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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
180/398

なりふり構わず……

 静かに始まったMotoミニモ最終戦、32周の決勝は、逃げるブルーストライプスと追うストロベリーナイツという形で周回を重ねる毎にペースアップしていき、レースを折り返した17ラップめに、スターシアが単独で斬り込んでいって、初めて本格的なバトルが始まった。


「リンダさん!外から被せてきますが惑わされないで、そのままインをキープしてください!」

「わかってます!クロスラインなんて、絶対通させません!」

 ブレーキングでハンナに競り勝ったスターシアは、その勢いでリンダに並ぼうとする。

 普通ならオーバースピードで膨らんでしまうところだが、そこからインに切れ込んで、クロスラインを狙ってくるのがスターシアだ。リンダは必死にインで耐え、スターシアをアウト側に押しやった。

 ここでスターシアに突破を許せば、体勢全体が崩れる。なんとしてもスターシアを割り込ませたくはない。

 ハンナは前を行くラニーニとナオミにも、ブロックに加わるように指示した。


 ハンナとリンダだけでは、崩されるのは時間の問題だ。ナオミを含めた三人で時間を稼いで、ラニーニを逃がす手も考えたが、残り15ラップをラニーニたった一人で逃げ切るにはリスクが高い。

 シャルロッタがどこまで力を隠しているかわからない状況で、たとえシャルロッタが出られないとしても、おそらく愛華は充分な余力があるはずだ。スターシアと愛華の二人に追われれば、どの道ラニーニ単独では厳しい。

 スターシア一人に、三人で互角の戦力なら、四人の方が確実だ。数で上回っている以上、最大限に使うしかない。なんと言われようと構わない。それが個々の能力で敵わない私たちの戦い方だ。



 スターシアのアタックによって、ブルーストライプスのペースは目に見えて落ちた。スターシアはペースダウンを目論んでいるというより、本気でトップを狙っているように見える。

 それがハンナの読みを難しくする結果となっていたが、スターシアもそこまで計算していたものではなかった。


 ブルーストライプスの守りが堅い。

 掻き回してペースを乱すという中途半端な攻め方では崩せそうにない。本気で前に出る勢いで攻めないと、彼女たちは動じてくれそうになかった。

 シャルロッタがトップでチェッカーを受けるには、四人の結束を崩しておきたかった。最悪でも一人は脱落させなくてはならない。そのためには、彼女たちの前に出て、レースをコントロールする必要があった。



 シャルロッタのマシンに不具合があるという噂は、既に一般のファンにも伝わっていたが、スターシアの先頭に出ようとする動きに、より真実味を帯びてきた。多くの者はストロベリーナイツの作戦が、シャルロッタの四位以内でなく、ラニーニの優勝を阻む事に変わったと理解した。

 ストロベリーナイツのピットスタッフすら、そう思ったのだから無理はない。

 

 

「エレーナさん、よくあのシャルロッタが大人しく従いましたね」

 ニコライが、椅子から立ち上がり、杖で体を支えてモニターを見つめるエレーナに話しかけた。


 シャルロッタは、ミーティングでは何も言わなかったが、自分の手でチャンピオンを決めたいと思っているのは、ニコライも痛いほどわかっていた。出来ることなら、願いを叶えてやりたかったが、タイトルの為なら仕方ない。


「何を言っている?私はシャルロッタに優勝させるつもりだが?勿論、スターシアもそのつもりだと思っている」

 あたり前のようにエレーナは答える。責任あるチーム監督として適切な判断とは言えなくても、やはり女王の器量は人を惹きつける。ニコライは、自分の顔が緩むのを堪えきれなかった。


 こういうところがあるから、エレーナさんが好きだ。自分だけでなく、チームの人間全員がエレーナさんについて行きたくなる。


「緊張する場面なのに、なにをニヤニヤしている?キモいぞ、ニコ」

 ニヤけた顔をエレーナに見られ、少し照れた。

「すみません。いやぁ、エレーナさんは(おとこ)だなぁ、って」

「ニコ……」

 エレーナが真剣な眼差しをニコライに向けた。思わずどきりとする。


「おまえ、殺すぞ」

 ニコライのエレーナに対する恋慕は、儚くも砕かれた……。

 テレビ中継を含めるとおそらく何千万もの人々が見つめるレースの裏側で、一人の男が涙していたことは、本人しか知らなかったろう。



 スターシアが本気のアタックをしているのも、それがブルーストライプスの守りの堅さによるものなのも、後ろから見ているシャルロッタにも、はっきりとわかっていた。


 あいつら、いつの間にあんなに強くなったの?


