頼んだわよ!
「レースに『たら』『れば』はない」とは使い古された格言だが、これほど敗者の言い訳を黙らせる言葉も、多くはないだろう。
過去を振り返って「もし~だったら、」「もし~してれば、」と悔やんでも、現状は変えられない。
反省し戒めとするなら、将来の糧ともなり得るが、シャルロッタには、反省する機会は何度もあった。シーズン最後の、チャンピオンの掛かったレースの最中に反省しても遅すぎる。
レース後半に入ってもブルーストライプスは、スターシアのアタックをしぶとく耐えていた。スターシアのいつ仕掛けて来るかわからない緩急自在のアタックは、気を抜く時間がない。
何度かスターシアの強引な進入に、先行を許す場面もあったが、その都度すぐにラニーニとナオミの決死のコーナーリングで、先に立ち上がるのを阻止した。
スターシアが一瞬でも気を弛めれば、リンダとハンナが弾き出そうとする。休む暇なく四対一の攻防を続けていた。
残り6ラップ、一旦ブルーストライプスの後ろまで下がったスターシアにも、疲労と焦りが浮かぶ。
レースペースは落ちているものの、ブルーストライプスが予想以上に粘る。残りの周回が少なくなってきている中、彼女たちを散らすどころか、一人も脱落させられていない。
シャルロッタの余力がどの程度かわからないまま、彼女のラストスパートに賭けるしかなくなりつつある。
スターシアには、決断を下さねばならない瞬間が迫っていた。
「シャルロッタさん、今のあなたの本当の気持ちを答えてください。あなたのバイクは、ラストスパートに耐えられますか?あなたが行けると言うのなら、私はそれを信じます」
スターシアは事実でなく、シャルロッタの気持ちを訊いた。
事実など、シャルロッタにもわかっていないだろう。ここでラニーニの優勝を阻む作戦に切り替えたとしても、シャルロッタが8位以内でゴールできる保証はどこにもない。
ならば彼女に決めさせてやりたい。いや、真のチャンピオンになりたいのなら、自分で決めなくてはならない。
スターシアからの問いかけが、シャルロッタにはプライドを捨てることを求めているように感じられた。
気持ちは最悪だった。一時的に調子よかったエンジンは、ここに来て本格的にぐずり始めている。これほど我慢した事はないほど大事に走ってきたのに、シャルロッタの願いをバイクは裏切ろうとしている。或いはこれまで酷使してきたツケを、最後に請求されているのか。
1万回転以上の吹け上がりが、明らかに重苦しくなっている。このままでは今のポジションすら危うい。
スターシアお姉様が、命令してくれるなら、今なら素直に従うのに……あたしの口から言わせるの?あれほどみんなに生意気言ってきたあたしに、おねがいですからチャンピオンにしてくださいって言わせたいの?
シャルロッタは、奇跡が起こって、急にエンジンが復活してくれないかと願った。
………ちがう!奇跡なんて起きない。そんなの頭がファンタジーのやつらの妄想よ!教会にも行ってないあたしが、奇跡願ってどうすんの!
勝ち負けには、理由がある。あたしが負けるのは、あたしが馬鹿なせい。でも、あたしのせいで、みんなのがんばりを無駄にするなんて、絶対いやっ!
「アイカ……」
シャルロッタは、愛華に呼びかけた。
「あんた、スターシアお姉様と一緒に、こいつらをやっつけて来なさい!」
スターシアの質問に答える替わりに、愛華に命令していた。
シャルロッタのバイクが調子悪くなってきてるのは、愛華も感じていた。それでもシャルロッタに、最後までつき合うつもりだった。タイトルを逃すことになれば、シャルロッタとともに責任をとる覚悟もしていた。
もしかしたらシャルロッタは、愛華を気づかっているのかもと思った。
自分とスターシアさんが、ハンナさんたちに穴を開けたら一人で飛び込むつもりじゃないかと心配になる。
万全なシャルロッタさんならいざ知らず、今のマシンの状態では、絶対無理だ。一人で責任を背負い込む気なんだろうか。
「でもそれじゃあ、シャルロッタさんが一人になっちゃいます!」
愛華の心配は、シャルロッタの次の言葉に否定された。
「あたしなら大丈夫。一人でもなんとかゴールに辿り着くわ。ラニーニが二位になれば、あたしは八位でもチャンピオン決定なんだから」
シャルロッタが八位なんて順位に甘んじる事を、自分から言い出すとは、愛華は思ってもいなかった。
「シャルロッタさん……」
「下僕のくせに口答えしないで!これは命令よ。あんたがあたしの替わりに、一番でゴールしなさい!」
突然言い出したとんでもない命令。優勝狙うなら自分よりもスターシアさんの方が確実だ。
「それならスターシアさんが」
「いえ、私はここまで随分無理して来ました。これ以上続ければ、ゴールまでガソリンがもたないでしょう。突破口を開いたら、私はシャルロッタさんに付き添います。あとは頼みますよ、アイカちゃん」
スターシアも、もっともな理由で愛華に重大な役割を押しつけた。確かにゴール直前でガス欠になっては、元も子もない。シャルロッタのバイクをいたわるようにアシストするのも、スターシアの方が確かだろう。
GP初優勝は経験してるけど、あの時は雨でたくさんの選手がリタイヤする大波乱のレースだった。
「スターシアさんでも、なかなか崩せないのに、ラニーニちゃんたちを突き破って優勝するなんて、自信ありません……」
ここは、タイトルの行方が決定する、一番大事な場面だ。「一生懸命頑張ります!」では済まされない。
「命令って言ってるでしょ!絶対優勝しなさい」
「時間がありません。彼女たちが気づく前に仕掛けますよ。大丈夫、エレーナさんが全部責任とってくれます」
なにが大丈夫なの?そんなこと言われたら、余計にプレッシャーを感じちゃいます。
「私が囮になってハンナさんとリンダさんを引き付けます。タイミングを計って、飛び込んで来てください」
愛華が心の準備する間もなく、スターシアは最後尾のハンナに仕掛けて行った。
「あんたのおかげであたし、本当のGPライダーになれそうなの。頼んだわよ」
「頼んだわよって、今までなんだったんですかっ!?」
勝手なこと言って、シャルロッタは愛華の背中を押した。
───あたしのちっぽけなプライドで、あんたの優勝が買えるんなら断然お得な買い物だわ。
シャルロッタは、神様でも魔王でもなく、チームメイトに運命を託した。




