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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
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バタフライ効果

バタフライ効果───アマゾンの蝶の羽ばたきが、テキサスの竜巻を引き起こすという仮説。南米アマゾンの蝶が羽を動かす事によって生じた空気の流れが増幅されて伝わり、テキサスの竜巻の原因になるという、自然科学上の真偽より、遠く離れた所で起こった些細な現象が、大きな影響を及ぼす事を表すときによく使われる喩え。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な故事格言のようなもの。

 12月に入ってすぐに、ラニーニ、ナオミ、リンダの三人がブルーストライプスとの間で契約更改したと発表された。

 愛華はハンナさんの名前がないのを不思議に思い、すぐにラニーニに電話した。


「ごめんね、アイカちゃん。わたしからは言えないの。たぶん近いうちにハンナさんから公式なコメントがあると思うから」

 毎年の事だが、ライダーの移籍話はチームやバイクメーカー、スポンサーが絡む、非常にデリケートで大きなお金(マネー)の動くビジネスの話だ。噂によってスポンサーが離れてしまうケースもあるし、交渉が噂によって決裂となる事もある。


 例えば、仮にラニーニにヤマダから移籍話があったとする。ラニーニはジュリエッタに特に不満がなかったとしても、ヤマダ側のチーム態勢や自分の待遇を尋ねる。たとえそれが本意でなかったとしても、ジュリエッタとしてはそんな噂を耳にすれば、早急に別のエースライダー獲得を考慮しなければならなくなる。勝てるライダーは限られていて、トップライダーは奪い合いだ。遅くなるほど優秀なライダー獲得は難しくなる。

 結局ヤマダとの条件が折り合わず、ラニーニが元々のチームと契約しようしても、ジュリエッタではすでに別のエースライダーが決まっていた、という事が起こりうる。

 ライダーは、より条件のいいチーム、より自分の能力を発揮できるチームを求めるのは当然の事だ。チームとしても、優れたライダーが欲しいし、手離したくはない。しかし、互いに必要としていても、些細な行き違いから、別れてしまう事もある。恋愛と同じだ。


 ファンにしてみれば、どのライダーが、どこのマシンに乗るか、予想するのはオフシーズンの楽しみの一つでもあり、少しでも早く知りたい事ではある。だが、モラルある記者は確かな情報を掴んでいても、軽はずみな事は書かないし書けない。ライダー仲間も口外しないのが暗黙のルールとなっている。愛華のケースのように、噂が一人歩きしだしてしまった場合などは、情報を意図的にリークする場合もあるのだが。



 ラニーニも、愛華がほかに言いふらすとは思ってないが、自分の事ならいざ知らず、ほかの人の情報を話す訳にはいかない。

 当然、愛華もそれをわかっており、親友だからって安易に訊いたことを謝った。


「気にしないで。わたしがアイカちゃんの立場だったら、すごく気になると思うから。それより、前に話してたアイカちゃんのお(うち)に遊びに行く話だけど、本当に行ってもいい?」

「もちろんだよ!いつ来るの?ナオミさんも一緒だよね!?」

「うん、ナオミさんも行きたいって言ってる。わたしもナオミさんもクリスチャンだから、クリスマスは家族で過ごすことになってるけど、出来ればクリスマス終わったらすぐに行きたいんだけど、いいかなぁ?」

「ぜんぜん大丈夫だよ!狭くて古い家だけど、待ってる!」

「ナオミさんは古いお家の方が喜ぶと思うよ。シャルロッタさんからアイカちゃんのお家は忍者屋敷(ニンジャハウス)みたいだったって聞かされて、すごく楽しみにしてたから」

「忍者屋敷……って、あまり期待しないように言っといて。シャルロッタさんの頭の中じゃ、レース以外ぜんぶ二次元(アニメ)に変換されてるから」

「レース中もアニメみたいに見えてるかもね?わたしもアイカちゃんのお家、楽しみ!」

 二人の笑い声が、遠く離れた日本とイタリアを繋ぐ回線で重なった。



 そう言えばシャルロッタさん、いつ来るのかな?去年は確か……一緒に来たのはクリスマスのときだったけど、まだ連絡ないなぁ……あの人のことだから、きっと大騒ぎして来るよね。みんなで盛大にお出迎えして、驚かせてあげよ。


 愛華は電話を切ったあと、シャルロッタをびっくりさせる計画を一人考えていたが、すぐに眠くなって寝てしまった。




 翌日、ルーシーさんの運転で学校へ向かうワンボックス車の中で、スマフォのモータースポーツニュースをチェックしていた愛華は、Motoミニモの記事に目を止めた。


『ヤマダ、ワークスマシンYC213の量産タイプ、一般レースユーザー向け競技車輌YR80としてリリース』


 それ自体は、シーズン半ばから耳にしていた話で、特に目新しいものではなかった。愛華が気になったのは、『LMSリヒターモトスポルトは、ヤマダYR80のパフォーマンスアップのためのキットパーツ販売とYR80ベースの独自車輌の開発を発表』という関連記事だった。