 束になってもスターシアお姉様には敵わないと思っていたブルーストライプスの粘り強さに、シャルロッタは驚いた。

 日本GPでリンダには少し手こずったが、当たりが強いだけの突進タイプだ。スターシアお姉様なら簡単に翻弄できると思っていた。ラニーニとナオミに関しては、最近速くなったと認めてはいても、守りの走りはそれほどのレベルでもなかったはずだ。


 あの傀儡女(ハンナ)の仕業?


 かつて、エレーナの全盛期を支えた立役者と言われ、現在もエレーナから高く評価されているハンナの存在は大きい。スターシアの動きを的確に読んで指示している。


 でも、たとえ全部の動きを予知したとしても、スターシアお姉様について行けるものなの?


 スターシアのスピードは、彼女たちが指示を受けてから動くより速いはずだ。

 以前、練習で愛華とペアになったシャルロッタは、守りではスターシアにいいように翻弄された。あの頃の愛華の魔力が今ほど高くなかったとはいえ、優雅なライディングフォームから、突然牙を剥くように襲いかかってくるアタックに、シャルロッタも反応が間に合わなかった。


 こいつら、スターシアお姉様のアタックが怖くないの?


 練習の時より、明らかにハードに仕掛けてくるスターシアに、臆する事なく立ちはだかるブルーストライプスのライダーたち。


 あたしよりも、劣っているはずなのに、どうして?


 シャルロッタに、心当たりが浮かんだ。


 アイカとおんなじだ!


 勝つために、自分がではなく、チームの勝利を信じて、自分の能力もわきまえず一途に挑むやつら。そのくせまわりまで巻き込んで能力以上の力を発揮してしまう。

 アイカと同じタイプだ。しかも、四人が全員、同じ気持ちで走っている。


 アイカが四人いる……。


 あたし、勝てないかも知れない……


 彼女たちの純粋な思いに比べたら、優勝でチャンピオンを決めるなんて拘りが、傲慢で単なるワガママな事に思えてくる。相手は格好なんてそっちのけで、タイトルを奪いにきてる。


 万全だったとしても、あたし一人じゃ勝てないかもしれない。なのにスターシアお姉様は、あたしのワガママのために、たった一人であいつらを抑えようと必死に戦ってくれている。アイカだって、本当はお姉様と一緒に、ラニーニたちと思いきり競争したいのを、あたしにつき合ってがまんしている。


 勝てなくてもいい……

 でも、どうしてもチャンピオンになりたい。


 自分のためでなく、スターシアや愛華、エレーナや大勢の自分のために働いてくれてる人たちに報いるために、このレースで二位でも三位でも四位でもいいから、ストロベリーナイツにタイトルをもたらしたいと思った。

 それなのに今、自分にできることは、愛華の後ろでじっとしているしかないのが、堪らなく情けない。


 いったいあたしは、なにをしてきたの?エンジンに余裕のなくなったのも、すべてあたしがバカしてきたからじゃない!無駄に目立とうとしなかったら……もっと堅実にレースしてきたなら……


 シャルロッタは初めて、自分の馬鹿さを恨んだ。


 スターシアお姉様、アイカ。次からは真面目になるからおねがい!こいつらの中の一人だけでいいから、あたしを先にゴールさせて……。


 スターシアを一瞬でも疑った事を恥ながら、思いを大声でお姉様と愛華に向かって叫びたかったが、声に出せなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人の感性って素晴らしい。
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