トモカんとゆみたん
「もしもし……」
三回ほど呼び出し音のあと、ルーシーさんの違和感ない日本語が聞こえた。
「大変申し訳ありません。急用が入って、学校を離れなくてはなりませんでした」
「それはいいんですけど、今、どこにいるんですか?」
「用件の処理に少し手間取りまして、学校にはすぐに向かえない状況です。アイカさんは今、どのような状況でしょうか?」
愛華の質問には答えてくれなかった。
まあ、予想はしてたけど、自分のことより、ルーシーさんの方が心配だ。
「えっと、補習と体育館でのトレーニングも終わって、クラスの友だちと、あとバスケ部と体操部の後輩のコたちと一緒に通用門近くの駐車場にいますけど……それよりルーシーさん、大丈夫ですか?なにかトラブルあったんですか?」
自分の送り迎えなど、たいして重要な仕事とは思わないが、SPみたいに正確で、完璧に仕事をこなすルーシーさんが本来の任務を差し置くほどの急用というのだから、ただ事でない気がする。
「こちらは、まったく心配ありません。アイカさんに危険が及ぶような事もありませんのでご心配なく」
もともと自分に危険があるとは思ってなかった愛華だったが、そんな風に言われると、余計に心配になる。
「ですが、今すぐお迎えに行くことができない状況です。申し訳ありませんが、本日だけ公共の交通機関を使って帰ってもらいたいのですが」
そもそも電車で通学していることが知れ渡ると、愛華を一目見ようとするファンで騒ぎになることをおそれて車で送り迎えになったのだから、今日だけ電車で帰っても、別に問題ないと思われた。それにルーシーさんから電車で帰れと言うのだから、急用というのも愛華の安全とは関係なさそうだ。
「ぜんぜん大丈夫です!」
思わずうれしそうな声で答えてしまった。
「念のため、必ずお友だちと一緒に行動してください。出来るだけ大勢で。自宅近くの駅までご一緒してくださるお友だちはいますか?」
愛華は、自分の乗る路線で帰る人がいないか、まわりに訊いてみた。体操部の後輩、由加里とバスケ部のコが三人手を挙げてくれた。
「四人います。駅にはおじいちゃんに車で迎えに来てもらいますから、心配ないです」
「では、その方たちにお願いします。絶対にアイカさんの傍を離れないようにお伝えください。出来れば、アイカさんが迎えの車に乗るまで一緒にいていただけると助かるのですが」
愛華は少し大袈裟な気がしたが、通話に聞き耳を立てていた由加里が愛華のスマフォに顔を近づけて、大きな声をだした。
「任せてください!私が愛華先輩について行きます!」
急に耳元で大声だされてびっくりしたが、元気な声にルーシーさんは安心してくれたようだった。
しかし、ルーシーさんとの通話終了後、事態は思わぬ方向に膨れていった。
「あれ?由加里の降りる駅って、けっこう手前だよね」
たぶん由加里と同級生のバスケ部のコの呟きに、先輩の智佳がズンと前に歩み出た。
「おいおい、それだったらわたしがアイカにつきあうぞ。二年生は真っ直ぐ家に帰りたまえ」
「智佳先輩は、ぜんぜん逆の方向じゃないですか」
部が違っても先輩は先輩なのだが、由加里も引き下がらず、智佳に張り合う。バスケ部の後輩たちはドキドキながら成り行きを見守っている。
「いやいや、実は今日、アイカんちにお泊まりする約束してたから」
智佳は勝ち誇るように由加里に言った。
(確かに冬休みになったらお泊まり会しようって話してたけど、今晩なんて聞いてないよ。なんかこの行動パターンって……、誰かさんとおんなじだよね)
愛華の頭に、チャンピオンになり損ねた暴君が浮かんだ。しかし、それだけでは事態は収まらなかった。
「待って、それだったら私も!」
紗季ちゃんまで!?
