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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
19/398

狩り

「思った通りだ、ニコライ。おまえの推測は正しい。さすが苺騎士団の心臓を預かる男だ」


 愛華とラニーニがトップ争いを繰り広げる先頭から、既に5秒近く離された集団の後方で、エレーナは自分のメカニックを誉めた。


 新型ジュリエッタの問題点を見破ったのはニコライであるが、彼をチーフメカニックに任命したのは自分である。従って自分がやはり一番偉い。エレーナは自分を褒めた。


 その論理は間違ってはいないが、普通そこまで自分を褒めない。しかし、その傲慢とも言えるエレーナの自信が、下の者を安心させる。愛華などその典型である。確かな根拠がなくてもエレーナを信頼し疑う事なく、厳しい状況にも動じない。


 愛華のアタックに対応したのはラニーニのみ。残りは集団でペースを維持している。しかもその集団は、各車の間隔を広めに空け、一直線でなく左右交互に少しずつずれている。


 スタート直前、ニコライが突然持ち場を離れた。彼は責任を放棄するような男ではない。少し気は小さいが、技術者としては楽観主義者より信頼出来る。

 再び戻ったニコライの顔を見た時、何かを見つけたのはすぐにわかった。


「ジュリエッタの欠陥は冷却系統です!」

 昨日から浮かない顔をしていたニコライが、万馬券でも当てたような笑顔を浮かべていた。


「奴らは、ラジエターにより多くの風が導かれるようカウルを加工してきてます。つまりオーバヒート対策です。昨日まではありませんでした」

 エレーナは彼の言葉を聞いて少し考えた。

「しかし仮に冷却系に問題があったとしても、対策を施し解決しているのでは? 或は今日になって急に気温が上がったために、念のための対策だけでそれほど問題がない可能性もある」

「確かにその通りです。しかし今日気温が上がったから慌ててしたものではありません。朝のフリー走行で既にあのカウルでしたし、丁重ではありませんが塗装までして目立たなくしてありました。おそらく金曜の段階から問題があったのでしょう」

「……」

 エレーナは前日までのブルーストライプスのピットの様子を思いだそうとしたが、そんな様子は思い当たらなかった。

「おそらくイタリアのテストコースでは問題なかったのでしょう。しかし、本物のGPライダーがスリップストリームを使い合いながらハイペースでレース距離を走らせれば、テストで問題なかったトラブルが噴出するものです。特にラグナセカは低速ギアを多用します。エンジンは熱を持ちやすい。あれほどパワーを絞り出しているんです。スリップが有効に使えなくては、燃費的にも苦しくなるでしょう」


 スリップストリームは、空気抵抗が減る分、パワー的には負担が少なくなるが、ラジエターなどに受ける風も少なくなるため、エンジンが高温になり易い。

「すべて『おそらく』の推測だろう?既に対策済みの可能性も否定出来ていない。大幅なモデルチェンジならともかくも、基本的な構成を変えていないなら、対策もし易い筈だ。それに解決出来ない大きな問題なら、これまでのマシンに戻せば済む」

「予選であれだけの差を魅せつけたのです。短時間なら圧倒的パワーで引き離せます。序盤で一気に引き離すか、或は温存してラストスパートに勝負を仕掛けるかはわかりませんが、レース全般をフルパワーで走りきるのは出来ないでしょう。奴らは賭けに出たのです。実際我々すら諦めかけてましたから」

 それならこちらも賭けてみる価値はある。しかしそれにはもう少し確実な証拠が欲しい。

「それで冷却系に問題を抱えたままだと言う根拠は?」

「稚拙ながら隠そうとしている点です。フリーの時もできるだけピットに人を近づけないようにしていました。あとは私の勘です」

「勘だと?」

「そうです。技術屋としての勘です。我々にも身に覚えがあります。設計も完璧、テストでも問題なし。しかしレース場ではトラブル。原因もわからず、応急の対策はすべて焼け石に水にしかならない。バラしてみても一つ一つのパーツに問題はない。このパターンはとにかく厄介なんです。色々弄っているうちに、問題なかった箇所までトラブルが出始める。エレーナさんならわかるでしょう。イライラだけが募るその状況。日本人なら徹底的に原因を調べ、徹夜で有効な対策を施してこれるかも知れませんが、イタリア人には無理でしょう。彼らにそういう習慣はありません。取り敢えず何かやってみたから大丈夫だろう的対策で決勝を迎えていると思います」

