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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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元生徒会長は財閥令嬢

 愛華が中学の頃なかったショッピングモール『mio』は、学校から愛華の家とは反対側、わいわい歩いても、15分ほどのところにあった。

 広い駐車場と様々な店舗、ファーストフード、ファミレス、カラオケや映画館などのアミューズメント施設まで揃った巨大な商業施設で、校舎の二階より上の廊下側の窓から見えるはずなのだが、愛華は気づいていなかった。もちろん来るのは初めてだ。


「うわーぁ、こんなのできたんだぁ」

「吹き抜けのクリスマスツリーは、けっこう凄いよ」

 智佳が自分のことのように自慢する。

「今年の春、オープンしたばかりだけど、クリスマスイブには、そこでうちの合唱部とハンドベル部が演奏することになってるのよ」

 生徒会としてもいろいろ段取りしたであろう、紗季も自慢気に説明してくれた。

「たいしたこと、ありませんわ」

 元生徒会長は、なぜだか照れてる。


「でも、けっこう混んでるね。これだけの人数で座れるとこ、あるかな?」

 クリスマス前の夕暮れどきとあって、モール内は人で溢れていた。そこへ女子高生の団体、何人かはもう帰っていたが、愛華のクラスメイトと、一緒に補習を受けた別のクラスの友だち、体操部とバスケ部の後輩、全部で20人ほどが一緒に入れそうなお店は……なさそうだ。あと、亜里沙ちゃんも合流するはずである。


 もう一つの懸念は、愛華がいることを気づかれて、騒ぎにならないか、ということだった。

 愛華が白百合女学院に通っていることは(おおやけ)にされてないが、生徒たちのTwitterやFacebookなどを通して、世間にも広まり始めている。漏らした生徒に悪意はなく、身内同士の軽い気持ちの書き込みだったであろう。これははじめから予想されていたことで、今の時代では仕方ない。


 学校の近くということもあり、白百合の制服を着た生徒もちらほら見受けられる。一般の客は、女子高生の集団の中にまさか愛華がいるとは思っていないだろうが、白百合生なら愛華に気づかなくても、背が高くて目立つ『王子』こと智佳、そしてカリスマ元生徒会長にして『お蝶夫人』と呼ばれる由美がいることに目が留まり、すぐに愛華にも気づくだろう。

 女子高生たちがきゃぁきゃぁ騒ぎだせば、一般の客が気づくのも時間の問題だ。そうなると席の確保どころか、テイクアウトして、どこかでのんびり食べるなんてことも出来ない。亜里沙ちゃんは、そこまで考えてなかったようだ……。



「すこし、お待ちになっていてください」

 一旦、暗くなりかけている外に出て、どうしようかと思案していると、由美が思い切ったように皆に告げ、一人走り去った。


 由美に勝手に立ち去られてしまい、他の場所に移動する訳にもいかず、仕方なくそこで待つことになった。亜里沙ちゃんももうすぐ到着するはずだ。


 手持ちぶたさに退屈した智佳が、後輩にファーストフード店まで行ってシェークを買ってきてくれるよう頼んだ。


「愛華先輩はなにがいいですか?」

 体操部の一年生が訊いてきた。

「あっ、わたしも行く」

「いやいや、あいかがうろちょろしてたら意味ないから、後輩に任せておきなって」

 智佳が押し留めた。まあここは目立たないようにしているのが正解だろう。


「では、欲しい人は、お金と何味か伝えてくださーい」

 たぶん普通の女子高生より収入があって、あまり使うこともない愛華が、みんなの分まで払おうとしたのだが、バスケ部と体操部の一年生たちは、テキパキと注文とお金を集めていく。


(みんな、高校生してるんだなぁ……)

