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最速の女神たち   作者: YASSI
最強のチーム
186/398

新たな契約と気づかなかった条件

 シーズン終了と同時に各チーム来シーズンに向けて、ライダー獲得のストーブリーグが開幕した。


 MotoGPクラスなどでは、シーズン途中から、最近では開幕前からもう翌年の契約交渉が行われるような有様だが、Motoミニモではチーム間の紳士淑女協定によって、一応シーズン終了までは引き抜きは行われていない。新参のヤマダも歩調を合わせたことにより、シーズンが終わってもファンの興味は尽きない。


 当然目玉は、人気、実力共に、トップライダーに成長した愛華の動向である。


 愛華はストロベリーナイツのエレーナに憧れてこの世界に入り、多くのファンも愛華のエレーナ崇拝は知っている。


 ストロベリーナイツには天才シャルロッタというエースライダーがいる以上、愛華がエースになる事はないとしても、彼女が移籍する事はないと思われていた。


 しかし、まさかのシャルロッタのシーズンタイトル取り損ねで、見方は大きく変わった。


 ストロベリーナイツは、愛華をエースにするのでは?

 そうなるとシャルロッタは?

 シャルロッタをアシストとして使えるのか?それ以前に彼女が愛華のアシストに甘んじられるのか?

 シャルロッタの移籍の可能性、或いはそれもヤマダの策で、シャルロッタと愛華の間に軋轢を生じさせ、やはりヤマダが本当に狙っているのは愛華だ、など様々な憶測がネットやメディアを賑わせた。


 これには愛華ファンやヤマダファンだけでなく、多くのレースファンが愛華とシャルロッタのガチバトルを見たいと望んでいる証でもあった。




 エレーナは、冷静にライダーの実力を計り、現時点ではやはりシャルロッタをエースにすべきと判断した。愛華のエースも考えたが、決定づけたのはシャルロッタがタイトルを取り損ねた事にあった。あの敗北で、今度こそ本物のチャンピオンになると感じた。それに愛華はじっくりと育てたかった。


「よく読んで、考えてからサインしろ、アイカ」

 エレーナから手渡された契約書を、斜め読みした愛華はすぐにサインをしようとした。

「考えました。けどやっぱり、わたしにはストロベリーナイツ以外に考えられません」

 来シーズンの契約について説明している時から、エレーナは愛華に何度もいろいろな可能性を考慮するように念を押していた。

 余りにくどいので、もしかしたらエレーナさんはわたしが要らないんじゃないかと疑ったほどだ。

 しかしエレーナが愛華に、提示した契約金は、これまでの三倍を越える額だった。


 何かの間違いかも知れない。でもサインさえしちゃえばこっちのもんだ。


 愛華はエレーナが間違いに気づく前にサインしようとした。もちろん、間違って書いてしまったと思うほど大幅にアップした契約金のためではない。一刻も早く苺騎士団(ストロベリーナイツ)のライダーとしての確証が欲しかった。


「噂では、ヤマダはうちの倍の額を提示したそうだな。それも、ヤマダ唯一のエースライダーとして全面支援すると言ったそうじゃないか?」

 実際には、ヤマダに移ればおそらく多くの日本企業が個人(パーソナル)スポンサーとして名乗りをあげるであろうから、愛華が得るお金は数倍上回るだろう。ロシアの国営公社の色の強いスミホーイは、個人スポンサーをあまり快く思っていない。チームのスポンサーにしても、ロシア企業であっても様々な制約がある。


「情けない話だが、うちのチームではこれが精一杯の額だ。ヤマダに対抗するには、マシンの開発を含め、チーム全体を強化しなくてはならない。来シーズンこそシャルロッタをチャンピオンにするつもりでいる。これはアイカにとっては、決してよい条件ではないんだぞ?」

 エレーナとしては、愛華を手元に置いておきたいのは本心だ。しかしヤマダの出した条件を考えると、果たしてストロベリーナイツに留めていいものかと躊躇われていたのも事実だ。だが最後は愛華が決める事、いろいろな可能性を考慮するのも、プロ選手として身につけておかねばならない要素だ。


「金額なんて問題じゃありません!それにもちろん、エレーナさんのチームに居たいってのもありますけど、わたしはまだシャルロッタさんやラニーニちゃんに勝てるライダーになれたと思ってませんから。まだまだエレーナさんとスターシアさん、それにシャルロッタさんから教わることがいっぱいあるんです!それに、レース経験の浅いわたしなんかがヤマダのエースになっても、バレンティーナさんやフレデリカさんが納得してくれるとは思えません。そんなチームで走りたくないです」


 真面目すぎるくらい真面目だと思っていた愛華だが、これほど謙虚に、そして冷静に分析しているとは、正直エレーナは驚いた。


 愛華の実力は、シャルロッタはともかく、技術的にはチャンピオンになったラニーニにも負けていないだろう。最終戦での一騎討ちでは敗けたが、もう一度やれば結果はどうなるかわからない。

 ただ、本人の言う通り愛華のレース経験は、おそらくGPライダーの中で最も少ない。並みのライダーが一生掛かっても経験できないようなハードなレースも経験もしているが、最高のチームメイトに恵まれていたのは否定できない。愛華はほとんどストロベリーナイツしか知らないのだ。シャルロッタとのチームワークを見れば、技術的には誰と組んでも愛華が足を引っ張る事はないだろうが、自己主張の強いバレンティーナやフレデリカの上に立つとなると、素直すぎる性格が仇となる事は充分考えられる。


(確かにヤマダのエースのシートは、今のアイカには雑音が多すぎるだろうな)