「やはり『思います』か……?」

 ニコライは一瞬言葉に詰まったが、意を決して口を開いた。

「マシンからメカニックたちの苛立ちを感じました。メカニックの心理状態は、マシンに表れるものです。同じ技術屋だからわかるんです。これでは駄目でしょうか?」


 エレーナはニコライの技術屋としての勘に賭けた。あれほど慎重な男が言い切る以上、何かある。具体的に説明出来なくても、彼の中では確かな証拠に気づいているのだ。

 エレーナはニコライを信用した。信用出来なければ、そもそも愛機を任せられない。


 ニコライからのサインボードは、愛華とラニーニがトップ争いを続けている事を伝えていた。


 まったくアイカのやつは、どこまでも私の期待に応えてくれる。


 自分の指示通り、集団を引き離してトップ争いをしている愛華を褒めてやりたかった。


 アイカに対応したのが、ラニーニひとりというのは、少し当てがはずれたが、まあアイカにだけに苦労を押しつけるのも、楽のしすぎと言うものだ。

 ラニーニだけでも集団から引き離してくれれば随分と楽だ。若手の中では、アイカ同様最近急激に進化している存在だ。


 エレーナはラニーニについては大きく評価している。特にブレーキングコントロールは巧みで、失なうものを持たない分、ある意味バレンティーナより戦いづらい。


 きっとアイカも私たち以外とのデートを楽しんでいる事だろう。浮気されるのは癪だが、それで大人になるのも必要なことだ。ご褒美にそのままチェッカーを受けても構わないから、ラニーニと楽しめ。ただし絶対に敗けるな!


 バレンティーノもアイカが単独でとびだしたのには慌てた事だろう。たぶん早期に我々を引き離すつもりだったのに、アイカにうろちょろされて急遽作戦を変更した様子だ。アイカの対応はラニーニひとりに任せ、あとはラストに勝負を賭けるつもりだ。


『若い者同士、二人きりにしてやり、こちらはこちらで大人の戦い方をしようじゃないか。そろそろ始めるぞ、スターシア』

 エレーナは信頼するパートナーに戦闘開始をコールした。


 ヘヤピンの進入でブルーストライプス最後尾のライダーに、エレーナとスターシアが両側から並びかける。一旦は前に出れるものの、立ち上がりはジュリエッタのパワーで前車との間隔を詰められ、抜くには至らない。それでも執拗に食い下がり、コーナーの度に立ち上がりのフルスロットルを強いた。

 徐々に挟み込む幅を狭め、その区間を長くしていった。それに伴い相手はエレーナたちの意図に気づき始めたが、どうする事も出来ない。

 ジュリエッタの小さなピストンは、絶えず高速で上下させられ、シリンダーに熱を貯めていく。しかし前と左右を塞がれたマシンはラジエターに十分な風を送る事ができず、シリンダーから送り出された冷却水は、熱を放出する事もないまま再びシリンダーを廻る。その悪循環は更に高温に沸騰し、急速に獲物を疲れさせ弱らせていく。

 前をいくライダーが、最後尾を交代しようとするが、その隙も与えない。


 二頭のライオンが連係して獲物を狩るようなやり方。

 エレーナとスターシアだからこそのコンビネーションであり、愛華がいたとしても役には立たないであろう。愛華にはまだ覚える必要のない戦い方だ。


 捉えられて三周目、最終コーナーからの立ち上がりで、エレーナとスターシアに挟まれたジュリエッタは、ついに力尽きた。ラジエターは沸騰し、スロットルを捻っても回転は落ちていく。

 二頭のライオンは次の獲物を定めた。


 バレンティーナを守るアシストは、残り二台だけだ。


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