 愛華も中学の頃はこんな風に、決められたお小遣いしかなくても、ワイワイ、ガヤガヤやって、楽しかったのを思い出す。


「愛華先輩!なににしますか?」

 先ほどの一年生が、もう一度訊き直した。

「あっ、そうだね、じゃあ、わたしはストロベリーシェーク」

 自分が奢ろうとしたことを少し恥ながら、ストロベリーシェークの代金をきっちり渡した。


「どうした?あいか」

 物想いに耽り、しんみりした顔の愛華に、智佳は無邪気な声をかけた。

「あっ、うん、なんかこんな女子高生みたいなの、いいなぁ……って」

「なに言ってんの?女子高生だし」

「うん、だけど、レースの時はあまりお金使うことないし、どこか行っても、チームではわたしが一番下だから、たいていエレーナさんかスターシアさんが払ってくれるから……シャルロッタさんもああ見えて、『下僕のくせにお金払おうとしてんじゃないわよ!』っていつもおごってくれてたから、ここはわたしがみんなにおごらなきゃ、って思ったけど、それって上から見てたんだなぁ……って」

「なんだ、そんなことで悩んでたの?」

「えっと、悩んでたとかじゃなくて……」

「あいかはエレーナさんやシャルロッタさんからおごられて、見下されてる気分になった?」

「そんなことない!……けど」

「おごりたかったら遠慮することないよ。わたしは大歓迎!わーい、みんな!あとであいかが、なんでも好きなものおごってくれるって。お腹いっぱい食べようぜ」

「ちょっ」


「「「「「わー、やったぁ!」」」」」


 一斉に歓声があがった。


「しーっ!」

 辺りにいたお客さんが何事かと振り向いたので、紗季が人差し指を唇にあてた。幸い誰も愛華に気づいていない。女子高生たちが突然はしゃぎだすのはよくある光景だ。


「えっと、でも今日は、みんなになんでも好きなものおごってあげられるほどお金持ってないよぉ」

 送り迎えしてもらっていたし、学校では文房具かジュースを買うくらいなので、あまり大きなお金は持っていない。カードも学校には持って来てなかった。

「冗談だよ。でも、どうしてもおごりたいなら、こっそりわたしにだけおごってくれても、いいんだよ」

「トモ!なに言ってんの!」

 智佳は紗季に叱られた。

「だから冗談だって」

 頭をぽりぽりして誤魔化していたが、紗季には智佳が本気でおごってもらおうとしていた気がする。

「みんな、あいかがここにいてくれるだけで、すごくうれしいんだから、気使わなくていいの」

「そうです!愛華先輩は、わたしたちの自慢なんですから」

 由加里も紗季に同調した。どうも彼女は、智佳に対抗意識を持っているらしい。

「一年生の中には、愛華先輩に憧れて、バイク部作ろうって言ってるコもいますよ」

「あっ、それ二年にもいる。私もちょっと興味あるから、もし出来たらわたしも、わっ!」

「おまえら、バスケ部はどうすんだよ!」

 バスケ部のコたちまで、愛華を褒めまくるので、智佳がキレた。

 まるで自分だけ、愛華からたかろうとしてたみたいじゃないか!


 みんな笑っていた。愛華も可笑しくなって笑った。



 30分ほどして、由美が戻ってきた。

 30分も待たされたことに、智佳は文句言おうとしたが、由美の後ろのスーツ姿の男性に気づいて躊躇った。


「みなさん、『mio』の方とお話ししてまいりましたが、今日は大変混雑しており、これだけの人数が座れる席を確保するのは、どのお店も難しいそうです」

「「「「「え~」」」」」

 皆、落胆の声をあげた。


「ですが、こちらの『mio名古屋東店』の責任者、斉藤様のご厚意により、特別に会議室を使わせて頂ける事になりました。飲み物やお食事などは、注文すれば各店舗から運んで頂けるそうです。カラオケなども準備してくださっているそうですので、そこでよろしいでしょうか?」


「「「「「えええーーーっ!」」」」」


 驚きの声に変わったのは、言うまでもない。


「『mio』グループは、由美の家の会社なのよ」

 クラスメイトの一人が説明してくれた。


「「「「「リアルお嬢様!」」」」」


 お金持ちの御息女が珍しくない白百合女学院だが、『mio』といえば、全国に大規模商業施設を展開する、業界のトップだ。


「たまたま叔母様の嫁ぎ先だっただけです。私の家は、昔からの商いを受け継いでいるにすぎません」


 親戚が『mio』の経営者というだけで凄い!

