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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
166/398

苺大福とリーダーの資質

 スターシアが優勝してくれたお陰で、紗季たちの作った苺大福は無駄にならなくて済んだ。しかし昨年の時のように、手放しで祝える雰囲気ではなかった。


 スターシア以外は、愛華が17位で完走がやっと。チャンピオンを決めると張り切っていたシャルロッタはリタイア。そしてエレーナは一時意識不明になる重症だ。右足も骨折している。白百合女学院の女の子たちは、華やかなモータースポーツのもう一つの側面に初めて直面して、かなりショックだったようだ。特にレース前から事故を心配していた紗季は、エレーナが意識不明と聞いた時、泣き崩れてしまった。

 転倒や怪我という知らせに慣れているチームのスタッフたちは、苺大福の載った皿を前に平常を装っているが、いつもの優勝した時の活気ある雰囲気ではない。


 スターシアさんがストロベリーナイツの面目を保ってくれたのは、愛華としてはすごくうれしかった。バレンティーナのペースダウンに助けられたとはいえ、たった一人で追いつめ勝利をもぎ取ったのだから、レース運びの巧さはナンバーワンなんだと改めて尊敬しなおした。

 愛華はラニーニとコースアウトしたあとは、ラニーニのレースを壊した罪悪感やエレーナのことが心配で、ほとんどレースに集中できなかった。ただ応援に来てくれた人たちへの義務感で完走出来ただけだ。


 ずっと優勝から遠ざかっていても、やっぱりスターシアさんはすごいなぁ……


 その気になれば、いつだってチャンピオンを狙える実力、それなのにチームに尽くす事だけを選択したスターシア。いつも優しく、ゆるいところもあるけど、大事なところでは冷静で完璧に仕事をこなす。尊敬と同時に自分もあんなふうになれるだろうかと憧れたりする。だからこそ、久しぶりの優勝を、もっと祝ってあげたい。


「みなさん、エレーナさんは大怪我しちゃったけど、命に別状なかったし、シャルロッタさんもまだポイントリーダーなんだから、今日はスターシアさんの優勝を祝福しましょう!」

 エレーナがいないために宴を始めるきっかけが掴めないで、それぞれが雑談していたスタッフに向かって、愛華は思いきって声をかけた。

「なんであんたが音頭とってるのよ。あんた、だんだんエレーナ様に似てきてない?なんか小型エレーナ様みたいで気持ちわるいわ」

 シャルロッタが拗ねた表情で文句を言う。メカニックたちがクスクス笑っている。愛華にとっては、少し恥ずかしいが、気持ちわるい以外はちょっとうれしい褒め言葉だ。

「そんな……わたしなんてエレーナさんの足下にも及びません。でも少しでも近づけてるなら、うれしいです!」

「褒めてないわよ!エレーナ様がもう一人いたら、あたしの身がもたないわ。前にも言ったわね。あたしをドついていいのは、本物のエレーナ様だけよ」

「わたし、シャルロッタさんをドついたりしませんから」

「あら、エレーナさんがいないから、アイカちゃんがシャルロッタさんを叱ってくれると思ったのに」

「スターシアお姉様!ホントにアイカが小型エレーナ様になったらどうするんですか!?」

 三人のやり取りに、メカニックたちも声に出して笑い始めた。


「アイカちゃん、シャルロッタの面倒、よろしく頼むぞ!」

「俺たちも支援するから、しっかりチームを引っ張ってくれよ」

「アイカちゃん、早く苺大福食べさせてくれ」

 彼らもエレーナが愛華を自分の後継者に育てようとしているのを知っている。そしてそれを期待していた。


「えっ……と、わたしなんかが生意気ですけど、わたしの友だちが苺大福作ってくれたんで、みなさんに食べて貰いたいです。優勝してくれたスターシアさん、ありがとうございます!『いただきます』をお願いします」

 愛華は恥ずかしがりながらも、やっと陽気になってくれたチームの人たちに応えてパーティーを進行させた。シャルロッタは少し不満そうだったが、スターシアの言葉を妨げる訳にもいかず、大人しくする。

「みなさん、今日はチームとしては残念な結果になってしまいましたが、どうしてもアイカちゃんのお友だちの作った苺大福が食べたくて頑張れました。彼女たちと支えてくれたスタッフに感謝します。エレーナさん亡きあとも、私とアイカちゃん、そしてみなさんで力を合わせ、必ずシャルロッタさんをチャンピオンにさせましょう。それでは美味しい苺大福をいただきましょう」

「「「いただきます!」」」

「ちょっと待て!」


 日本風に掌を合わせて「いただきます」をして、苺大福を口にしようとした時、エレーナの声がした。

「私の亡きあととは、どういうことだ?」

 声の方へ振り返ると、テントの入り口に右脚ギブスに松葉杖姿のエレーナが立っていた。

「エレーナさん!安静にしてなくて大丈夫なんですか?」

 愛華がうれしさ半分、心配半分の声をあげる。

「エ、エレーナ様!みんな酷いんです!まるでエレーナ様がいなくなったみたいに、アイカなんてエレーナ様に代わってこのチームを乗っ取ろうと……!」

 シャルロッタの弁は、途中で苺大福を喉に詰まらせて途切れた。まっ先に苺大福にかぶりついてたのは、この人だ。


「あら、もう動いて平気なんですか?エレーナさんの抜けた穴は、私とアイカちゃんで補いますから、ゆっくり寝ていてくださればいいのに」

 亡きあとと言った張本人のスターシアは平然と言う。

「そうは行くか!と言いたいところだが、この脚では二週間後のバレンシアに出場するのは無理そうだ。私は『走る』と言ったのだが、ドクターが『絶対に許可出来ない』と言い張ってる。昔はもっと酷い怪我してても走ったものだが、今は安全対策が厳しくなったらしい。情けない話だ」