「紗季はお嬢様だから、外泊は前もって許し得ないと」
智佳は自ら約束なんてなかったことを暴露してしまう。
「あとでお母様に迎えに来てもらうから大丈夫!」
紗季は勝手に決めて、自宅に電話しようとしている。
「それなら私も」
「私も行っていいですか!?」
「わたしも!」
「私も!」
クラスメイトや愛華の後輩だけでなく、バスケ部の後輩たちまでもが名乗り出てきた。
「えっと、すごくうれしいけど、おじいちゃんの車、そんなに乗れないから……」
急に大勢で家に来られても困ってしまう。
「皆さん、ちょっと落ち着いてください。愛華さんも困ってます。どうでしょうか、行きたい人は、愛華さんの降りる駅まで皆で一緒に行く、ということで」
元生徒会長の由美が妥協案を提示した。さすが人をまとめるのが上手い。智佳も由加里も仕方ない、という感じで頷いた。
「駅から自宅までは、私が代表して愛華さんのお供しますので、皆さんは安心してご帰宅ください」
「ちょっと待って!どうして由美が愛華の家まで!?」
元副会長の紗季が意義を唱える。
「わたくし、こう見えても合気道二段ですの」
由美はわざとらしいお嬢様顔で答える。
「いやいや、そんなん関係ないし。ボディガードだったら、いつもルーシーさんと練習してるわたしの方が適役でしょ」
「智佳さんが練習してるのはバスケでは?」
「バスケのボディワークは、武道の足さばきと通じるって言ってたよ。それに中途半端に武道かじった素人が一番危険だってさ」
「幼少の頃より、高名な先生から手ほどきを受けてきましたわ」
「でも合気道なんて、所詮演技でしょ?触るだけで人が転がるなんて、あり得ないし」
「お試しになります?」
「言っとくけど、わたしは自分から飛んでったりしてあげられないけど、いいの?」
「もう!二人ともやめてください!わたし、中央線で帰る二年生のコたちと帰りますから!トモちゃん、バスケ部のコ、お借りします。では、また明日」
本気で危ない雰囲気になってきたので、たまらず愛華は叫んだ。
智佳が気が強いのは知ってだけど、由美さんもおしとやかなお嬢様然としてるのになかなか気が強い。成績は紗季ちゃんの方が上らしいけど、なんとなく、古典的少女漫画ならテニス部のカリスマとして登場してそうなイメージだ。
「ちょっと待って、アイカ!わたしも行くって」
愛華が由加里とバスケ部の下級生三人を連れて行こうとするのを、智佳が必死に止めた。バスケ部の後輩は、智佳に気を使って立ち止まる。愛華も仕方なく振り返った。
「くだらないことでケンカするトモは嫌い。由美さんもトモなんかに剥きにならないでください」
「ちがうって、ケンカなんてしてないから。アイカは知らないかもしれないけど、わたしと由美は、高校じゃずっと親友同士だったんだよ。そうでしょ?ゆみたん」
「(ゆみたん!?)……そ、そうですね。わたくしとトモカんとは、高一からずっと同じクラスで、とっても仲良し」
「(トモカん!?)まあ、アイカにはケンカしてるみたいに見えるかもしれないけど、わたしたちにとってこんなの親しみの証しみたいなものだから。ね~、ゆみたん♪」
「(なっ!気持ちわるいですわ)そうですわ、ね~、トモカん♪」
「(ウゲッ!気持ちわりぃ~)ゆみたん!」
「トモカん!」
「ゆみたん!!」
「トモカん!!」
二人以上に、まわりで見ていた者たちは戸惑いを隠せなかった。本人たちは決して望んでいないが、女学院の人気ランキングで常に覇を競う双璧、「お蝶夫人」「王子様」などと呼ばれ、孤高の存在だった二人が、「ゆみたん」「トモカん」と似合わない呼び名を互いに連呼しているのだ。後輩たちは、寒気がするのかぶるぶると震えていた。
その後、通用門前で騒いでいるところを山崎亜理沙先生に見つかって注意された。亜理沙ちゃんも学校では一応先生らしい真似をする。話しを訊いてみれば、愛華のウハウハ、ワクワクのハーレム状態に、羨ましいやら呆れるやら。
結局、亜理沙ちゃんの提案で、学校近くに最近出来た商業施設のファミレスかファーストフード店にみんなで行って、ルーシーさんが迎えに来るのを待つということに落ち着いた。門限の厳しい生徒は仕方なく帰ったが、紗季と由美は、元生徒会主催のクリスマス会の打ち合わせということで、亜理沙ちゃんに自宅へ電話をかけてもらった(かけさせた)。当然亜理沙ちゃんも行くことになった。
美術科という年末でもそれほど忙しくない教科担当の亜理沙ちゃんは、遅くまで残業する他の先生方を尻目に、さっさと定時?に帰ろうとして、共犯にされてしまった。学校にバレたらなんと言い訳しようか悩んだが、そん時は紗季さんと由美さんに助けてもらえばいい、と思うことにした。
それでいいの?亜理沙先生!
そもそも亜理沙ちゃんの車で愛華を送ってくれれば、なにも問題がない気がしたが、誰も言わなかった。
世界を転戦してきた愛華が、普通の女子高生のような何気ない学校帰りの寄り道を、すごく楽しそうにしている。