 しかし、紗季が小声で教えてくれた内容は、もっと愛華を驚かせた。


 由美の家は、日本を代表する総合商社の創業者一族だそうだ。


「リアル財閥、っ!」

 思わず声をあげかけた愛華の口を、紗季の手が塞いだ。

「由美は家柄のこと鼻にかけてると思われるの、好きじゃないの」

 プライドの高さは感じるけど、たぶん本当にそう思ってる気がした。如何にもお嬢様然とした雰囲気だが、生徒会長をしてたのも、堂々と理事会にまで意見を言えるのも、由美本人の資質である気がする。

 確かに先生も理事の人たちも、彼女の家柄を意識してるのはあるかも知れないけど、そんなのなくてもきっと毅然とした態度は変わらず、由美さんは由美さんだと愛華は感じた。そしてそんな彼女が、敢えてコネを使ってまでして席を用意してくれたことに、本当にありがたいと思った。


「由美さん、ありがとう!」

 愛華は由美にお礼を言った。

「なんですか、急に。ルーシーさんがいないのだから、愛華さんをお守りするのは友だちとして当然です。私は私に出来る事をしたまでです。お礼を言うなら、こちらの斉藤さんに言ってください」


 持てる力を、使うべきときに使うのに恥じる必要はない。恥じるべきは、力があるのに何もしないことだ。ともすれば、権力は悪だというイメージが刷り込まれてしまいがちだが、強いことは悪いことではない。

 愛華は彼女に、エレーナさんと共通する信念を感じた。


 斉藤さんにもお礼を言った。他のみんなも一緒に頭を下げた。

「いえいえ、白百合女学院の皆様には、いつも御贔屓にしていただいてますので。それに店内で混乱があっては、責任者としての私の立場がありません」

 斉藤さんは、あくまで合理的判断だとした。おそらく彼も、由美が財閥の令嬢というだけで便宜をはかったのではないのだろう。



「そういえば、亜理沙ちゃんどうしたのかな?」

「どうせその辺で迷子になってるんじゃない?」

 斉藤さんに案内されて会議室に向かう途中、愛華はまだ合流できてない亜理沙ちゃんを思い出したが、智佳はバッサリ切り捨ててしまった。

「待ってたら、いつになるかわからないから、メールでもしとけばいいよ。早く行こうぜ、VIPルーム♪」

「でも……」

 愛華は紗季を窺った。

「それは私もトモと同意見。亜理沙ちゃん待ってたら、本当に閉店時間になっちゃうから。それからトモ、VIPルームじゃなくて、会議室だから!図々しいこと言わないの!」

 紗季も意外に亜理沙ちゃんに冷たかった。まあ茂木に行った時も、亜里沙ちゃんが道に迷ったせいで、危うく予選を見損ねるところだったから仕方ないかも知れない。


 愛華は亜理沙ちゃんの携帯に電話してみたが、「只今、運転中で~」と聞こえるだけだった。仕方なくメールを入れておいた。気づいたら向こうからかけ直してくるだろう。

 それからルーシーさんにも電話したが、こちらも留守電だったので、メールしておいた。

 由美さんと紗季ちゃんから、「家の人が迎えに来てくれるから、愛華の家まで送って行く」と言われたが、どちらに送ってもらうのか選ぶのが心苦しい。

 愛華の居場所は、スマフォのGPS機能でルーシーさんにもわかるようになってるので、もしかしたら来てくれるかも知れない。



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― 新着の感想 ―
[一言] なかなかヤバい匂いの元まで辿り着けませんねえ。
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