛華もお願いする。まったく、なんと感謝していいのか。せめて食器やゴミを片付けたり、部屋の掃除をしていると、突然、入り口の扉が勢いよく開かれた。


 バタン!という大きな音に、みんな一斉に振り向いた。


 目に入ったのは、なぜか屋内なのに拡げて顔を隠してしまっているレースのフリルつき黒い日傘……(因みに、今は12月中旬、しかも日はとっくに暮れている時間だ)


 そして白百合の制服……に似ているが、スカートにも、ヒラヒラしたフリルが……。


 ヒラヒラしてふんわり膨らんだスカートから覗く脚には、膝上まで伸びているであろう黒いハイソックス。当然、学校指定を示す赤いワンポイントマークはない。白百合のセーラー服がベースのようだが、自作或いは特注品であろう。たぶん、相当な手間と費用が掛かっていそうだ。


 おもむろに上がった傘から覗いたその右目は、黄金色(こがねいろ)の瞳。もう一方の瞳は眼帯で隠れている……




「えっ…………?シャルロッタさん?」


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[一言] 史上最強の疫病神、降臨(苦笑)
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