 わたしの乗ってるスミホーイもLMS社製の燃料噴射装置(インジェクション)だったよね……


 LMS社は、これまでもインジェクションだけでなく、スミホーイやジュリエッタの市販車向けチューニングキットパーツなどを開発してきた。プライベーターの間では、LMSのキットパーツは絶大な人気があり、周知の通りストロベリーナイツのようなワークスチームも採用するほどの技術力と信頼がある。


 それはいいんだけど、LMSといえばハンナさんのお父さんの会社だよね。


 ハンナ・リヒターが昨シーズンブルーストライプスからGPカムバックする以前は、アカデミーで指導する傍ら、LMSの開発ライダーもしていたのは愛華も知っている。ということは……、ハンナがブルーストライプスと契約していない理由が見えてきた。


 他になにか情報がないか探していくと、ヤマダYC213の開発に一から携わってきた田中琴音がヤマダとの契約を打ち切り、すでにLMSのスタッフとして活動しているという記事をみつけた。


 あくまでも記事を書いた記者の憶測として、販売を発表したばかりのYR80が、もうLMSがキットパーツの開発に取り掛かっている事と、ワークスマシンのYC213を知り尽くしている琴音が関わっている事実から、ヤマダがプライベーター向けモデルの開発を、LMSに委託したのでは?と推察していた。


 少し業界を知っている者なら、それが的外れでないのは容易に想像できた。

 需要の限られる競技用バイクの販売というのは、メーカーにとってはコストの掛かる割りに利益の見込めない部門で、言わばモータースポーツの普及と貢献としておこなっている側面がある。が、ある意味、最先端の技術と資金を惜しみなく注ぎ込んだワークスマシンと違い、限られた価格帯でライバルを上回る性能という、そのメーカーの持つ生産技術の高さの証明の場とも言えるので、手は抜けない。基本、誰でも買える市販レーサーは、公道用バイクにもそのまま使われる材質や技術なども多く、愛車の購入やカスタムの際、ワークスマシンより参考にしている一般ユーザーも少なくない。


 ワークスマシンYC213直系であるYR80のベース車輌としてのポテンシャルは、実績あるスミホーイやジュリエッタの市販レーサーと比べても、おそらく劣っていないだろう。価格も比較的低く抑えられており、80ccクラスのレースをしているユーザーには、有力な選択対象となるだろう。これからレースを始めたいと思っていた人にも、ヤマダの販売網とサービスは安心感がある。

 ただ、そのままではハイレベルなユーザーやGPに参戦するプライベーターの満足する性能でないのも事実だ。ヤマダに限らず、コストを抑えた市販レーサーが、ワークスマシンと同等の性能とはあり得ない。

 プライベーターたちは、LMSやヤマザキといった、チューニング専門メーカーのキットパーツを組み込んで、少しでもその差を埋めようとしてきた。

 メーカー側としても、自社のレーシング部門はワークスマシンの開発に手一杯なのが現実で、アフターマーケットの活性化はむしろ歓迎している。彼らが自社バイクの評価を高めてくれるなら好都合であり、技術や資金を提供する事も珍しくない。実際、Motoミニモのトッププライベートチーム『アルテミス』などが、市販のスミホーイSu80をベースとしたLMSスミホーイで参戦している。



 その辺りの事情は、愛華も一応知っており、ヤマダ技研がLMS社に技術の提供とYC213開発に関わった琴音の派遣、つまり、琴音との契約を打ち切ったのではなく、事実上、プライベーター向けマシン開発のために貸し出したというのも真実味があるように思えた。


 そしてハンナがブルーストライプスと契約していない事実は、そこに加わる方向で動いているとみて間違いない。

 ライディングの正確性ではのスターシアすら一目置く二人が、パワフルなヤマダエンジンをベースとしたマシンを開発すれば、きっとワークスに迫るマシンも夢ではない。

 ただ、莫大な資金を投入して、トップレベルのライダーを何人も揃えた本家のヤマダワークスですら、初年度は散々な結果だった例を見るまでもなく、LMSのマシンがトップ争いに加わるのは何年も掛かるだろうと、その記事は結んでいた。



 エレーナさんはどう思っているのかな?と考えているうちに、ルーシーさんの運転する車は学校に到着した。


 気になったが、愛華が心配しても仕方ない問題である。

 今はちゃんと卒業させてもらえるように努力するのが自分の勤めだ。

 愛華は、学校内では使用が禁止されているスマートフォンの電源を切った。


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― 新着の感想 ―
[一言] アレっ、どっかで見かけた苗字が.....。
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