なりふり構わず……
静かに始まったMotoミニモ最終戦、32周の決勝は、逃げるブルーストライプスと追うストロベリーナイツという形で周回を重ねる毎にペースアップしていき、レースを折り返した17ラップめに、スターシアが単独で斬り込んでいって、初めて本格的なバトルが始まった。
「リンダさん!外から被せてきますが惑わされないで、そのままインをキープしてください!」
「わかってます!クロスラインなんて、絶対通させません!」
ブレーキングでハンナに競り勝ったスターシアは、その勢いでリンダに並ぼうとする。
普通ならオーバースピードで膨らんでしまうところだが、そこからインに切れ込んで、クロスラインを狙ってくるのがスターシアだ。リンダは必死にインで耐え、スターシアをアウト側に押しやった。
ここでスターシアに突破を許せば、体勢全体が崩れる。なんとしてもスターシアを割り込ませたくはない。
ハンナは前を行くラニーニとナオミにも、ブロックに加わるように指示した。
ハンナとリンダだけでは、崩されるのは時間の問題だ。ナオミを含めた三人で時間を稼いで、ラニーニを逃がす手も考えたが、残り15ラップをラニーニたった一人で逃げ切るにはリスクが高い。
シャルロッタがどこまで力を隠しているかわからない状況で、たとえシャルロッタが出られないとしても、おそらく愛華は充分な余力があるはずだ。スターシアと愛華の二人に追われれば、どの道ラニーニ単独では厳しい。
スターシア一人に、三人で互角の戦力なら、四人の方が確実だ。数で上回っている以上、最大限に使うしかない。なんと言われようと構わない。それが個々の能力で敵わない私たちの戦い方だ。
スターシアのアタックによって、ブルーストライプスのペースは目に見えて落ちた。スターシアはペースダウンを目論んでいるというより、本気でトップを狙っているように見える。
それがハンナの読みを難しくする結果となっていたが、スターシアもそこまで計算していたものではなかった。
ブルーストライプスの守りが堅い。
掻き回してペースを乱すという中途半端な攻め方では崩せそうにない。本気で前に出る勢いで攻めないと、彼女たちは動じてくれそうになかった。
シャルロッタがトップでチェッカーを受けるには、四人の結束を崩しておきたかった。最悪でも一人は脱落させなくてはならない。そのためには、彼女たちの前に出て、レースをコントロールする必要があった。
シャルロッタのマシンに不具合があるという噂は、既に一般のファンにも伝わっていたが、スターシアの先頭に出ようとする動きに、より真実味を帯びてきた。多くの者はストロベリーナイツの作戦が、シャルロッタの四位以内でなく、ラニーニの優勝を阻む事に変わったと理解した。
ストロベリーナイツのピットスタッフすら、そう思ったのだから無理はない。
「エレーナさん、よくあのシャルロッタが大人しく従いましたね」
ニコライが、椅子から立ち上がり、杖で体を支えてモニターを見つめるエレーナに話しかけた。
シャルロッタは、ミーティングでは何も言わなかったが、自分の手でチャンピオンを決めたいと思っているのは、ニコライも痛いほどわかっていた。出来ることなら、願いを叶えてやりたかったが、タイトルの為なら仕方ない。
「何を言っている?私はシャルロッタに優勝させるつもりだが?勿論、スターシアもそのつもりだと思っている」
あたり前のようにエレーナは答える。責任あるチーム監督として適切な判断とは言えなくても、やはり女王の器量は人を惹きつける。ニコライは、自分の顔が緩むのを堪えきれなかった。
こういうところがあるから、エレーナさんが好きだ。自分だけでなく、チームの人間全員がエレーナさんについて行きたくなる。
「緊張する場面なのに、なにをニヤニヤしている?キモいぞ、ニコ」
ニヤけた顔をエレーナに見られ、少し照れた。
「すみません。いやぁ、エレーナさんは漢だなぁ、って」
「ニコ……」
エレーナが真剣な眼差しをニコライに向けた。思わずどきりとする。
「おまえ、殺すぞ」
ニコライのエレーナに対する恋慕は、儚くも砕かれた……。
テレビ中継を含めるとおそらく何千万もの人々が見つめるレースの裏側で、一人の男が涙していたことは、本人しか知らなかったろう。
スターシアが本気のアタックをしているのも、それがブルーストライプスの守りの堅さによるものなのも、後ろから見ているシャルロッタにも、はっきりとわかっていた。
あいつら、いつの間にあんなに強くなったの?