「昔はよかったみたいな話をするようになっては、年老いた証拠ですね」

 スターシアの発言に、皆そう思っても頷くことは出来ない。エレーナの眉がピクリとしたからだ。こんなことをエレーナに言って平然としてられるのはスターシアだけだ。

「私は老いてなどいない!だがまあ、二週間で完治する怪我でないのは事実だ。仮に走れたとしても、チームの役には立たんだろうな……」

 エレーナが珍しくさみしそうに言った。愛華は「そんなことないです。エレーナさんがいるだけで、全然安心できるんです!」と言いたかったが、無理を言って困らせてはいけないと抑えた。


「それでは今後、アイカちゃんにレース中の指揮を任せるということで」

 スターシアが勝手にまとめる。愛華は「えっ?なに無茶言ってるんですか!」と慌てたが、メカニックたちは「まあそうなるな」「うん、うん」と頷き合っている。シャルロッタは不満そうだが、転倒はともかく、再スタートしなかった事を責められそうで、あまり文句を言えないようだ。

「私もそうしたいところだが、さすがに今のアイカにレース全体を見渡して指揮をするのは、荷が重いだろう。と言うかスターシア、さらっとアイカに責任を押しつけて逃げようとするな!」

「私はアイカちゃんに押しつけてなんていませんわ。アイカちゃんこそ、相応しいと思っています。経験が足りないと言って、させなければいつまでも経験出来ません。足りない部分は私が全力でカバーします。エレーナさんだって、自分の後継者として育てたいのではありませんか?」

 愛華には、スターシアの口振りが、エレーナにというよりは自分に向けて言っているように感じられた。

「確かに私は、アイカをチームを指揮出来るライダーに育てたいと思っている。だが次はシーズン最後の一戦だ。失敗は許されない」

「負けたらアイカの責任ですね」

 シャルロッタが口を挟む。彼女は今回、意外とプレッシャーに弱い事が判明した。本気で言っている訳ではなく、少しでもプレッシャーから逃れたいのだろう。

「もしチャンピオンを取り逃しようなことがあれば、それはおまえの責任だ」

 エレーナは冷酷に言い放ち、話を続けた。


「スターシアの言い分はもっともだが、私も勉強させるためにアイカを走らせているのではない。このチームで今シーズンのタイトルを獲得するためだ。ハンナたちは今回以上に必死になって挑むだろう。彼女に奇策というのは似合わないが、逆転するにはまともなやり方では適わないからな。少しばかりリードしていても、否リードしているからこそ、冷静且つ的確にレースを運ばないと足をすくわれる。レース中はスターシアが指示をするのが妥当だろう。アイカには務まらないと言っているのではないぞ。アイカにはアイカの仕事に専念してもらう」

「わかりました」

 スターシアはすんなり受け入れた。最初からそれがわかっていて、敢えてエレーナの考えていることを語らせたように、愛華には思えた。

 ラニーニたちはまともに勝負しても逆転は難しい。今回屈辱的な敗北を喫したヤマダも、最後の意地を示してくるだろう。そんなレースが予想される最終戦を、レース全体を見渡して、自分たちのレース展開に持っていく。必ずしも優勝する必要がないにしても、非情に難しいレース運びが要求される。そんな能力は今の愛華にはない。ストロベリーナイツは賭けにでる立場でも試しにやらせてみる状況でもない。


 チームの目的はチャンピオン獲得だ。


 エレーナがいなくても、スターシアという相応しいライダーがいる以上、当然そうすべきなのは本人もよくわかっていたはずだ。

 だとするなら、敢えてエレーナに語らせたのは、愛華に将来リーダーとして期待されている事を自覚させ、レースの運び方を学ばさせようとしてくれてるのかも知れない。


 ただ頑張るだけじゃなくて、自分でもレース全体を見て、ちゃんと学ばなきゃ。

 自分が一番下っ端なのは間違いないけど、いつまでも甘えていられない。エレーナさんの期待に、少しでも応えられるようになりたい。


「次のレースの話はここまでだ。苺大福を食べるところだったんだろう?せっかく作ってくれたんだ、気にせず食べてくれ」

「エレーナ様がちょっと待てとか言って止めたんじゃない。しかもあたしのことなんてほとんど無視して……ブツブツ」

 シャルロッタはブツブツ文句言いながら再び食べ始めた。他の者たちも食べ始める。スターシアの隣に座っていた愛華は立ち上がり、エレーナに椅子を譲ったが、すぐに智佳と由加理が代わりの椅子と苺大福の載った皿を持ってきてくれた。

 エレーナはブツブツ言いながら苺大福をパクつくシャルロッタに何か言いかけたが、自分も一口食べると、無粋な事は言わないでおこうと思い直した。





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[一言] まあ、この連中ならしゃ〜ない!
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