 チームメイトだけでなく、期待に応えようとする真面目な性格は、ファンやマスコミ、スポンサーに振り回されて、潰される可能性もあるだろう。


「アイカがそこまで理解しているのなら言うことはない。改めて来シーズンもよろしく頼む」

 エレーナはそう言っておきながら、一つだけ確認しておきたかった。

「だがな、いつかおまえもチャンピオンをめざす時がくる。否、チャンピオンをめざさないようでは見込みがない。スターシアは二人も必要ないからな」

「だあっ!もちろん目標はあります!」

「それはシャルロッタに勝つということだが、自信はあるか?」


 愛華は少し間をおいて、力強く頷いた。

「正直、シャルロッタさんに勝てる自信はありませんけど、絶対に諦めません。わたしの目標は、エレーナさんを越えることです!」


 これまで、多くの若手ライダーがエレーナを目標だと口にしてきた。愛華もずっとそう誓っているのは、エレーナも知っている。しかし、本人を目の前にして、「エレーナを越える」と言った者は、おそらく初めてだろう。


(こいつ、シャルロッタに勝つ自信はないけど、私は越えるだと!?しかも、何の疑いもなく、真顔で言いやがった)


「おもしろいな、アイカ。いいだろう、私を越えるライダーに育ててやるから、覚悟しろよ」

「だあっ!よろしくお願いします」


 もしこのやり取りを、自分の契約金を減らしてでもいいから愛華を引き留めてくれと頼んできたシャルロッタが知ったら、どんな顔で憤慨するだろうかと想像すると、笑いが込み上げてきた。


(いや、シャルロッタなら、最高の遊び相手ができると大喜びするだろうな……)





 スターシアとシャルロッタも、ストロベリーナイツとの正式な契約を交わし、これからチームの本拠地ツェツィーリアに向かい、テストコースが雪に覆われるまでの短い期間で、少しでも来シーズン用のマシン開発とテストに取り掛かるものだと思っていたら、愛華だけ日本に帰るように命じられた。

 母校の白百合女学院に戻って、高校の卒業資格を得てこいという。


「ええっ!?今さら学校なんて戻れませんよ!マシンテストはどうするんですか!?」

 エレーナさんは日本GPの時の怪我でまだ走れない。スターシアさんやシャルロッタさんが、来シーズンのために毎日走っているのに、自分だけ日本に帰ってのんびり学校に通うなんて出来ない。

「アイカが開発テストにいても、あまり役に立たない」

 エレーナは身も蓋もなく言った。

「それはそうですけど、べつに高校卒業の資格なんて必要ないです」

「契約の条件に、三月までに白百合女学院の高等部を卒業する事と書いてあったろ?」

 愛華は唖然とした。英語で書かれた何枚もの書類を、斜め読みしただけで、詳しく読んでいない。

「日本語の翻訳文まで用意してやったのに、ちゃんと読まなかったおまえが悪い。卒業出来なければ、契約不履行で訴える」

 まさか本気で訴えられるとは思えないが、愛華は信頼していたエレーナに、なんだか騙された気がした。

「でも!そもそも白百合女学院は、中等部までしか行ってないから、卒業っていうか、入れてもらえないです」

「Ms.アリサ・ヤマザキの話では、アイカはまだ在籍しているそうだが?」

「えっ、亜理沙ちゃんが……?」

 突然、親しみはもてるが、学校教師として、というより大人として大丈夫なの?と思える美術科教師の名が出て驚いた。


 愛華は中学まで白百合女学院の中等部に体操の特待生として通っていたが、怪我で体操が出来なくなり、高等部には進学せず、スペインのGPアカデミーに入った。当然、高等部への入学手続きはしておらず、白百合女学院の籍はなくなっていると思っていたが、エスカレーター式に高等部に上がっている事になっているという。授業料は特待生だから免除されたままだそうだ。これまで姉妹校であるGPアカデミーに留学中ということになっているらしい。


 確かにGPアカデミーは、若いライダーには日本の中学高校にあたる教育を受けられるようになっている。というより公式に学校として認可されており、18歳以下は学業も義務化されている。

 だけど、いつの間に白百合女学院とGPアカデミーは姉妹校になったんだろう?


 私立校の中には、売名の為にほとんど通っていない有名人を卒業させるところもあるというが、白百合女学院は伝統あるお嬢様学校だ。スポーツ特待生と言えども、成績は常に平均以上でないと対外試合への出場は許されないと愛華も入学時に言われた。落第点などとったら、即退学ものである。

 いくら愛華が有名になったからと言って、あの伝統校がそんな無理矢理な屁理屈を通すのだろうか?


 なんか裏で、ものすごい力が動いてる気がする。


「エレーナさん、どんな手を使ったんですか?」

 もしかしたら、アイカを受け入れないと特殊部隊が学校を占拠するとか脅したんじゃないかと、本気で思った。

「私は何も知らん。Ms.ヤマザキからアイカを卒業させてやって欲しいと頼まれただけだ」

 エレーナは、学校側の事情には一切関わっていない事を強調した。そして高校卒業資格は得ていて損はない、契約書は内容をよく読んでからサインするといった、社会常識なんかもよく教わってこい、と言った。

 常識であり得ない現実を前に説得力ないが、従わざるおえなかった。

 それにしても、一体どうなってるんだろうか?亜理沙ちゃんにそんな力があるとは思えないし……



 そんな訳で、愛華は日本に戻り、白百合で残り少ない二学期の間中、補習授業を受け、一月の卒業試験に合格しないと契約違反になってしまう事になった。


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[一言] アリサちゃん、グッジョブ‼︎‼︎
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