束になってもスターシアお姉様には敵わないと思っていたブルーストライプスの粘り強さに、シャルロッタは驚いた。
日本GPでリンダには少し手こずったが、当たりが強いだけの突進タイプだ。スターシアお姉様なら簡単に翻弄できると思っていた。ラニーニとナオミに関しては、最近速くなったと認めてはいても、守りの走りはそれほどのレベルでもなかったはずだ。
あの傀儡女の仕業?
かつて、エレーナの全盛期を支えた立役者と言われ、現在もエレーナから高く評価されているハンナの存在は大きい。スターシアの動きを的確に読んで指示している。
でも、たとえ全部の動きを予知したとしても、スターシアお姉様について行けるものなの?
スターシアのスピードは、彼女たちが指示を受けてから動くより速いはずだ。
以前、練習で愛華とペアになったシャルロッタは、守りではスターシアにいいように翻弄された。あの頃の愛華の魔力が今ほど高くなかったとはいえ、優雅なライディングフォームから、突然牙を剥くように襲いかかってくるアタックに、シャルロッタも反応が間に合わなかった。
こいつら、スターシアお姉様のアタックが怖くないの?
練習の時より、明らかにハードに仕掛けてくるスターシアに、臆する事なく立ちはだかるブルーストライプスのライダーたち。
あたしよりも、劣っているはずなのに、どうして?
シャルロッタに、心当たりが浮かんだ。
アイカとおんなじだ!
勝つために、自分がではなく、チームの勝利を信じて、自分の能力もわきまえず一途に挑むやつら。そのくせまわりまで巻き込んで能力以上の力を発揮してしまう。
アイカと同じタイプだ。しかも、四人が全員、同じ気持ちで走っている。
アイカが四人いる……。
あたし、勝てないかも知れない……
彼女たちの純粋な思いに比べたら、優勝でチャンピオンを決めるなんて拘りが、傲慢で単なるワガママな事に思えてくる。相手は格好なんてそっちのけで、タイトルを奪いにきてる。
万全だったとしても、あたし一人じゃ勝てないかもしれない。なのにスターシアお姉様は、あたしのワガママのために、たった一人であいつらを抑えようと必死に戦ってくれている。アイカだって、本当はお姉様と一緒に、ラニーニたちと思いきり競争したいのを、あたしにつき合ってがまんしている。
勝てなくてもいい……
でも、どうしてもチャンピオンになりたい。
自分のためでなく、スターシアや愛華、エレーナや大勢の自分のために働いてくれてる人たちに報いるために、このレースで二位でも三位でも四位でもいいから、ストロベリーナイツにタイトルをもたらしたいと思った。
それなのに今、自分にできることは、愛華の後ろでじっとしているしかないのが、堪らなく情けない。
いったいあたしは、なにをしてきたの?エンジンに余裕のなくなったのも、すべてあたしがバカしてきたからじゃない!無駄に目立とうとしなかったら……もっと堅実にレースしてきたなら……
シャルロッタは初めて、自分の馬鹿さを恨んだ。
スターシアお姉様、アイカ。次からは真面目になるからおねがい!こいつらの中の一人だけでいいから、あたしを先にゴールさせて……。
スターシアを一瞬でも疑った事を恥ながら、思いを大声でお姉様と愛華に向かって叫びたかったが、声に出せなかった。




